プーチンのロシアか、ロシアのプーチンか

ロシア軍がウクライナに侵攻して半月になる。21世紀にもなって、侵略戦争がこうもあからさまな姿で現れるとは、まさに驚天動地、そう感ずる人が多いだろう。しかし、20世紀以後、戦争が侵略の名でおこなわれることはなかった。いつも「自衛」を唱えて始められたのである。大量破壊兵器がある、差し迫った危険がある。米国によるイラク戦争も、まさにそういう文脈だった。

戦争をしかけた側が、「これは戦争ではない」と言い張ることも、いつものことだ。1931年の柳条湖事件(日本軍による自作自演)に端を発する中国大陸侵攻は、戦争ではなく満州事変と呼ばれた。盧溝橋事件から始まった日中全面戦争は、宣戦布告もなく、日本側は日華事変とか支那事変と称した。軍事行動であっても戦争ではないというわけである。

ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)という西側軍事同盟に加わろうとしている。それは、自国の目鼻の先に敵の軍事拠点が置かれることにほかならない。だから我々は、自衛のために、戦争ではなく軍事行動を起こした。かつての日本と、いかに類似していることか。そして国際的に孤立していく過程も。

ウクライナにも問題はあるが…

ウクライナ国内に問題がまったくないわけではない。同国の中にも、ロシア系住民が暮らしている。ウクライナ語とロシア語、9割方通じるということだが、ロシア語の話者が、ウクライナ語の話者にくらべて良い職に就きにくいとかいう話になると、反感を招くのは当然であろうし、第二公用語として認めるなどの対応も求められるところである。数の力を頼みにして少数派の声を封じるというのは、民主主義のあるべき姿ではない。多数派が少数派に対してどれだけ譲歩できるか、それが民主主義の度合いを測るバロメーターである。

また、西側諸国が、ロシアに対する軍事的圧力を強めるためのNATO拡大や、そのためにウクライナを利用してきたことも考え直した方が良いだろう。オリヴァー・ストーンのドキュメンタリー『ウクライナ・オン・ファイヤー』が、これまであまり伝えられることのなかった西側諸国とウクライナの関係を、白日の下に暴き出している。ぜひ見てほしい映像だ。

同時に、なぜロシア系住民がウクライナ国内に居住しているのかも知っておくべきだろう。旧ソ連は複数の共和国の連邦ではあったが、あくまでも中心はロシアである。モスクワの政権は、各共和国に対する影響力を強めるため、ロシアから送り出した人材を行政の要職に就かせた。さらに、技術者や教師など、各分野のリーダー的存在になる人物を派遣することで、ロシアへの依存度と忠誠心を高めてきた。各地のロシア系住民の多くは、ソ連邦時代に“回されてきた”人たちということになる。インドネシアでおこなわれているトランスミグラシと似ていないだろうか。

国際秩序を破壊する行為

さて、ウクライナにも問題があることはわかってもらえたと思うが、軍事力によって解決することを、国際社会は良しとしていない。国家間の問題だけではない。力の行使による解決を認めれば、労使間の紛争、DV、児童虐待、性暴力、民族や 宗教的対立、あらゆる暴力と差別の許容にもつながりかねないからである。今回のロシアによる侵攻は、明確な国際法違反に当たる。主権国家に対するミサイルや砲爆撃による攻撃。これを戦争ではないと主張しても、世界はそう受けとらない。クラスター爆弾や燃料気化爆弾の使用は戦争犯罪といって良い。広範囲かつ殺傷性が高く、一般市民をも含んだ無差別攻撃になるからだ。学校など、軍とは無関係のところも攻撃されている。病院や宗教施設、原子力発電所などに対する攻撃は、国際法で禁じられており、ICC(国際刑事裁判所)が捜査に乗り出したようだ。

戦闘が終結したら、ICCによるウクライナ戦争戦犯法廷なるものの開設を望みたい。そうなれば、国際法で禁じられた攻撃、武器を使用した個人が責任を問われ、罰せられることになる。「上からの命令」は免責理由にならない。法に反する命令に従うこと自体が犯罪を構成するからである。もちろん、命じた者も捜査対象になる。法廷の設置を、世界市民として呼びかけようではないか。

大ロシア主義の幻影

ウクライナがNATOに加盟、すなわち西側の一員になることをロシアが恐れた。それは間違いない。しかし、ロシアとウクライナの関係は、もっと別のところにあるように思う。それはロシア帝国、ソ連邦時代から変わらない、大ロシア主義が根底にあるのだろう。強いロシア、豊かなロシア、それはロシア一国では成り立たない。ロシアの“草刈り場”が、昔も今も不可欠なのだ。それが穀倉地帯であり、豊かな地下資源を持つウクライナだった。映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』にも、ロシアにとってウクライナがどういう意味を持つ土地であったかが描かれている。

バルト三国やベラルーシ、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンなども、ここから収奪することで、ロシアの繁栄が築かれてきたのである。そしてさらに周辺の地域、たとえばトルクメニスタンやカザフスタンから石油や天然ガスを奪い、核実験の場とし、核廃棄物の処分場を押しつけてきた。なにもかも「ロシアのため」であった。

