抑止力と日本国憲法


行政が住宅街に設置したスピーカーから、なにやら音声が流れてきた。反響がひどく、実に聞きづらい。どうやらJアラートの試験放送のようだ。「だから何?」「どうしろ?」というのか。

北朝鮮から弾道ミサイルが日本めがけて飛んできたとして、私たちは何をすべきか、何ができるのか。わが家には核シェルターも地下室もない。わが家だけではない。ほとんどの家がそうだろう。避難しろ?いったいどこへ?頭を抱えてしゃがみ込むくらいなものだ。まったくバカバカしい。

このバカバカしさにつき合って、ついでに少し考えてみることにした。たとえば、日本は海に囲まれており、その海に面して原子力発電所およびそれに類する施設がずらり、18箇所に57基。この中には停止中、あるいは廃止措置中の発電所や炉もあるが、内部に核燃料を抱えたままである。他に、やはり廃止される高速増殖原型炉と新型転換炉原型炉があるが、建設中の3基、六ヶ所村の再処理施設ともども、この数には含めていない。

海から丸見えのこれらの施設に攻撃が加えられたら、たとえ通常兵器によるものであっても、核攻撃と同じ結果になる。いや、貯蔵されている核燃料の量を考えると、核ミサイルよりもはるかに甚大な被害をもたらすに違いない。冷却水の取水口を破壊されただけで、冷却機能を失った炉は暴走、メルトダウンするだろう。内部に爆弾を抱えているのも同然だ。

国家間紛争の解決手段として、わが国は戦争という手段を、そもそも想定していないのである。憲法9条の問題ではない。日本の社会、経済や産業構造自体が、“戦争がない”ことを前提にしているのだ。政府は軍事力による国防を推進したいようだが、そうであれば一刻も早く脱原発を実現しなければならない。原発の再稼働だけでは飽き足らず、さらに新規建設など、二兎を追う矛盾にみちた政策に、みな気がつかないのだろうか。

抑止力という言葉がある。飛来するミサイルを撃ち落とすとか、そういうイメージを抱く人が多いかもしれない。最近では“敵基地攻撃能力”とか言いだした。発射されたミサイルを確実に迎撃できるか不安だから、発射される前に、発射されそうになったら、その兆候があれば…、こちらが先に攻撃してしまおう、「攻撃は最大の防御なり」というわけだ。

これはもう、防衛などではない。先制攻撃そのものである。あまりに露骨であることに気づいたのか、あわてて“反撃能力”と言い換えたりしている。しかし、変わったのは言葉だけらしい。攻撃もされていないうちに攻撃するのを反撃とは呼ばない。

抑止力、英語ではdeterrenceという。deter、「…するのを思いとどまらせる」という動詞から来ている言葉である。つまり、攻撃することを思いとどまらせる、攻撃させないというのが本来の意味であって、攻めてきた敵に対処するとか迎え撃つということではない。攻めさせない、それこそが抑止力である。

北朝鮮との関係を考えてみよう。あの国と日本の間に領土問題は存在しない。互いの国土に対して領有権を主張しているのでもない。北朝鮮には日本を攻撃する、これといった理由がないのである。それとも、北朝鮮が日本の全土あるいは一部を支配しようと企んでいるとでも思っているのだろうか。

次に何のためのミサイル発射なのかを考えてみる。挑発行為と捉えられているが、日韓や米国を挑発し、軍備増強の必要性を実感させることが目的ではないだろう。国家予算が有り余っていて、それを軍事費につぎ込むことで消化しているのでないことも、いまさら言うまでもない。北朝鮮にとって、核開発やミサイル発射実験は、まさに抑止力なのだ。攻めてきたら反撃するぞ、こちらには核もあるぞ、そちらもただではすまないぞ、だから攻めてくるなよというメッセージである。

北朝鮮の抑止力に対して、なぜ私たちは恐れるのだろうか。もしかしたら先制攻撃してくるのではないかという不安感があるからだと思う。先に攻撃しない、専守防衛に徹することを国是とする国であれば、このような恐怖心を抱かずにすむはずだ。つまり、北朝鮮には憲法9条がないからである。

