讃美歌になった「フィンランディア」

Greta Hällfors-Sipilä, 1899-1974

合唱曲としての『フィンランディア賛歌』が誕生したのは1941年のことだが、実はそれ以前から、このメロディは歌詞付きで歌われていた。ドイツ福音教会のカタリーナ・フォン・シュレーゲル(1697~1768年)によって、1752年に書かれた“Stille, mein Wille! Dein Jesus hilft siegen”が、「フィンランドは目覚める」のメロディで歌われたのである。

米国の長老派教会は、讃美歌集を編纂する際、シベリウスの承諾を得て、英訳されて“Be still, my soul”となったこの歌を採り入れた。1932年のことである。「フィンランディア」のメロディが世界的に知られるようになったのは、讃美歌のひとつとなり、教会で歌われたからであるのは間違いないだろう。 この讃美歌は、わが国にも「やすかれ、わがこころよ」の題で導入されているので、耳にしたことのある方も多いに違いない。

ドイツ語歌詞、英語歌詞日本語歌詞の順番にて下へ

ドイツ語歌詞(1)

Stille, mein Wille! Dein Jesus hilft siegen

1.
Stille, mein Wille! Dein Jesus hilft siegen;
trage geduldig das Leiden, die Not;
Gott ist’s, der alles zum Besten will fügen,
der dir getreu bleibt in Schmerzen und Tod.
Stille, mein Wille! Dein Jesus wird Machen
glücklichen Ausgang bedenklicher Sachen.

2.
Stille, mein Wille! Der Herr hat’s in Händen;
hält sich dein Herz nur im Glauben an ihn,
wird er den Kummer bald wenden und enden;
herrlich wird endlich, was wunderbar schien.
Stille, mein Wille! Dein Heiland wird zeigen,
wie vor ihm Meer und Gewitter muß schweigen.

3.
Stille, mein Wille! Wenn Freunde sich trennen,
die du so zärtlich und innig geliebt,
wirst du die Freundschaft des Höchsten erkennen,
der sich zum Eigentum treulich dir gibt.
Stille, mein Wille! Dein Jesus ersetzet,
was dich beim Sterben der Liebsten verletzet.

4.
Stille, mein Wille! Es kommen die Stunden,
daß wir beim Herrn sind ohn‘ Wechsel der Zeit;
dann ist das Scheiden, der Kummer verschwunden,
Stille, mein Wille! Nach zeitlichem Scheiden
seh’n wir uns wieder ohn‘ Schmerzen und Leiden.


ドイツ語歌詞(2)

Sei still, mein Herz, was immer dir geschieht

1.
Sei still, mein Herz, was immer dir geschieht,
trag mit Geduld des Lebens Kreuz und Leid.
Gott ist ein Freund, der deine Drangsal sieht.
Er bleibt dir treu im Wandel dieser Zeit.
Sei still, mein Herz, Gott schenkt dir Himmelsruh,
und alle Not deckt seine Liebe zu.

2.
Sei still, mein Herz, Gott Vater führt’s hinaus,
er hält dich fest, wie er’s bisher getan.
Sei nur getrost, bau auf den Herrn dein Haus,
und wirst du matt, du darfst zum Vater nahn.
Sei still, mein Herz, es kann dir nur geschehn,
was Gott der Herr zum Heil dir ausersehn.

3.
Sei still, mein Herz, bald kommt der Freudentag,
der Heiland holt uns heim zur Herrlichkeit.
Und alle Not, Enttäuschung, Furcht und Plag
hat dann ein End für alle Ewigkeit.
Sei still, mein Herz, und bete dankbar an.
Herr, du mein Gott, dass ich dich fassen kann.

ドイツ語歌詞 英訳付き
FECG Messkirch, Germany, 2020


英語歌詞

Be still, my soul

1.
Be still, my soul, the Lord is on thy side;
Bear patiently the cross of grief or pain.
Leave to thy God to order and provide;
In every change He, faithful, will remain.
Be still, my soul, thy best, thy heavenly friend
Through thorny ways leads to a joyful end.


2.
Be still, my soul: Thy God doth undertake
To guide the future as he has the past.
Thy hope, thy confidence let nothing shake;
All now mysterious shall be bright at last.
Be still, my soul: The waves and winds still know
His voice who ruled them while he dwelt below.