ソ連邦の外側には、ワルシャワ条約機構と称する軍事同盟下にある衛星国家が配置された。ポーランド、東ドイツ、ハンガリー、チェコスロバキアである。主権国家ではあったが、モスクワの顔色をうかがうことで、かろうじて存続が許された国々。西側NATO諸国との緩衝地帯であり、いざ戦争になったときの戦場として、戦火がロシアにまで及ばないための空間、そういう位置づけだったのである。だからこそ、唇をかみしめて忍従を強いられた人たちは、ビロード革命に際し、雪崩をうつように民主化へ走ることになった。東欧の民主化は、大ロシア主義に対する植民地独立運動、民族自決、従属からの脱却だったといえよう。

1970年代の終わり、モスクワの政権は、今度はアフガニスタンを衛星国化せんと、ここに傀儡政権をたてようと目論んだ。英米の影響下にあるパキスタンとの間に緩衝地帯を設けるという意味もあったろう。また、かつてこの地域の支配権をめぐり、グレート・ゲームと呼ばれる英国との綱引きに敗れたことへのリベンジの思いも、少しはあったかもしれない。さらに、アフガニスタンを掌中に収めれば、反米国家イランと連携し、インド洋へのアクセスが可能になると考えたことだろう。

しかし、この野望はムジャヒディンの強烈な抵抗を招く。これを利用した米国による「アフガニスタンをソ連のベトナムに」という策略に、ソ連はものの見事にはまり、泥沼に沈むことになる。10年にわたる軍事行動によって自国の経済が疲弊し、最終的にはソ連邦自体が瓦解するという結果を招くことになった。

要するに、大ロシア主義というのは、ロシアが支配する、ロシアを取り囲む二重、三重の支配構造であり、ロシアの繁栄を支える収奪の仕組みである。ロシアに住む人々にとっては、決して悪い話ではない。心の片隅で、多少の後ろめたさを感じたとしても、そのおかげで恩恵を得られるのだから。東京の繁栄が、沖縄や福島の犠牲の上に築かれているのと同じである。ロシア国内で、一定層がプーチン大統領を支持するのは、そうした理由があるからだ。まさにそれが、ロシアと踏み台とされた他の地域との間に分断と対立を招き、紛争の要因となっている。

独裁者プーチン

さて、ウラジーミル・プーチン(1952年~)とは、いったいどんな人物なのか。政治家になる前の彼は、KGB(秘密警察)の諜報員、すなわちスパイであった。東独の秘密警察(シュタージ)とも協力関係にあり、情報の重要性、有用性については、痛いほど熟知していたに違いない。

東欧が民主化運動に揺れ動いた1989年、彼は東独のドレスデンにいた。KGBドレスデン支部にデモ隊が迫ってくる。プーチンは、「この敷地はソ連領だ。武装兵士がおり、発砲する権限も有している!」とハッタリをかますのだが、デモ隊はひるまない。どうにもならないと悟り、膨大な書類を薪ストーブにくべて燃やしたという。最後は、自らハンドルを握った車でドレスデンを逃げ出すよりほかなかった。

100万人がデモを起こしたら、軍隊でも止められない。だから、そうならないよう、情報を操作し、都合の悪い事実は矮小化・隠蔽・抹消する、嘘で塗り固めた情報を流布し、誇張・歪曲することが不可欠だ。そして、民衆のデモを許してはならない。民主化運動を肌で経験したことが、現在のプーチンの基本的なスタンスにつながっているのだろう。

政治家に転身した後も、KGB出身であるから、政敵やライバルの人脈、資金源、スキャンダルなどの情報を手にする方法も有していた。それらが、リーダーシップ争いにどれほど有利かは、誰にでもわかるだろう。KGB長官だったユーリ・アンドロポフ(1914~84年)が、1982年から2年間、ソ連邦の書記長として政治のトップを務めたのも、同じ理由である。

プーチンは大ロシア主義者である。決して口にはしないが、彼の政策からは、それが透けて見える。ロシア帝国を復活させ、ツァーリ(皇帝)として君臨したいのか、それともソ連邦を再現し、スターリンになりたいのか。スターリンの再来とは呼ばれたくはないであろうが、スターリンのような独裁的な地位を望んでいるように思えるのだ。現在、政権内では、プーチンと意見が合わない者が更迭され、粛正の対象となっているという情報が流れている。政府の意に沿わない情報を伝えようとするメディア関係者は、もっと以前から“外国の使用人”と呼ばれ、職を追われたり、発行や放送自体が封じられてきた。

一般市民も、ウクライナ侵攻に反対するデモの参加者は拘束され、「民間人を攻撃するな」という者は、軍事の虚偽情報を流した廉で、最大15年の刑が科せられることになった。このような法案が、議会でまともな審議を経ることなく成立するということからも、ロシアが民主主義国家などではなく、独裁国家であることがわかる。「軍は民間人を攻撃していない」という政府発表だけが正しいとは、かつての日本の大本営発表みたいではないか。さて、独裁国家であれば、当然のことながら独裁者がいるわけで、それが誰なのかと問われれば、プーチン大統領であると答えるしかなかろう。