相手に攻撃させない、正しい意味での抑止力を発揮するために必要なことは何か。今年の憲法大集会で、中野晃一さんは、reassurance、“安心供与”という言葉を使っていた。「安心させる、再保証する」という動詞reassureを、さらに分解してみよう。「保証する、請け合う、確信させる」を表すassureに、「再び」の意味を持つ接頭辞のreを付け加えた言葉であることがわかる。

先制攻撃したりしない、先に手出ししない国であることを、他国に「あらためて確信してもらう」。軍事力行使より前の段階でこそ必要なこと、これこそが抑止力なのである。今の時代、どの国も領土拡張や他国の支配を掲げて戦争を始めたりしない。いつだって自国民保護、領土保全、自国の安全保障のためであり、防衛のためにやむなく…という理由で戦争を始めている。

日本は「戦争しない」ことを世界に向けて宣言した国である。9条だけでなく、憲法の前文でそれを謳っている。これこそが、世界で五本の指に入る軍事力を保有しながら、他国に対するreassurance、信頼の担保になっているのである。自分たちが戦争を始めないというだけでなく、相手に戦争の口実を与えない、最大の抑止力であることに気づくだろう。実に賢い手段だと言えないだろうか。

これまで「こちらから先に手出しすることはありませんよ」という看板を掲げていた日本が、憲法改定によって、その看板を下ろしてしまったらどうなるか。周辺国は戦々恐々だろう。なにしろ、心にもない大東亜共栄とかを標榜し、軍事力で朝鮮を併合し、中国に攻め込み、アジア中を戦場にした過去を持つ国である。私たち日本国民が思っていなくても、「いよいよ戦争を仕掛けるつもりになったのか」と受けとられかねない。

世の中に“ならず者”がいるように、世界には“ならず者国家”が存在する。彼らには理性や道徳的観念などなく、こちらの論理は通じない。戦争の口実は、見つけるものではなく、こしらえるものである。そうした国に対処するには軍事力しかない。そう考える人もいるだろう。しかし、それは現実的だろうか。

飛来したミサイルを空中で撃ち落とす。相手は当然、撃ち落とされないミサイルを開発することになる。こちらは、それをまた撃ち落とすシステムを作るしかない。すると相手は…。莫大な費用を投じて開発した兵器も、すぐに旧式化、陳腐化してお払い箱になる。双方が終わりのない軍拡競争を続けることになるのだが、その財源はどうするのか。

国家に打ち出の小槌、ドラえもんの四次元ポケットがあるわけでなし、軍事への支出を増やせば、他を削るよりほかはない。消費税のアップ、福祉の切り捨て、年金の減額ないし支給対象者の絞り込み、医療費の負担増、教育は無償化どころか、むしろ義務教育の有償化も検討事項になるかもしれない。いつ攻めてくるか、攻めてくるかどうかもわからない敵に備え、国民は窮乏生活を耐え忍ぶことになる。軍事大国の国民は苦しい生活を強いられるのが常だが、そんな日常を選択してまで、軍事力にすがりたいものだろうか。

私たちが“ならず者国家”だと考える国は、たいていは民主主義が実現されていないか、低レベルに留まっている国だろう。民主主義と呼ばれる国であっても、国民の声がすべて政府に届くわけではないが、権力政治が行われる国ではなおさらだ。しかし、軍事政権や独裁政権の国であっても、すべての国民がそれに共感しているわけではない。理不尽な国家権力を打ち倒そうとする勇気ある人々と手を取り合うことが求められているのである。

軍事力は、金ばかりかかって、本当に役に立つかどうかもわからないし、そもそも本質的な問題解決を目指していない。世界に不安と脅威を振りまく権力政治を民主主義へと転換させることは、それらの国の人々を恐怖と欠乏から解放し、自由をもたらすとともに、“ならず者国家”をなくし、結果的に私たちの安全につながるだろう。平和で争いのない“もうひとつの世界”の構築は、実は日本国憲法の理念そのものである。その憲法を、日本が捨て去ることは、世界の良心を裏切り、未来への希望を遠ざける行為になる、私にはそう思えてならないのである。


(しみずたけと) 2022.5.27

中島みゆきの「阿檀の木の下で」


 今から50年前の今日、沖縄の施政権が日本に返還された。私たちは「本土復帰」と呼んでいる。しかし、沖縄<日本<米国という二重の支配構造を考えたとき、日本に復帰したことは、はたして沖縄にとって本当に良いことだったのだろうか。二重支配であるがゆえに、住民の声が為政者に届かない、それが沖縄の現実である。