3.
Be still, my soul: when dearest friends depart,
and all is darkened in the veil of tears,
then shalt thou better know His love, His heart,
who comes to soothe thy sorrow and thy fears.
Be still, my soul: thy Jesus can repay
from His own fullness all He takes away.

4.
Be still, my soul: The hour is hast’ning on
When we shall be forever with the Lord,
When disappointment, grief, and fear are gone,
Sorrow forgot, love’s purest joys restored.
Be still, my soul: When change and tears are past,
All safe and blessed we shall meet at last.

イギリスの合唱グループ Voces8の8人組
ロンドンの少年合唱団リベラのコーラス
6人のアカペラグループ Eclipse 6 による歌。Eclipse 6は2000年に州立ユタ大学在学中に結成された。

日本基督教団『讃美歌』第298番

1.
やすかれ、わがこころよ、
主イエスはともにいます。
いたみも苦しみをも
おおしく忍び耐えよ。
主イエスのともにませば、
たええぬ悩みはなし。

2.

やすかれ、わがこころよ、
なみかぜ 猛(たけ)るときも、
父なるあまつかみの
み手もてみちびきたもう
のぞみの岸は近し。

3.

やすかれ、わがこころよ、
月日のうつろいなき
み国はやがてきたらん。
うれいは永久(とわ)に消えて、
かがやくみ顔あおぐ
いのちのさちをぞ受けん。

音声ファイル:「やすかれ、わがこころよ」コーラスによるメロディーのみ

(しみずたけと)

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フィンランディア賛歌

 交響詩『フィンランディア』を紹介する中で、第二の国歌のように受けとめられているというようなことを書いた。国歌というからには、歌うための言葉、歌詞が必要である。それはどうなっているのか。ここで少し補足しておきたい。

 歴史劇のための音楽から独立させられた交響詩『フィンランディア』の、さらに「フィンランドは目覚める」という部分に、同国の詩人ヴェイッコ・アンテロ・コスケンニエミ(1885~1962年)が1940年に書いた詩がはめ込まれ、翌年、シベリウス本人によって合唱用に編曲されたのが『フィンランディア賛歌』である。当時、ソ連の侵略を受け、祖国は「冬戦争」の真っ直中。しかし、この歌が人々を奮い立たせ、国家存亡の危機を乗り切ったのである。映画コレクションにある『ウィンター・ウォー』は、この「冬戦争」をテーマにした作品である。

 オリジナルの管弦楽曲は、ロマノフ朝の帝政ロシアに対して、合唱曲の方は、スターリンが支配するソ連に対して、抵抗する国民に勇気を与えるものとなった。そのことが、今日、第二の国歌として広く歌われるようになった理由である。国とか政府が国民に「歌え」と命じたわけではなく、国民の中から自発的に「歌おう」「歌いたい」と湧き起こってきた歌。だからこそ、価値がある。

Finlandia-hymni

Oi Suomi, katso, Sinun päiväs koittaa
Yön uhka karkoitettu on jo pois
Ja aamun kiuru kirkkaudessa soittaa
Kuin itse taivahan kansi sois
Yön vallat aamun valkeus jo voittaa
Sun päiväs koittaa, oi synnyinmaa

Oi nouse, Suomi, nosta korkealle
Pääs seppälöimä suurten muistojen
Oi nouse, Suomi, näytit maailmalle
Sä että karkoitit orjuuden
Ja ettet taipunut sä sorron alle
On aamus alkanut, synnyinmaa

フィンランディア賛歌

おゝスオミよ 見よ お前の夜明けだ
お前を脅かした夜は いまや遠ざかり
輝く朝の中 鳥たちが遊ぶ
まるで空全体が歌うかのように
朝の光が 夜の闇に打ち勝ち
祖国よ お前の夜が明けたのだ

立ち上がれ スオミよ 高々とあげよ
偉大な業(わざ)に輝く その頭を
立ちあがれ スオミよ お前は世界に見せた
他民族の支配をはねのけ
抑圧に屈しなかったことを
祖国よ お前の一日が始まるのだ

ライブ映像が素晴らしい!