憲法改正で、大統領の任期は1期6年、2期までとなった。しかし、この規定は現職大統領には適用されない。つまり、現在の大統領職の任期が2024年に満了し、次の大統領選に立つところからカウントされるわけだから、プーチンは2036年まで大統領職にとどまることが可能になった。“終身大統領”と、ほとんど同義語である。

そうしたわけだから、ウクライナ問題解決のための外相会談に進展がなくても、それは当然である。ロシア外相ラブロフには、プーチンの言葉を伝えるだけしか権限がないだろうし、ウクライナのクレバ外相の言葉を持ち帰って、プーチンに報告するだけだ。プーチンの考えに沿わない発言でもしようものなら、政治家生命にとどまらず、命の危険にもつながりかねないであろうから。

自分に楯突く者は消す。これがプーチン流である。KGBを改組したFSB(ロシア連邦保安庁)の元スパイで、英国に亡命したリトビネンコは、2006年11月、プーチンを批判したために、放射性物質のポロニウム210によって毒殺された。2013年3月には、反プーチンだったロシアの富豪ベレゾフスキーが、ロンドンの自宅で首を吊って亡くなっているのが見つかった。暗殺された可能性が高いと見られている。最近の話では、2018年3月、ロシアの元GRU(軍参謀本部情報総局)大佐のスクリパリとその娘が、ロシア軍が開発したノビチョクという神経剤をかけられ、意識不明の重体となった。こうした事例は、枚挙にいとまがない。プーチンは、実に恐ろしい人物である。

思考停止が生み出す独裁者

しかし、知ってか知らずか、そのような恐ろしい人物を国のリーダーに選んだのが、ほかならぬロシア国民ということになる。プーチン支持層が一定数いることは既に述べた。東西冷戦時の“強いソ連”を懐かしみ、“世界の半分を支配した力”を美化する高齢者が中心となっているのだろう。その実態は、恐怖政治でしかなかったが、実害を被っていない大方の人々は、「あの頃は良かった」という思い出に浸るからである。実害のあった人は、既にこの世にいない。

全体主義の理想を刷り込まれ、個人の権利など存在しなかった時代を生きてきた人々は、誰かに頼ることでしか生きていけなくなってしまう。だからこそ、現在のロシアに不満があっても、大祖国戦争を戦い、2000万人の血で購った国土に憧憬を抱き、「ウクライナは我々のもの」という思想に行き着く。思考停止状態にある人々は、たとえ独裁者であろうと、自分たちに“指示をしてくれる”リーダーを求めるものだ。

ロシアで反戦を訴えているのは、主に若者である。ペレストロイカ以後の教育を受け、民主主義の片鱗を肌で感じ取っているからであろう。彼らが天秤にかけたのは、社会主義か資本主義かではなく、西側の人のように、マクドナルドのハンバーガーやケンタッキーフライドチキン(私はご免だが)を食べたい、ソニーのウォークマンが欲しい、少なくとも、上からの押しつけではない、そうした選択の自由が欲しいということだったのである。

ロシア国民が、実は自分らが独裁権力に絡め取られた操り人形、ないし奴隷に過ぎないことに気づくことができるか否か、それだけが、ウクライナにおける戦闘を終結させ、ロシアの経済と国際社会における信頼、世界秩序を回復させることにつながるのだと思う。奴隷とは、鎖につながれ、鉄球を引きずらされる、そうした身体的、肉体的拘束状態だけを指すのではない。正しいと思うことを口に出せない、嫌々でも従ってしまう、そうした精神的自由を奪われ、魂が拘束されているのも奴隷状態である。

SNS を手にした若者たちが、世代間の軋轢を乗り越え、彼らがメインストリームを形成していくことだけが、よりよき未来への一縷の希望だ、また、世界市民が手を取り合うことで、米国がこれまでおこなってきた暴虐の数々を追求する新たな起点にもなろう。暴力による支配という野蛮からの脱却こそが、文明社会の目指すべき地平であることを、誰も否定できないのだから。


(しみずたけと)

別所憲法9条の会ホームページへ跳ぶ

考えることしかできない、でも、それは必要、それは意味がある

う~ん、う~ん、頭の中をぐるぐると歩き回ってばかりいる。もう何日も。ロシアーウクライナ戦争、なぜこうなった? どうしたら終結する? ロシアが侵攻したのはダメ、絶対ダメ! でも、それ以上は何をどう考えたら良いのか、乏しい情報源から得たいくばくかの情報をかき集めてはまたもや、う~ん、う~ん、うなる。

あまりにたくさんの切れ切れのニュースや論考が行き交い、頭の周りを飛び回っているから、どこから考え始めたらよいものやら、それすらわからない。けれども、たくさんの切れ端をつなげながら、整理して行くしかない。

ウクライナのゼレンスキー大統領は今、徹底抗戦のために西側諸国に戦争への協力を求めている。各国からの義勇兵も募集している。(これは国連憲章違反だと。)デンマークは送り出しを認めるとの声明。けれど、義勇兵が死のうと各国政府に責任はない、義勇だからと。アメリカとヨーロッパの国々はウクライナの運命が自国に及ぶのを恐れて、ミサイル、戦車、弾薬、お金を送る。大規模の経済制裁に乗り出す。NATOに加盟せず中立国であるスウェーデン、フィンランド、スイスまでもがそれぞれの協力をし始める。ドイツは大幅な協力へと方針を変えた。国連ではロシアは国連憲章違反とロシア非難決議を141ヵ国の賛成で採択した。反対と棄権の国は少数。日本の国会でも、れいわ新選組のわずかな反対を物ともせず、ロシア非難決議が行われた。