 もし沖縄が米国を構成するひとつの州であったなら、沖縄だけが他州に比べ、かくも大きな基地負担を強いられることはなかったであろう。そんなことが、あの国で許されるはずがない。この仮定は、米国の一州であることが前提であって、グアムなどと同様の信託統治領とかでは成り立たない。それは、横田基地や嘉手納基地のラプコンに支配される東京や沖縄の空を思えばわかるに違いない。日本という国自体が、主権国家を自称しながら、その実、米国の属国または属領の地位に甘んじているのだから。

 内地の人は沖縄の「本土復帰」を祝い、沖縄の人もまた「祖国復帰」を喜んだ…。本当だろうか。沖縄の人にとって、日本は祖国なのか。心の奥底から日本が祖国だと思い、復帰を願っていたのだろうか。本土防衛のための捨て石作戦だった沖縄戦、沖縄を切り離し、本土だけ主権を回復したサンフランシスコ講和条約、二度にわたって沖縄を見捨てた、それが日本である。そのことを後悔も反省もしていないことが、2013年にサンフランシスコ講和条約の発効日を「主権回復の日」と定めたことからもわかる。米国政府の顔色をうかがうことを優先する日本政府が、悪徳代理人のごとく、沖縄に無理難題を押しつけている、私にはそのようにしか見えないのだ。

 沖縄については、《ジンタで歌う「沖縄を返せ」》のところでも書いた。NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』で、今また沖縄が話題になっている。少し前は、2001年の『ちゅらさん』だった。沖縄出身の俳優の活躍のおかげでもある。しかし、音楽の世界に目を向けると、沖縄のミュージシャンや沖縄を歌った曲は数多いのに、本土の人が手がけた作品は決して多いとはいえない。

 前置きが長くなった。いや、どう考えても長すぎるだろう。【わたしのひとこと】コーナーならともかく、【9j音楽ライブラリー】のために書き始めた文章なのだから。さて、満を持して、中島みゆきに登場してもらう。歌は1996年のアルバム《パラダイス・カフェ》に収録された「阿檀の木の下で」。

 中島みゆき…。日本の歌謡界、ニューミュージック、J-POP、なんと呼ぶべきなのか逡巡するのだが、シンガーソングライターとしても楽曲提供者としても、ビッグ・ネームであることを誰も否定するまい。しかし、このアルバムの題名を聞いて、すぐにピンとくるだろうか。この歌のメロディを、すぐに思い出せるだろうか。「ふられ女の怨み節」とか「女の情念を歌わせたら日本一」というのが通俗的な中島みゆき像だとしたら、これはかなり異質な作品だと受けとる人が多いのではあるまいか。

 前回の《ボブ・ディランの「ハリケーン」》の中で、「日本では、愛を歌った曲は腐るほどあるのに、社会正義を求める歌のなんと少ないことか」、そんなことを書いた。それに対する、自分なりの答えである。そう、愛と社会を等距離で歌う希有なミュージシャン、中島みゆきがいるではないか。この種の歌にこそ、彼女のホンネが表出し、本来の姿が立ち現れる。私にはそう思われてならない。

 歌を聴くなり、歌詞を読むなりすることで見えてくるものがある。ルビにふられた言葉に注意してほしい。寿歌(ほぎうた)とは、単なるお祝いの歌ではない。天皇を祝う歌のことである。戦を「いくさ」と読むのは普通のことだが、軍にもまた「いくさ」という読みがある。

 もともと琉球王国だったのに、いつの間にか天皇をありがたくいただく国に組み込まれた歴史。戦争に敗れ、この島を貢ぎ物として米国に捧げ、それによって支配を免れた本土。その一方で、戦争が終わってなお、軍が優先、言い換えれば軍という仕組みに負けた島。「君が代」か“The Star-Spangled Banner”なのかはわからないが、国歌を「くにうた」と読ませるところなど、詩人・谷川俊太郎をテーマに卒論を書いた中島みゆきならではだ。そして、それは誰も知らないうちに決まった、島の人の意思とは無関係に、遠いところで決められた、およそ民主主義とはかけ離れた事実が淡々と歌われる。一番の終わりには飛行機の爆音が、二番の終わりには砲撃の音が入っている。最後の「見捨てた主(ぬし)」とは、いったい誰?