演奏者、合唱者のアップ映像を多用している。(演奏時間10分弱)

2017年、フィンランド独立100周年記念を祝したBBCプロムスでのBBC交響楽団による演奏。指揮者は1965年生まれ、フィンランド出身のサカリ・オラモ。彼はバーミンガム市交響楽団、フィンランド放送交響楽団を経て、ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者を務める。

 

 ::: CD :::

 合唱の入った「フィンランディア」、つまり『フィンランディア賛歌』の録音は、あまり多くないのだが、シベリウスを十八番とするネーメ・ヤルヴィが指揮したCDが手に入りやすいのはありがたいことだ。演奏は、これもシベリウスを得意とするスウェーデンのエーテボリ交響楽団である。

1.火の起源 作品32(1902年)
2.即興曲『サンデルス』作品28(1898年)
3.フィンランド軽歩兵隊の行進曲 作品91a(1917年)
4.ご機嫌いかが 作品31-2(1904年)
5.アテネ人の歌 作品31-3(1899年)
6.アカデミー行進曲 JS155(1919年)
7.フィンランディア賛歌 作品26(1899年)

指揮: ネーメ・ヤルヴィ
演奏: エーテボリ交響楽団
独唱: サウリ・ティーリカイネン(バリトン)
合唱: エーテボリ少年合唱団、YL男声合唱団
録音: 1985年


(しみずたけと) 2022.2.26

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シベリウス 交響詩『フィンランディア』


~ 寒い国から熱いメロディを ~

 フィンランドを代表する作曲家、ヤン・シベリウス(1865~1957年)。7つの交響曲をはじめ、スカンジナビア神話やフィンランド民族叙事詩を下敷きにした管弦楽曲、器楽曲、声楽曲などを多数残している。しかし、シベリウスと聞いて、まず思い浮かべるのは、この交響詩『フィンランディア』だろう。

 フィンランドは、かつてはスウェーデン支配下で自治を認められた大公国であったが、1809年にロシアが侵攻し、それ以降はロシア帝国に服属するようになった。当初は大公国待遇が維持されたものの、ニコライⅠ世の治下(1825~1855年)になると自治の侵害が始まる。ニコライⅡ世の時代(1894~1917年)には、露骨な属領化政策が進められ、次々と自由が奪われていった。このことがフィンランド人たちの愛国心に火をつけ、その後の独立運動へとつながっていく。

 1899年、舞台演出家カーロ・ベルグボム(1843~1906年)は、国民の愛国心を高め、独立運動のための資金集めを念頭に置き、フィンランドの歴史を描いた劇を書いた。『古(いにしえ)からの情景』と題し、民族叙事詩『カレワラ』に登場する英雄ワイナモイネンの時代に始まり、キリスト教の浸透、ヨハン大公の治世、三十年戦争、そして19世紀のロシアの圧政へとつながる、6幕からなる自国の歴史劇である。

 この劇に添える付随音楽として、シベリウスは前奏曲と6つの場のための管弦楽組曲をつくった。その中の力強い終曲「フィンランドは目覚める」を独立させ、若干の改訂を加えてできあがったのが、この交響詩『フィンランディア』なのである。

 金管楽器によって重々しく始まるメロディが、フィンランドの《苦難》を象徴する。それに続く木管と弦楽器があらわすのは、悲嘆する民衆であろう。それを打ち破るように打ち鳴らされるティンパニーと金管楽器。さらにファゴットとチューバが奏でる力強いユニゾン。《闘争への呼びかけ》の二つの旋律である。曲は高揚し、繰り返される《苦難》のモティーフを打ち負かそうとするかのように、力強く突き進み、やがてホルンが未来を暗示する《祝典》へ。最後は民謡風の、安らぎに満ちた美しい賛歌が奏でられ、力強く終わる。

 「フィンランディア」という表題は、この作品を外国語式に記したものであり、フィンランド国内では、この国の呼称と同じく「スオミ」と呼ばれている。この曲が広まるにつれ、フィンランド人の愛国心がかき立てられることを恐れたロシアは、演奏禁止の措置をとるのだが、ロシアの目の届かない国外では、「祖国」とか「即興曲」などのカモフラージュした名称に変えて演奏されたという。『フィンランディア』は、まさに圧政に抵抗し、自由と独立を勝ちとらんとする民族の心を表したものと言えよう。現在、フィンランド国民はこの曲を、第二の国歌のように受けとめている。

::: CD :::