ちょっと待てよ、わたしにはここが気持ち悪い。世界の紛争を調停する国連が国連憲章違反だと非難決議を行ったのはわかるし、日本の衆参両院の国会が国としての態度を決めようというのも理解できる。でも、それでいいのか。ロシアが悪い、プーチンが悪いと叫んでいれば戦争を終わらせることができる? たとえ、終わらせることができたとしても、その後の互いの関係は最大限のギクシャク、互いの信頼構築はほぼ永遠に不可能となるだろう。わたしたちが「戦争反対!ロシアの侵攻反対!」と、ウクライナの人、ロシアの人、世界各国の人と連帯するのはとても大事だと思う。けれども、政府レベルでファナティックに叫ぶのは恐ろしい。(国会決議のあとに、「れいわ」が主張するように具体策が続けばそれも意味があるけれど、議員にドヤ顔をさせるだけではどうしようもない。)

ウクライナの情勢には歴史がある。親西欧派の大統領が選ばれ、親露派の大統領が選ばれ追放され、ロシア語母語住民の多い南東部のドネツク州/ルハンシク州とEU各国寄りの西部に位置する地域との対立(これは、2014年、ウクライナ政府と西欧が不承不承ながらもミンスク合意で一応の決着を見た)、アゾフ連隊に見られるような好戦的なネオナチ一派が中央政府の支持を得て勢力を拡大したり(この主張は陰謀論という声も聞く)、アメリカが自国有利のためにあれこれと手を伸ばし、ロシアが介入したり、この緩衝地帯の役割を果たしてきた国は常に振り回されてきた。

事情はある、事情は理解できる。しかしだ、「ウクライナに栄えあれ!」「祖国を守れ!」という叫びは人々を死に追いやり、傷つける。ナイフを振りかざして向かってくる者があれば、抵抗する、銃口を向けてくる者があって自分が銃を持っていれば撃つ、そういうことにはなる。けれども、政府が人々を鼓舞して戦わせるのはそれとはわけが違う。国民を戦わせて死んでしまったら、誰がそののちの国を立て直せるのか。武器やお金を送ることは死ぬ人を増やすこと。日本は防弾チョッキくらいなら良いだろうと送る。それとて、立派な軍事装備品だ。誰もそれについて吟味しない。

ソ連が崩壊したのち、ロシアとかつての連邦国は国を保っていくのに困難を抱えて来た。経済状態は良くなかったにもかかわらず、米西欧はロシアを敵国視してきただけだった。追い詰められた独裁者は作るべきではなかった。

中国、ロシアと隣り合っている日本、その日本はアメリカの同盟国で、米軍基地を数多く有している。このままアメリカの掌で踊らされている限りはわたしたちの未来は明るくない。日本は覇権国家ではない。緩衝地帯の役割が果たせるかもしれないのに。

以上、自分で書いて整理したいことの十分の一も書けていない。これからまだまだ頭の中でぐるぐると回り続ける。砂漠の砂粒のひとつであろうとも、十分な判断材料を集めることができなくとも、考えることは必要、考えることは意味があると信じる。砂粒の集合体が世界の思潮となることもあり得る。この「たより」が配られる頃には戦争が終結していることを願うばかり。ウクライナの人、ロシアの人に連帯を!



(Ak.)

岩波ホールが閉館だと…

『エキプ・ド・シネマの三十年』高野悦子 講談社 2004年

岩波ホール閉館のニュースが流れ、衝撃を受けた人が多いようだ。数々の映画をここで見たが、いったいどれくらいになるだろうか。直近で見た作品は、パトリシオ・グスマンの『夢のアンデス』だった。他では上映されない、ここでしか見られない、それが岩波ホールであった。

新型コロナの影響は、確かに大きいが、それだけではあるまい。DVDの普及、レンタル・ビデオ店の展開、そしてネット配信と、映画供給が多チャンネル化したこともある。しかし、岩波ホールが採り上げてきたのは、アジアやアフリカの作品や商業ベースにのらないドキュメンタリーを含む、時代が変わっても色褪せることのない“良質の映像作品”であった。

実際、岩波ホールで上映された作品を見たいと思っても、DVD化されていない、だからレンタル・ビデオ店には置いていない、ネット配信もされていないことに気付かされる。シアター・コンプレックスは増えたが、どこに行っても、ハリウッドものを中心とした、同じ娯楽作品扱っているケースが多い。そして、それらは早晩、DVD化され、レンタル・ビデオ店の棚に並ぶ。時流にマッチした、換言すれば、流行に乗ったこれらの作品は消耗品扱いであるから、消えていくのも早い。つまり、見る選択肢が狭められているのだ。多様性こそが、文化を維持、発展させるためには不可欠であることを思うと、これは由々しき事態である。