 ::: CD :::

パラダイス・カフェ(収録曲)

1. 旅人のうた(2nd Version)
2. 伝説
3. 永遠の嘘をついてくれ
4. ALONE, PLEASE
5. それは愛ではない

6. なつかない猫
7. SINGLES BAR
8. 蒼い時代
9. たかが愛
10. 阿檀の木の下で
11. パラダイス・カフェ


(しみずたけと) 2022.5.16

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ボブ・ディランの「ハリケーン」

 やはり外すわけにはいかない、この人は。ロックミュージシャンであり、フォークやブルースを歌い、メッセージソング、プロテストソングの旗手、そして詩人のボブ・ディラン(1941年~)。ロバート・アレン・ツィンマーマンの名前からわかるとおり、東欧系ユダヤ人である。民族の定義方法はいくつもあるのだが、ユダヤはアメリカ、いや世界の政財界を左右する力を持ちながら、その一方で多くの敵を持つ集団とされている。本人の意思とは無関係に、そうした集団に帰属することが、ボブ・ディランの詩や音楽、そして行動に投影されているのだろうか。ロックの殿堂入りを果たし、グラミー賞やアカデミー賞、ピューリッツァー賞特別賞、そしてノーベル文学賞など、分野を超えて数々の賞を受賞した、音楽の世界にとどまらない、世界中に影響を与え続けている人物である。

 ここで紹介するのは、1976年に発表されたアルバム《Desire》―日本語では『欲望』となっている―のA面、第一曲目として収録された「ハリケーン」。ミドル級のボクサー、ルービン・カーター(1937~2014年)のリングネームからとったタイトルである。1966年、殺人事件の犯人として終身刑を科せられたカーターは、1974年に獄中で自伝『第16ラウンド』を執筆、自身の無実を訴えた。本は反響を呼び、獄中に彼を訪ねたディランは冤罪事件であることを確信、再審キャンペーンに乗り出したのだった。

 ルービン・カーターの冤罪に至る物語については、歌詞そのままである。警察、司法を含むアメリカ社会に対する痛烈な皮肉、強い憤りをストレートに歌う彼は、ミュージシャンと言うより、社会変革を目指して民衆を率いる革命家あるいは予言者のようだ。冤罪と闘うカーターの半生を描いた、ノーマン・ジュイソン監督作品の映画『ザ・ハリケーン』の中で、この「ハリケーン」が力強く流れる。

 なぜアルバムのタイトルが『欲望』なのか。辞書で“desire”を引くと、確かに「欲望」という名詞がみつかるのだが、その前に「(人が)…することを強く望む」「(人に)…して欲しいと願う」という他動詞、「願望する」「希求する」という自動詞があることに気づくだろう。ラテン語の“desiderare”から来た言葉だからである。社会から正義が失われ、「これで良いのか、アメリカ!」と、社会正義の復権を求めるディランの願い、願望であることは疑いようがない。

 ディランはミュージシャンであるから、自分の曲がヒットすることを願うのは当たり前だし、レコードの売り上げが増えれば収入も上がり、名声を得ることにもつながる。そうした欲望があるのは当然だが、同時に社会正義の実現も願っている。また、アルバムB面の最後の曲は「サラ」。ディランの妻の名である。この頃、夫婦仲は上手くいっておらず、二人は離婚の危機の中にあった。サラというひとりの女性に対して愛を求めるラブソングなのである。

 自己実現、社会正義、そして愛。人間はもろもろのdesireを持つ生き物だ。それらに対して等距離で歌うディランは、やはりすごいアーティストだと思う。ふり返ってみると、日本では、愛を歌った曲は腐るほどあるのに、社会正義を求める歌のなんと少ないことか。惚れた、愛した、逃げられた、捨てられた…ばかりではないか。社会に対する無関心、無責任は、こんなところにも現れている。文化というのは社会を映す鏡であるというのは、どうやら本当らしい。


Hurricane(ハリケーン)

Words by Bob Dylan with Jacques Levy(1975年)

Pistols shots ring out in the barroom night
Enter Patty Valentine from the upper hall
She sees the bartender in a pool of blood
Cries out “My God they killed them all”
Here comes the story of the Hurricane
The man the authorities came to blame
For something that he never done
Put him in a prison cell but one time he could-a been
The champion of the world.