 シベリウスの演奏には、なぜかハズレが少ない。お粗末な演奏や、聴いていてウンザリするような録音が思い当たらないのだ。もちろん、オーケストラの巧拙はあるのだが、不思議とそれが気にならない。指揮者の解釈だって様々なのに、その音作りは違うと言ってみたくなることも、テンポに対する違和感を抱くこともなく、それらを含めて個性として好意的に感じてしまう。なぜだろうか。

 ところで、地理的にロシアとドイツの間に位置し、音楽的にも両方の文化から影響を受けているはずのフィンランドであるが、シベリウスをレパートリーの中核に据えるロシア系、ドイツ系の指揮者は、思いのほか少ない。かつて自国の支配下にあった国が遠ざかったことに対する、なにかしらのわだかまりを、ロシア人は感ずるのか。音楽を構造面から捉え、その精緻さで作品の良し悪しを測ろうとするのがドイツ的だからなのであろうか。それとも、一種茫漠としたところのある(そこが美点だと思うのだが)シベリウスは好みではないのだろうか。一方、その静謐性、透明な空気感に共感するのか、はたまた霧が立ちこめる中、雲の切れ間から差す暖かな陽光に自国の風景を見出すのか、英国の指揮者やオーケストラとは相性が良いように思える。思い起こせば、かつてシベリウスは、ジョン・バルビローリの十八番だった。

 交響詩『フィンランディア』は、10分足らずの曲なので、交響曲と組み合わせたり、管弦楽曲集としてCD化されるのがふつうだ。ここで紹介したのは、手もとにあった私のお気に入りと言うだけで、それ以上でも以下でもない。好きな指揮者や贔屓のオーケストラがあるなら、それを選べば良いだろうし、カップリングされている曲目で決めたってかまわないだろう。

①サラステ盤

 フィンランド人とフィンランドのオーケストラでなければ純粋なフィンランド・サウンドとは呼べない、そんなこだわりがあるなら、この演奏が最右翼だろう。シベリウスを得意とする指揮者と楽団による“お国もの”だけあって、この曲に対する彼の国の人々の熱い思いがストレートに伝わってくる。

 

②デイヴィス盤

 英国の指揮者と英国のオーケストラという鉄壁のコンビ(と勝手に思っている)による演奏。この曲を得意にしているデイヴィスだけあって、複数ある録音はどれも優れているが、中でもこのロンドン響との演奏は、鮮烈かつ奥深い広がりを持った秀逸な出来映えである。深い呼吸で一貫性をもってフレーズを重ねていくアプローチがシベリウスの語法に合致し、強固な構成感と一体性、スケールの大きさを感じさせる。

 

③バーンスタイン盤

 ユダヤ系アメリカ人の指揮者がシベリウスを指揮する。北欧的な清澄さとバーンスタインの熱く強烈なパッションのぶつかり合い。水と油なのではと危惧を抱く人もいよう。しかし、それだからこそ、先入観から解き放たれた新しいシベリウス像が焦点をむすび、輪郭もくっきりに立ち上がる。まるで太陽の煌めきのように、あるいは赤々と燃えさかる炎のゆらめきのように、強靱でたくましい音が聴き手を引きつけてやまない。

 

④カラヤン盤

 カラヤンは、コンサートやレコーディングの曲目として、早い時期からシベリウスをとりあげてきた。ドイツ人ではあるが、カラヤンのルーツはアルメニアにある。膨張するロシアの支配下で、辛苦の中に生きた民への共感であろうか。交響曲もすばらしいが、ここでは四つの管弦楽曲を集めたものをあげておく。北国の森や湖を思わせるベルリン・フィルの清冽な叙情と、シベリウスを通したカラヤン独特のダイナミズムが、民族の誇りと祖国愛を雄弁に語る。

 

⑤ザンデルリンク盤

 はたと思い出した。ドイツ後期ロマン派的な香りが随所に感じられる演奏様式のせいだろう、ザンデルリンクがシベリウスを得意にしていたではないか。東プロイセンのアリス(現ポーランド)に生まれながら、ナチス政権下では、ユダヤ系という理由でドイツ国籍を剥奪され、ソ連に亡命せざるを得なかった苦労人である。戦後は東ドイツ政府の要請で帰国し、ベルリン交響楽団を世界レベルにまで育て上げた。西側のベルリン・フィルの陰に隠れ、レコーディングが多くないこととあいまって、わが国における知名度は今ひとつだが、ベルリン・フィルに劣らぬ演奏を聴かせてくれる。ややくすんだ、いぶし銀のようなサウンドを、華麗なカラヤン盤と聴きくらべるのも一興だろう。