岩波ホールでの評判をもとに、他の映画館や地方で採り上げられるようになった作品、名前が知られるようになった監督も多い。映画コレクションの中にも、ここで上映された作品が何点もある。ケン・ローチ、テオ・アンゲロプーロス、アンジェイ・ワイダ、マルガレーテ・フォン・トロッタ、アンドレイ・タルコフスキーなどが思い浮かぶ。今後、こうした映画を見ることが、はたしてできるのであろうか。

他の国の事情と比較してみよう。言語が英語であれば、多くの国で受け入れられる。ということは、英語でない作品には、とりあえず英語字幕を付ければすむということでもある。しかし、日本語字幕のニーズは、日本国内にしかない。せっかく良い作品なのに、日本国内で上映されない、DVD化もされないのは、言語と字幕の問題、いわばコストという壁の存在であった。

今後、日本と諸外国の間に、映画文化の溝が生まれていくことを危惧する。コミュニケーションの場において、映画を共通話題にできないシーンも出てくるだろう。古典文学や音楽、芸術など、教養教育をないがしろにしてきた結果、世界の本当のエリートたちと渡り合うことのできない、偽エリートばかりになってしまった日本である。OECDの中で教育費が…、などと言っている場合ではない。国をあげて対策しないと、ますます世界から置いてけぼりを食らうことになるになる。

溝は世界との間だけではない。たとえば、英語を解する人は、英語版DVDを購入したり、海外のネット配信サービスを利用することで、今後も世界の潮流をつかむことができよう。しかし、そうでない者は、国内に流通する作品にしかアクセスできず、それらだけで満足する、させられることになる。映画が国民を、帰属する文化の度合いによる二極分解に手を貸すことになるわけだ。これは、映画を見る側だけでなく、作る側にとっても、映画作品自体にとっても、悲しいことだと思う。

こうした問題が起きる一因は、日本語という、世界からすれば特殊な文化的背景があるにせよ、教育の問題が大きい。義務教育の中学校で3年間、9割が進学するという高校で3年間、大学進学率が5割を越えた現在、10年にもわたって英語を学ぶ機会を有する日本人の英語能力はどうなっているだろうか。さらに小学校にまで英語教育を導入しようというのだが、文部科学省は、今、電車でコミックを読んでいる中高生、あるいはサラリーマンたちが、今後はそれらをペンギン・ブックスに持ち替えるとでも考えているのだろうか。

閑話休題。全国のミニシアターの精神的ルーツは、まさに岩波ホールにあったのではないだろうか。しかし、手間暇かけて儲けの少ない良品を発掘するより、大手資本が提供する娯楽作品を黙って受け入れていた方が簡単で楽だし、ビジネスとしても得だ。今回のコロナ禍のようなことで経営が苦しくなれば、そうなっていくことも理解できる。経済大国であったことは昔話となり、技術立国への夢も閉ざされ、平和大国も有名無実化しようという今日の日本。文明社会から取り残されていくのではないかと思うと、空恐ろしくなる。


(しみずたけと) 2022.1.12

わたしのひとことTOKYO2020

オリンピックをめぐる二つの発言から見えること

東京オリンピック閉会から二ヶ月、パラリンピックが終わって一ヶ月が過ぎた。まだ…なのか、もう…なのか。開催か中止かであれだけ大騒ぎしたにもかかわらず、今や誰も話題にしない。あれはいったいなんだったのだろうか。検証すべきことは多々あるが、ここでは気になった二つの発言をとりあげたい。

7月28日のテレビ朝日《モーニングショー》で、アナウンサーの羽鳥慎一氏が、米国を破り金メダルを獲得したソフトボール日本代表選手に、「本当に素晴らしいプレーでした」とたたえた。

このことに対し、作家の百田尚樹氏がツイッターで、「まず最初に、『皆さんの活躍の場を奪うために、五輪開催に反対して、すいませんでした』と謝ってから、インタビューしろや。クソモーニングショー!」と批判。「『五輪反対と選手応援は別』というのが、五輪反対を唱えていたメディアやエセコメンテーターの言い分だが、こんな欺瞞はない!彼らは選手たちの活躍の場を奪う為に、なりふり構わず開催に反対してきた。メダリストを応援するなら、まず自身の発言を総括してからにせよ!」というわけである。

どこがおかしいか、もうお気づきだろう。多くの人が、新型コロナの感染拡大を危惧し、オリンピックの中止ないし延期を訴えた。それは、アスリートの活躍の場を奪うためだったのか?大会中止になれば、彼ら・彼女らの活躍の場が失われるのは、その通りだ。しかし、それは結果としてそうなったとしても、活躍させないことを目的としたものではない。

春から夏にかけ、外出の自粛が呼びかけられ、飲食店は時短営業が要請され、学校は休校になった。それは飲食店を廃業に追い込むためだったのか?子どもたちの学習機会を奪うことが目的だったのか?そうではあるまい。これらの有効性、適切な措置だったのかは議論の余地があるとしても、あくまでもコロナの感染拡大を防ぐための対策だった。オリンピック開催か否かの問題も、まさにそこにあったはずである。