夜の酒場で銃声が響く
パティが階段を降り
血の海の中のバーテンを見る
「たいへん みんな殺されてる!」
ハリケーンの物語のはじまりだ
権力者たちによって 罪を着せられ
無実でぶち込まれた かつては世界王者にも なれたはずの男

Three bodies lying there does Patty see
And another man named Bello moving around mysteriously
“I didn’t do it” he says and he throws up his hands
“I was only robbing the register I hope you understand
I saw them leaving” he says and he stops
“One of us had better call up the cops”
And so Patty calls the cops
And they arrive on the scene with their red lights flashing
In the hot New Jersey night.


三つの骸をパティは見る
怪しげにうろつくベロー
 「オレじゃねえぜレジから失敬しただけさ
 ズラかるのを見たぜ
 ポリ公を呼んだ方がよさそうだな」
 パティが警察に電話する
ヤツらが来た 赤色灯を点滅させながら
ニュージャージーの暑い夜

Meanwhile far away in another part of town
Rubin Carter and a couple of friends are driving around
Number one contender for the middleweight crown
Had no idea what kinda shit was about to go
down
When a cop pulled him over to the side of the road
Just like the time before and the time before that
In Patterson that’s just the way things go
If you’re black you might as well not shown up on the street ‘Less you wanna draw the heat.


現場から遠く離れた街角
ルービンはダチ二人とドライブ
ミドル級一位は どんなことになるか 思ってもみなかった
ポリ公が引っぱっていった時
この前もそうだったし その前もそう…
パターソンではいつもそうだ
アンタが黒人なら 通りに出ない方がいいぜ
ポリ公の目を引くだけだからさ

Alfred Bello had a partner and he had a rap for the corps
Him and Arthur Dexter Bradley were just out prowling around
He said “I saw two men running out they looked like middleweights
They jumped into a white car with out-of-state plates”
And Miss Patty Valentine just nodded her head
Cop said “Wait a minute boys this one’s not dead”
So they took him to the infirmary
And though this man could hardly see
They told him that he could identify the guilty men.


ベローの相棒は 前にポリ公の厄介になっていた
ベローとブラッドレーが うろつきながら
「ズラかる二人 ミドル級に見えたぜ
白い車に飛び乗ったぜ よその州ナンバーの」
パティはうなずくだけ
ポリ公が「ちょっと待て こっちの一人は死んでないぜ」
小さな病院に運び込んだ
ほとんど見えない状態なのに
犯人を見ればわかるだろ そう言い聞か

Four in the morning and they haul Rubin in
Take him to the hospital and they bring him upstairs
The wounded man looks up through his one dying eye
Says “Wha’d you bring him in here for? He ain’t the guy!”
Yes here comes the story of the Hurricane
The man the authorities came to blame
For something that he never done
Put in a prison cell but one time he could-a been
The champion of the world.


朝四時に ルービンをしょっ引き
病院に連れていき 階段をのぼらせる
重傷の男は 見えなくなりかけた片目を開き
「こいつじゃないぜ」
ハリケーンの物語のはじまりだ
権力者たちによって 罪を着せられ
無実でぶち込まれた
かつては世界王者にも なれたはずの男

Four months later the ghettos are in flame
Rubin’s in South America fighting for his name
While Arthur Dexter Bradley’s still in the robbery game
And the cops are putting the screws to him looking for somebody to blame
“Remember that murder that happened in a bar?”
“Remember you said you saw the getaway car?”
“You think you’d like to play ball with the law?”
“Think it might-a been that fighter you saw running that night?”
“Don’t forget that you are white”.


四カ月後 スラムは炎上
ルービンは南米で 名をあげようと闘っている

ブラッドレーは 泥棒稼業から足を洗えず
ポリ公たちは誰かに罪を着せようと ヤツを締め上げた
「あのコロシを覚えているだろ?
ズラかる車を見たと言ったな?

オレたちの味方した方が利口だろ?
あのボクサーだったんじゃないか? 自分が白人だってこと 忘れるんじゃないぜ」

Arthur Dexter Bradley said “I’m really not sure”
Cops said “A boy like you could use a break
We got you for the motel job and we’re talking to your friend Bello
Now you don’t wanta have to go back to jail be a nice fellow
You’ll be doing society a favor
That sonofabitch is brave and getting braver
We want to put his ass in stir
We want to pin this triple murder on him
He ain’t no Gentleman Jim”.