他にもオススメは尽きないのだが、これくらいにしておこう。


(しみずたけと) 2022.2.25

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なぜタリバンは復権し得たのか

別所憲法9条の会では、2021年10月&11月「アフガニスタンの歴史から現状を考える」をテーマに学びました。スライドセットと要約版をごらんいただけるリンクを貼りました。一番下をごらんください。

参加者の感想より

民主化したと言われる中で女性の焼身自殺・レイプ事件などがおびただしい現状。麻薬大国化など。 又、イスラム原理主義者、軍閥、カルザイの腐敗政権などなど、厳しい市民の現状。 そのような中で、RAWA(アフガニスタン女性革命協会)の活動に希望をつなぎました。 RAWAの革命とは、
☆女性が教育を受けることが出来る社会
☆女性も職業につける社会☆男性と同じ権利が認められる社会の事。
女性自身による活動は本当に危険であり、今も非合法組織で地下活動だとか。日本国内にもこのRAWAと連帯する会があり、様々な活動がなされているようです。日本政府のかかわり方など、これからも現状をしっかり見つめてゆくことが大切と話し会いました。

上記のスライドセットをごらんいただくには
「アフガニスタン特集」のページへ跳んでください。
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ブログ記事「なぜタリバン?」へ跳ぶ

ジンタで歌う「沖縄を返せ」

ジンタによる「平和に生きる権利」を聴いてもらったところで、今度は沖縄をテーマにした歌を一曲。

::: 歌詞 :::

かたき土を破りて 民族のいかりにもゆる島 沖縄よ
我らと我らの祖先が 血と汗をもって 守りそだてた沖縄よ
我らは叫ぶ 沖縄よ 我らのものだ 沖縄は
沖縄を返せ 沖縄を返せ

現代の沖縄を考えるには、次の三点について認識が不可欠だ。島津藩による侵略、沖縄戦、そして米軍基地の問題。島津藩の後を受け、明治政府は1872年、琉球藩を置いた。1871年の廃藩置県と並行する藩の設置は、どう考えてもおかしいことであるのだが…。沖縄県が設置されたのは1879年。明治政府が《琉球処分》と呼ぶ、この一連の侵略と併合に正当性はあるのか。中国の対香港政策やロシアの膨張政策を非難する人も、こと日本による沖縄の支配について問うと、黙して語ることがない。

アジア太平洋戦争の終盤における沖縄戦は、本土防衛のための時間稼ぎとして、沖縄を“捨て石”にしたものであった。戦争に敗れた日本は、アメリカの占領下に置かれたが、1951年の《サンフランシスコ講和条約》により、沖縄を切り離す形で独立を回復。沖縄戦に続き、本土は再び沖縄を見捨てたのである。

歌声運動が盛んだった1956年、《第4回九州のうたごえ祭典》に沖縄代表が初めて参加した。全九州合唱団会議が、沖縄祖国復帰の闘い支援を呼びかけ、全司法福岡高裁支部が作詞、労働者作曲家と呼ばれる荒木栄が曲をつけたのが、この「沖縄を返せ」である。創作コンクール大衆投票で、この歌は第1位に選ばれた。

歌う主体が、沖縄側なのか本土側なのか、やや曖昧な感じもするが、これは作詞に、福岡法務局に勤めていた沖縄出身の仲吉良新らが関わっていたからかもしれない。しかし、ここで歌われる“民族”が、沖縄の人々を含む日本人総体を意味し、ともに「返せ」と叫ぶ“我ら”であるとするなら、米軍によって分断された日本と沖縄の統一を願うものと受けとめることも可能だ。これは、東西ドイツ統合に先んじた革新的ナショナリズムだったのかもしれない。

1960年代、沖縄では本土復帰の気運がいっそう高まり、それに呼応するかのように、本土でも「沖縄を日本に!」と、連帯意識が燃え上がった。プロもアマも、一人でも合唱でも歌われた「沖縄を返せ」。沖縄の歴史、今なお沖縄が置かれている苦境に思いをいたすことのできる人なら、知らぬ人のない歌であろう。

ベトナム戦争終結という背景があったにせよ、1972年5月15日の沖縄返還と民衆運動の間には不可分の関係がある。そもそも、米軍のベトナムからの撤退は、アメリカの学生や市民、退役軍人らが戦争継続に反対したからにほかならない。今年は沖縄の本土復帰50年目にあたる。