こんな簡単な論理が、文筆を生業にする百田氏にわからないはずがない。私は氏の著作は『永遠の0』しか読んでいないのだが、半世紀も前からある元零戦パイロットの著書や空戦記録、たとえば坂井三郎氏の『大空のサムライ』などを上手に換骨奪胎、実にみごとに自著に取り込んでいるところなど、なかなかの知性だと感心させられてきた。モーニングショー批判が、論理の飛躍というよりは、別の事柄の無理なこじつけであり、批判を目的とした論点のすり替えであることくらい、百も承知だったはずである。

もうひとつは、「バッハ高笑い」と題した週刊誌『女性自身』の記事に対する、脳科学者の茂木健一郎氏のツイート。

オリンピック開催前のアンケートでは、「楽しみ」が16%、「始まれば楽しめそう」が31%だったが、開幕後は日本人選手のメダル・ラッシュもあり、「開催してよかった」が77%に。その結果が「バッハ高笑い」というタイトルになった。

茂木氏は、「バッハ高笑いというよりも、日本人たちはイデオロギーじゃないやわらかい心を持っているというだけのことだと思います」とし、日本人の柔軟性を強調したのである。

これを柔軟性というのだろうか。そういえば、戦前・戦中は「鬼畜米英」「出てこい、ニミッツ、マッカーサー 、出てくりゃ地獄へ 逆落とし」などと叫んでいたにもかかわらず、戦争に負けたとたん、ウィリス・ジープを追いかけながら「ギブ・ミー・チョコレート」を連呼した国民である。一億総玉砕を主張し、特攻隊という名の自爆テロを推進した人物が、お国のためにも、天皇のためにも、名誉のためにも死ぬことなく、戦後はアメリカ礼讃者に早変わり、総理大臣にまで登りつめたりしている。これも、イデオロギーとは無縁の“やわらかい心”のなせる技なのだろうか。

“やわらかい”という言葉には、“頑な”とか“頑固”“頑迷”とは逆の、好ましい側面を感じるものだが、それは“忘れっぽい”とか“流されやすい”と同じではなかろう。茂木氏は脳科学者なのだから、言葉を選ぶときに、その内包するモノを、もう少し細やかに意識してもらいたいところだ。

ちょっとした発言ではあっても、ふたりともオピニオンリーダーとして知られ、著名人であるから、その影響力は小さくない。百田氏の場合、いつもながらの荒い言葉遣いによるアジとは言え、安倍晋三元首相の、「一部オリパラ中止の声は反日的人物によるもの」という発言と同類である。よく考えない、流されがちな大衆をアジで誘導し、愚民が「そうだ、そうだ」「羽鳥はケシカラン」「テレ朝をブッつぶせ」となると、国民総出で戦争に突入していった戦前の世相とオーバーラップしてくる。そして、いったん始まってしまったら最後、肯定的な見方、都合の良い解釈しかできなくなってしまい、方針の転換もやめることもできなくなってしまうところも、あの頃と変わっていない。

必要かどうかの疑問が生じても中止できないダム建設、トンネル工事、リニア新幹線、原発…。中央卸売市場の豊洲移転、経営破綻まで突っ走った山一証券にも言えそうだ。この国には政策の“修正”という機能が備わっていない。あるのは、歴史修正主義という名の“思想の修正”だけである。それが恐ろしい。

(しみずたけと)  2021.10.15

“祭り”が幕を下ろしても…

どんな祭りでも、必ず終わりはやってくる。開催が一年延期されたTOKYO 2020とは、いったい何だったのだろうか。

2020年夏の五輪大会の開催地が東京に決まったのは、13年9月のIOC総会。決定に先立つプレゼンテーションで、安倍晋三首相(当時)は、原発事故の状況について「アンダー・コントロールだと保証する」と発言した。だが、増え続ける汚染水を貯蔵しきれなくなり、政府と東電の方針は海洋放出である。まさに嘘による招致で勝ちとった開催だった。

東日本大震災による仮設住宅暮らしの人がまだ残り、広大な帰還困難区域を残したままの現状に、「五輪どころではない」「復興が先だ」という反対の声も多かった。そこで生み出されたのが“復興五輪”というスローガン。「五輪によって復興に弾みをつける」「復興のために開催する」というわけである。しかし、いつのまにかしぼみ、やがて消えていった。実際、工事は被災地から五輪関係にシフト。土建業者にとっては、国立競技場の建て替えや選手村建設の方がうま味のあるビジネスだったのだから、当然の帰結である。環状二号線の延伸が絡んだ築地市場から豊洲市場への移転問題も、その一環だった。こういうのを方便と呼ぶのだろうか。最終的に“無観客”となったこともあり、国内外から被災地に足を運ぶ人もおらず、認知される機会もなくなった。“復興五輪”は名実共に雲散霧消したわけである。そういえば、豊洲市場の土壌汚染問題はどうなったのだろう。

メイン・スタジアムとなる国立競技場の建て替えに目を転じてみよう。12年11月、新・国立競技場のデザイン・コンペで、ザハ・ハディッド氏の案が採用された。二本のキール・アーチを有する独特なデザインが注目されたものの、工期の長さや総工費が問題となり、開閉式屋根の設置を五輪後に先送りしたり、8万席のうち15,000席を仮設にし、五輪後に撤去するなどのコスト削減案が提案され、予定通り15年10月の着工が確認されたのだが、その3ヶ月前になって突如、安倍首相が白紙撤回を表明。再コンペによって、大成建設・梓設計・隈研吾氏らによる案が採用され、一年遅れの16年12月に着工、19年11月に竣工した。