「マジ覚えてねえんだ」 とブラッドレー
「てめえみたいなクズ野郎はチャンスを活かせ
モーテルの仕事 世話したろ? ベローとは話をつけるから
ムショに戻りたくないだろ? カタギになれよ
世の中の役に立つことをしようぜ
あん畜生は強気で ますます調子こいてやがる
ケツからムショにぶち込んで
三人殺しの罪をなすりつけてやるんだ
どのみち いけ好かない野郎だぜ」

Rubin could take a man out with just one punch
But he never did like to talk about it all that much
It’s my work he’d say and I do it for pay
And when it’s over I’d just as soon go on my way
Up to some paradise
Where the trout streams flow and the air is nice
And ride a horse along a trail
But then they took him to the jailhouse
Where they try to turn a man into a mouse.


ルービンは相手を パンチ一つで倒せたが
大仰に話すのは 好きでなかった
 「仕事さ 生活のためさ
 終わればすぐに 出かけるぜ
 どこか天国のようなところへ
 マスのいる川があり きれいな空気で
 馬で小径をいくんだ」
その時ヤツらが 拘置所にぶち込んだ
ネズミにしてやろうって魂胆だ

All of Rubin’s cards were marked in advance
The trial was a pig-circus he never had a chance
The judge made Rubin’s witnesses drunkards from the slums
To the white folks who watched he was a revolutionary bum
And to the black folks he was just a crazy nigger
No one doubted that he pulled the trigger
And though they could not produce the gun
The DA said he was the one who did the deed
And the all-white jury agreed.


ルービンの札は 最初から印つき
裁判はブタのサーカス 勝ち目はなかった
判事が目撃者に仕立てあげたのは スラムの酔っぱらい
白人連中は 過激な乞食だと思い
黒人どもは イカれた黒んぼ扱い
引き金を引いたことを 疑う者はいなかった
銃を発見できなかったのに
検事は犯人だと言い立てた
全員白人の陪審員は同意した

Rubin Carter was falsely tried
The crime was murder ‘one’ guess who testified
Bello and Bradley and they both baldly lied
And the newspapers they all went along for the ride
How can the life of such a man
Be in the palm of some fool’s hand?
To see him obviously framed
Couldn’t help but make me feel ashamed to live in a land
Where justice is a game.


裁判はデタラメだった
この犯罪は第一級謀殺だ 証言者を考えてみろ
ベローとブラッドレーは 嘘をつきまくった
新聞もそれに便乗した
あの男の命が
どこかのバカの手に 握られているなんて
明白なでっち上げを見ると
こんな国に暮らしているのが 恥ずかしいぜ ここでは正義はゲームでしかない

Now all the criminals in their coats and their ties
Are free to drink martinis and watch the sun rise
While Rubin sits like Buddha in a ten-foot cell
An innocent man in a living hell
That’s the story of the Hurricane
But it won’t be over till they clear his name
And give him back the time he’s done
Put him in a prison cell but one time he could-a been
The champion of the world.


今や犯罪者どもが 上着にネクタイで
自由にマティーニを飲み 日の出を眺める
一方 ルービンは仏陀のように 三メートル四方の独房の中
無実の男が 生き地獄に置かれ
これがハリケーンの物語
だがこの物語は終わらない 冤罪が晴れるまでは
失われた時が戻るまでは
独房にぶち込まれた男

でもかつては 世界王者にもなれたはず

 ::: CD :::

アルバム『欲望』(収録曲)

1.Hurricane
2.Isis
3.Mozambique
4.One More Cup of Coffee
5.Oh, Sister
6.Joey
7.Romance in Durango
8.Black Diamond Bay
9.Sara


ルービン・カーターの自由を取り戻す闘いは1999年に映画に描かれました。

別所憲法9条の会【9j映画コレクション】にて映画の紹介をしています。下のURLをクリックしてください。

https://bessho9.info/mov/enzai.html#hurricane


(しみずたけと) 2022.5.16

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サヘル・ローズのなすと鶏肉のトマト煮込み


一年ほど前、2021年5月に生協が配信したネット番組でサヘルさんともうひとりJIM-NETの方がそれぞれイランとイラクの料理を披露してくれました。こういう料理に目のないわたしは早速サヘルさんのなすと鶏肉のトマト煮込みを作ってみましたよ。