ピアノ調の音で「沖縄をかえせ」を聴くことができます。左端の三角印をクリックしてください。

①『OKINAWA JINTA』

八重山の唄者として有名な大工哲弘が歌う「沖縄を返せ」である。島津藩、大日本帝国、アメリカ、日本政府…、沖縄の人々は長いこと抑圧と対峙してきた。とんがっていては折れてしまう。根気よく闘い続けるコツを、よくこころえている。この何とも肩の力が抜けたような大工の歌いっぷりは、沖縄そのものを象徴しているかのようだ。アルバムにある「満州娘」や「東京節」など、自由民権運動から100年の時を越え、民衆の間に連綿とつながる権力との闘いを感じさせるものとなっている。

::: 収録曲 :::

  1. マクラム道路
  2. カチューシャの唄
  3. ラッパ節
  4. 満州想えば
  5. 満州娘
  6. 奄美小唄
  7. 籠の鳥
  8. 東京節
  9. 書生節
  10. 汗水節
  11. あきらめろ
  12. 安里屋ユンタ
  13. 沖縄を返せ
  14. 新港節
  15. さよなら港
  16. 川平線風景

②『チバリョー ウチナー』

1971年6月17日に日米間で署名された《米国との沖縄返還協定》では、沖縄の施政権が日本に返還されるとなっており、日本の沖縄領有権については触れていない。また、《ポツダム宣言》が、「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない」とする《カイロ宣言》を前提としたものと考えれば、沖縄を含む琉球列島を日本領とするには、幾ばくかの無理がある。

1972年、沖縄は日本に返還されたのであるが、沖縄に住む人々のもとへは返ってこなかった。日本の行政下に組み込まれたのは確かだが、米軍基地は占領時代と変わらず、それどころか、本土の基地が縮小されるに伴い、沖縄の基地負担率は高まる一方だ。住民の意思は反映されず、米兵による事件や事故については、一次裁判権がないなどの治外法権がまかり通り、札束で頬を張るかのようなアメとムチの政策がまかり通っている。そんなところに、民主主義が存在する道理などなかろう。香港やミャンマーで起きていることに憤りを感じながら、こと沖縄に関しては無関心を装ってきた私たち日本人。今、私たちの誠意がためされている。

このアルバムを企画・構成した大工哲弘。沖縄歌謡の重鎮になった今なお、アマチュアであることにこだわり続ける頑固な唄者である。そんな彼の「沖縄を返せ」を聴いてみてほしい。歌詞のどこが違っているか、お気づきだろうか。たった一箇所、わずか一文字の違いである。しかし、まさにそこが重要なところなのだ。なお、ここでクラリネットを吹いているのは《ジンタらムータ》の大熊亘である。

::: 歌詞 :::

かたき土を破りて
民族のいかりにもゆる島
沖縄よ
我等と我らの祖先が
血と汗をもて
守りそだてた沖縄よ
我等は叫ぶ 沖縄よ
我等のものだ 沖縄は
沖縄を返せ
沖縄へ返せ

怒りに燃えているのは誰か?それは日本人なのか?違うだろう。怒りに燃えているのは沖縄に住む人々である。だとすれば、「民族のいかりにもゆる島」ではなく「県民のいかりにもゆる島」とすべきだ。そういう主張がある。なるほど、わかる気がする。

しかし…、である。沖縄に住む人々は、私たちと同じ民族なのか?日本は単一民族の国であると、無条件に信じ込んでいる人もいるが、そうではない。京都大学が研究のために、琉球人やアイヌの墓から人骨を盗んだのも、まさに違う民族だったからにほかならない。

1903年の《人類館事件》をご存じだろうか。大阪の天王寺で開かれた《第5回内国勧業博覧会》の「学術人類館」において、民族衣装を着たアイヌ、琉球人、朝鮮人、中国人、台湾の高砂族、インド人、ジャワ人、トルコ人、アフリカ人などの32人を“見世物”にし、沖縄県と清国から抗議を受けた事件である。日本人は、沖縄に住む人たちは自分たちと違う民族であると、この時すでに認識していた証左であろう。

沖縄は、私たち日本のものである以前に、沖縄に住む人たちのものでなければならないはずだ。そんな当たり前のことを言わねばならないとは、なんと恥ずかしいことであろうか。