新国立競技場では、開閉式屋根の設置は見送られ、屋根は観客席の上部のみ。暑さ対策に問題があると指摘されたが、無観客開催となったことが幸いして、問題は起きずにすんだ。そもそも、1964年の東京五輪のメイン・スタジアムを取り壊す必要があったのか。改修による近代化は不可能だったのか。想像するに、旧国立競技場の座席数(約55,000)では足りない、もっと多くの観客を入れたい、そういう商業的理由だったのだろう。無観客により、取らぬ狸の皮算用そのものというオチである。着工が遅れ、新国立競技場は2019年9月のラグビーワールドカップには間に合わなかった。なお、建設計画がキャンセルされた翌年3月、ハディッド氏は心臓発作により急逝(享年65)。憤死だったというつもりはないが…。個人的には、氏の建築デザインは好きになれなかったが、決定した側にこそ問題がある。

夏の東京の暑さに触れたので、そのことも考えてみたい。1964年の東京五輪の開会式は10月10日であった。これを記念し、国民の祝日として《体育の日》が制定(2020年に《スポーツの日》に改められている)されたわけである。あれから半世紀、人口増加、地表はアスファルトで覆われ、エアコンなどの熱源も加わり、東京はヒートアイランドと化した。以前より暑くなっていることは周知の事実。それにもかかわらず、7月下旬の開会だと? 13年1月、IOCに提出した日本の《2020年東京五輪誘致提案書》に、「この時期は温暖で晴天の日が多く、選手たちが自分の力を思う存分発揮できる理想的な気候を提供する」とある。みな、耳を疑ったはずだ。「夏の東京の暑さを知らないのか?」「熱中症で、選手だけでなく観客にも死者が出る」ともいわれた。宣伝文句が事実かどうかを自分で調べないIOCや各国選手団にも問題があろうが、「アンダー・コントロール」に続く嘘・第二弾であることは、今や世界中が知っていることだ。日本国民は平気で嘘をつく民族…。

暑さ対策として、マラソン会場が札幌に変更され、小池百合子都知事が「合意なき決定」と激怒する一面もあったが、競技後に札幌も東京と大差ないことがわかった。無観客が熱中症対策になったかどうかは不明だが、沿道で観戦する人の“密”が問題となった。競技場や体育館で観戦できない以上、テレビ観戦に飽き足らない人がマラソンや自転車ロードレースのコースに集まるのは当然である。観戦が感染を拡大していった。

時間を少し戻してみよう。2015年7月、クリエイティブ・ディレクターの佐野研二郎氏のデザインが大会の公式エンブレムに選ばれた。ところが、これがベルギーのリエージュ劇場のロゴの盗用ではないかと指摘され、使用中止が決定。再選考で野老朝雄氏デザインに決まったのは翌年4月である。

東京五輪招致をめぐる贈収賄の容疑で、仏捜査当局は2018年12月、招致委員会理事長(当時)の竹田恒和JOC会長の捜査を開始。竹田氏は疑念を残したまま、任期満了となる翌年6月に退任したが、18年から20年度の三年間の弁護費用が約2億円に上り、その全額をJOCが負担していることがわかった。JOCは3月の理事会で、捜査終結まで費用負担を決議しているのだが、そのカネはいったいどこから出るのか?

つづいては、 21年2月に「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した組織委会長だった森喜朗氏。辞任を否定しながら、記者の質問を「面白おかしくしたいから聞いているんだろ?」などと発言し、火に油を注ぐことに。約一週間後に辞任を表明し、後任に指名された川淵三郎氏も、一度は受け入れたものの、密室人事との批判を受けて辞退。けっきょく橋本聖子氏が就任することとなり、五輪相の椅子が転がり込んだのは丸川珠代氏だった。

4月には、クリエイティブ・ディレクターの佐々木宏氏による演出プランが、タレントの渡辺直美さんをブタとして演じさせるものであることを、週刊文春がリーク。人の容姿を侮辱するものだとして問題化し、辞任に追い込まれた。ブタやブタの鼻の絵文字を使って「オリンピッグ」と表現する、なんともまあ低次元の駄洒落も検討されていたというから、いったいどこがクリエイティブなのだか…。

開会式の楽曲を担当する小山田圭吾氏が、小学校から高校時代に、障がいのある同級生に対するイジメを自慢げに語るインタビュー記事が注目を集め、7月19日に辞任を表明。組織委は同氏の楽曲を使わないことを決めた。

ようやく開会式と思いきや、前日に開閉会式のディレクターを務めるコメディアン、小林賢太郎氏が過去に、ホロコーストを揶揄する「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」なるパフォーマンスをおこなっていたことが発覚し、ユダヤ系人権団体が反発、解任となった。

五輪開幕後のコロナ感染急拡大については、今さら語る必要もないだろう。大会関係者、選手にも感染者があらわれ、選手村でクラスターも発生している。一般市民と接触させない“バブル方式”も機能不全だ。たとえば、ボランティアのタクシー運転手は、彼ら・彼女らの求めに応じ、エスニック・レストランやショッピング街へとクルマを走らせ、否応のないルール破りに加担させられている。