材料には特に手にはいりにくいものはなく、煮込み物とは別個にナスを挙げておくのがわずか手間なだけの料理です。地中海沿岸の国々の料理とほぼ同じで、ターメリックを入れるところだけが違うかなーというもの。

番組で配布されたレシピを載せます。ぜひ、ぜひ、作ってみてくださいね。

レシピ
鶏肉は300gほどで作りました。これで3人前くらいかな。トマトピューレは手持ちがなかったので、水煮を使いました。ナスはフライパンに幾分多めの油を入れて、揚げ焼きにしました。イランでは香辛料をもっといろいろな種類入れるんじゃないかなと思ったり。鶏肉じゃない肉も使うかなと。

JIM-NETは湾岸戦争後にイラクで増えた小児がんの治療に、日本が蓄積してきた医療を提供しようと活動している団体です。イラク自身で十分な治療を施すことを可能にするのが最終目標です。

配信された番組はアーカイブはありませんので、残念ながら、見ることはかないません。


Ak. 2022.4.27

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母たちのために


母たちのために
ベッツィー・ローズ

 “For The Mothers”。カリフォルニアのシンガーソングライター、Betsy Roseの歌である。あなたも、私も、みな誰かの子であるはず…。そのことを忘れないようにしたい。


For the Mothers(母たちのために)
By Betsy Rose (ベッツィー・ローズ)

I sing for the mothers all over the earth
For their power, for their love
I ache for the mothers all over the earth
For their sorrow, for their love

Repeat:
May their broken hearts be cradled
May their righteous anger be heard
I pray for justice and healing for all of the mothers
All over the earth


私は歌う 世界中の母たちに
その強さ その愛のために
私の心は痛む 世界中の母たちを思う時
その悲しみ その愛ゆえに


くりかえし
母たちの張りさかれた心に癒しあれ
母たちの正しき怒りを聞き届けたまえ
私は祈る 世界中の母たちに
正義と癒しのあらんことを

I sing for the mothers of soldiers at war
For their power, for their love
I ache for the mothers of soldiers at war
For their sorrow, for their love

Repeat:

私は歌う 戦場(いくさば)に身をおく兵士の母たちに
その強さ その愛のために
私の心は痛む 戦場(いくさば)に身をおく兵士の母たちを思う時
その悲しみ その愛ゆえに

くりかえし

I sing for the mothers who grieve for a child
For their power, for their love
I ache for the mothers who grieve for a child
For their sorrow, for their love

Repeat:

私は歌う 子どもの死を悼む母たちに
その強さ その愛のために
私の心は痛む わが子の死を悼む母たちを思う時
その悲しみ その愛ゆえに

くりかえし

I sing for the mothers who have no voice
For their power, for their love
I ache for the mothers who have no voice
For their sorrow, for their love

Repeat:

私は歌う 声なき母たちのために
その強さ その愛のために
私の心は痛む 声なき母たちを思う時
その悲しみ その愛ゆえに

くりかえし

 ::: CD :::

Welcome To The Circle(収録曲)

Disc 1 ― Circle of Power:

1. We Are The Women
2. Come Come Whoever You Are
3. I Don’t Practice
4. If You Give Birth
5. Song of the Soul
6. Battle Hymn Of Women
7. Unreasonable Women- A Modest Proposal
8. Look To The Women
9. Blood of Ancients/Hope Of A New World
10. Time To Love/All The Time In The World
11. I Ain’t Afraid
12. Trilogy
13. Who Were The Witches
14. Bella Ciao

Disc 2 ― Circle of Healing

1. Open Up And Let Her Through
2. Welcome To The Circle
3. Take Me In Your Arms
4. Women’s Hands
5. For The Mothers
6. I Am The Love
7. Return Again
8. In My Bones
9. Sending You Light
10. Metta Karuna/ Lovingkindness
11. How Could Anyone
12. May You Walk In Your Life

Betsy Roseのwebサイト https://www.betsyrosemusic.org/


(しみずたけと) 2022.4.25

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