::: 収録曲 :::

  1. 沖縄を返せ(大工哲弘)
  2. 谷茶前(大工哲弘、ツゥンダラーズ)
  3. 望郷哀歌(大工哲弘、ツゥンダラーズ)
  4. ひかり(寿)
  5. 与那国ぬ猫小(寿)
  6. 流りゆく白雲ぬ如に(寿)
  7. 気張りヨー(MA-YA)
  8. 福々(MA-YA)
  9. 漲水ぬクイチャー(垣花暁子)
  10. 西原ぬ子守唄(垣花暁子)
  11. 安里屋ユンタ(大工苗子、新垣優子、なびぃ、垣花暁子)
  12. 南国の四季(ツゥンダラーズ)
  13. つぅんだら(ツゥンダラーズ)
  14. がんばろう(大工哲弘、その他総出演)

③『沖縄かがやけ』

アジア太平洋戦争では、本土防衛のための時間稼ぎとして“捨て石”にされた沖縄。本土の独立回復と引き替えに、米国への“貢ぎ物”とされた沖縄。安倍内閣は、2013年、辺野古新基地建設に反対する沖縄の民意を逆撫でするかのように、沖縄を切り捨てたサンフランシスコ講和条約の発効日を「主権回復の日」と定め、「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」をおこなうという愚挙に出た。沖縄は三度、捨てられたのである。

先にあげた二枚のアルバムの「沖縄を返せ」を聴いていただいたわけだが、本土に暮らす私たちの無関心、無責任、優柔不断など気にかけず、ヤマトンチュのちゃらんぽらんさに期待することもなく、沖縄はひとり立ち向かい、自分たちだけで歩いて行こうとしているかのようだ。それが、高田昇の詩による「沖縄かがやけ」だろう。

::: 歌詞 :::


深く悲しみ眠らせる 光ふり花咲き
燃ゆる島沖縄よ 島うた流れて人の願い叶える
平和を伝える沖縄は 心癒せ沖縄に 夢よ遊べ沖縄に
沖縄かがやけ 沖縄かがやけ

高く翼広げて 空に向け
未来をえがく島沖縄よ 白雲流れて人の誓いを伝える
戦はいらない沖縄は 心おどれ沖縄に 夢よはしれ沖縄に
沖縄かがやけ 沖縄かがやけ

遠くかなたに望みおき 海を架け
世界につなぐ島沖縄よ 南風(はえかぜ)流れて人の誠届ける
平和を伝える沖縄は 心みたせ沖縄に 夢よむすべ沖縄に
沖縄かがやけ 沖縄かがやけ

このアルバムは、大工哲弘が奄美、沖縄、宮古、八重山、北から南まで1,200kmに及ぶ琉球弧の唄者を集めてプロデュースしたものである。

沖縄は、もはや私たち日本を必要としていないのか。少なくとも、彼ら・彼女らは、私たちとは別の地平、もうひとつの世界を目指している。沖縄を、私たちの中でしか通用しない近視眼的な尺度で計り、同情や憐憫を求めていると思ったら、それは大間違いだろう。民主主義とは、形だけではなく、それを獲得するまでのプロセスを含めた行為こそが、その本質である。棚ぼたで民主主義を“与えられた”私たちより一段上の、ベルリンの壁を崩壊させしめた民衆、今日、香港やミャンマーで、民主主義の実現を求めて闘っている民衆と同じステージへと上がってしまっている。学ぶべき、助けを必要としているのは、ほかならぬ私たちの方なのだ。ただ、そのことに私たちが気づいていないだけで…。

::: 収録曲 :::

  1. 沖縄かがやけ(大工哲広)
  2. 島々清しゃ(ツゥンダラーズ)
  3. 豆が花(下地暁)
  4. さざなみ(島さち子)
  5. 豊年節(RIKKI)
  6. ニーリ ~祈~(下地暁)
  7. めんそーれ沖縄(島さち子)
  8. 与那国ションカネー(大工哲広)
  9. いかんにゃ加那節(RIKKI)
  10. つぅんだら慕情(ツゥンダラーズ)
  11. 六調―八重山・奄美~唐船どーい(大工哲広/RIKKI with 築地俊造)
  12. 命どう宝(大工哲広)

(しみずたけと) 2022.1.19

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