五輪開催の陰で、コロナ禍はどうなっただろうか。病床が逼迫し、政府は中等症患者は自宅療養だと言い出す始末だ。自宅療養でコロナが治るわけもなく、単なる放置に過ぎない。デルタ型変異株は病状悪化の進行が速く、中等症から重症へはすぐだ。その際、すぐに救急搬送が可能なのだろうか。また、受け入れ先はあるのだろうか。東京都では、8月に入ってから5日間で8人の自宅療養者が亡くなった。コロナ以外にも、心筋梗塞や脳卒中、交通事故など、素早い処置が生命を左右する病気やケガは少なくない。それらにも影響を及ぼすケースが心配になる。お産で死ぬような人が出たら、いったいどこの国の話だと思うが、それが今の日本である。

五輪を中止するチャンスはあったはずだ。アントニオ・グテーレス国連事務総長が、新型コロナ禍を「戦時中」との見解を表明したとき、開催中止を求める国際世論を味方につけることによって、違約金なしに取りやめることも可能だったかもしれない。その選択肢を捨てたのはなぜだろうか。けっきょく、菅義偉首相の「人類(の欲望)がコロナ(という恐怖と理性)に打ち勝った証」を地で行くことになった。

祭りが終わっても、すべてがチャラになるわけではない。パンドラの箱は開けられてしまった。後に残るコロナの大渦巻きと巨大な赤字。祭りの主催者が、反省したり、責任を取ることはないだろう。そのツケは、「メダルだ!」「感動した!」と浮かれていた人にも、そうでない人にも、等しく降りそそぐことになる。そのために生じる新たな亀裂。新国立競技場の建設によって、都営霞ヶ丘アパートの住民らは強制退去された。人々を分断することになった前代未聞だらけの五輪を、私たちはどのようにふり返るのだろうか。

(しみずたけと)  2021.8.8

なぜタリバン?

https://tolonews.com/afghanistan-174717
20. Sep. 2021

今回のタリバンによる政権掌握について、メディアは「青天の霹靂」のような報道をしていますが、そんなことはありません。肌で感ずる現地の住民たちにはわかっていたことでしょう。気づかなかったのは、警備厳重な壁の内側でノホホンと過ごしていた大使館員くらいなものです。(逃げ足は速かったけれど)

とにもかくにも内戦を終わらせ、治安を安定させたタリバン。90年代には原理主義による恐怖社会を築くわけですが、はたして今回はどうなるのか? 女性が大学に通うのはOK、しかし男女共学はダメ。思想に影響するので、哲学とか歴史はナシ。学んで良いのは、要するに役立つ実学ということです。就労も、医学とか女子校教員など、きわめて限定的。まぁ、先進国を自称する国でも、英語やコンピューター、コミュニケーション能力に力を入れる大学が増え、政府が文学部など不要と言い出す国もあるのだから、それほど驚くこともないのですが…。

いずれにせよ、タリバン政権に女性閣僚はいないだろうし、いたとしても操り人形に違いありません。そもそも、こうした方針を打ち出したのは“男だけ”の集団です。基本的に、タリバンはタリバン、原理主義であることは変わっていません。そんなことは、アフガニスタンに住む者は、みなわかっていることです。

みんなの嫌われ者のタリバンが武器で国中を席巻? そうではありません。彼らには一定の支持基盤がありました。外国軍による占領状態、それに支えられた腐敗した政権。政権の中枢には、ソ連撤退後の内戦で国中をメチャメチャにした武装集団である軍閥が居座っていました。彼らは原理主義者なので、女性の人権とか民主主義などは、西側世界に対するポーズだけ。内実は、タリバン政権時代と大きく違わなかったのです。外国人ジャーナリストや支援団体にとっては、多少は活動しやすかったのは事実だとしても…。

そんな占領と腐敗の政権にウンザリしていた人たちにとっては、「タリバン時代の方がマシだった」「帰ってこい、タリバン」となるのは不思議でも何でもありません。テロとの戦いを標榜する外国の軍隊による人権侵害、誤爆による民間人死傷。家族や友人を殺された者がタリバンに加入…、そんな例は枚挙にいとまがありません。また、汚職だらけの政権の下、ろくに賃金も支払われない軍や警察の中には、日中はアフガン軍人あるいは警察官、夜はタリバンという者も…。

こうした実状は、アフガニスタンの人々にとっては周知のこと。ただ、国外で生活する基盤もなく、脱出方法もない人たちには、どうしようもなかっただけです。そこへ降ってわいた各国の脱出劇。一縷の望みをかけ、空港に殺到し、飛行機にしがみついたというわけです。あの光景に衝撃を受け、新聞やテレビなどのメディア、インターネットでも話題を集めていますが、じきに忘れ去られることでしょう。なにしろ、私たち日本人には、いや先進国に住む人たちにとっては、“自分に関係ない”ことですから。

沖縄や福島など、国内であっても見て見ぬふりできる日本人にとっては、なおさら…。私たちが対峙しなければならないのは、そうした無意識、無関心、そして無慈悲な人たちであることを忘れてはいけません。


(しみずたけと)

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