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戦 争

未来があったはずの若者たち
日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声
監督:関川秀雄  1950年・東京映画配給 109分

第二次大戦末期のビルマ。見習士官の牧は大学の恩師だった大木二等兵と再会する。部隊は退却命令を受け、傷病兵を置き去りにして移動を開始。残された者が自決する中、敵軍の集中砲火を浴び、上官らが逃げ出してしまう。戦火の中、牧は大木から「最後の授業」を受けるのだった。戦没学徒兵の手記をヒントに制作された、戦後初の戦争映画。

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人は運命に流されるだけの存在か?
きけ、わだつみの声
監督:出目昌伸  1995年・東映 129分

1995年、真夏のラグビー場で仲間とスクラムを組む鶴谷勇介。相手選手との激突で意識が遠のいた。われに返ると、そこは神宮外苑。ずぶ濡れのまま行進する学生たち。1943年10月21日、学徒出陣の大壮行会の真っ只中だった…。戦局は激しさを増し、元ラガーマンたちも次々と戦争へと駆りだされていく。徴兵を拒否し、逃亡を続ける鶴谷は叫ぶ。「誰がこんな戦争を始めたんだ! 誰が仲間を戦場に連れていったんだ!」と。あの時代に生きた若者たちの姿を、フィリピン、沖縄の戦いを背景に描いた戦後50周年記念作品。戦争の狂気というより、日本軍、いや日本社会の狂気に着目したい。

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沖縄戦史として見ておきたい
沖縄健児隊
監督:岩間鶴夫  1953年・松竹 108分

「鉄血勤皇師範隊」なる名称の下に、南西諸島軍最高指揮官の直属部隊として軍司令官と運命を共にし、総員480名中、300余名を失った沖縄師範学校男子部職員、生徒の当時の姿を描く。戦火の中に散っていった血涙の青春、彼ら純情な青春は、弾雨の中で何を感じ、何を考えたか?何を叫び、何を怒りつつ死んでいったのであろうか?死んだ学生は永遠に黙している。だが、彼らは永遠に語っているのだ。戦争という苛烈な現実に直面して、純真な青年たちがどんな生き方をしたかを、ありのままに伝える沖縄戦史。(商品説明から)

元沖縄師範学校生太田昌秀(後の沖縄県知事)、外間守善の記録がもとになった作品である

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沖縄戦の悲劇
ひめゆりの塔
監督:今井正  1953年・東映 130分

敗色濃い昭和二十年の沖縄。日本軍は「勤労奉仕」という名の下、女学校を卒業したばかりの生徒たちによる看護部隊「ひめゆり部隊」を結成し、前線の野戦病院へ送り込んだ。すでに海空からの砲爆撃にさらされており、病院には日夜、負傷兵や遺体が運び込まれてきていた。ひめゆり部隊は弾丸や水を運ぶなど、看護以外の労働に従事していたが、敵軍の攻撃は日増しに激しくなり、部隊は徐々に包囲されてしまう。

石野径一郎の同名小説を、水木洋子が脚色。今井正がドキュメンタリー・タッチで描いている。この時期、沖縄は占領下にあり、現地ロケは不可能だった。1982年、今井正は同じ水木洋子の脚本でリメイク版を撮っている。

音楽の紹介:わかれの曲(うた)---> 9jブログ【音楽】に跳びます。

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自決とは…
太平洋戦争と姫ゆり部隊
監督:小森白  1962年・大蔵映画 150分

太平洋戦争の戦況が悪化し、沖縄防衛の日本軍は援軍を得ることなく、沖縄の人々とともに米国の大軍を向かい(ママ)撃つことになる。沖縄の少女たちも“ひめゆり部隊”として負傷した兵士の看護にあたる。しかし、日本軍の抵抗空しく上陸した米軍に各地で破(ママ)れ沖縄を占領される。破(ママ)れた日本の軍人は自決の道を選ぶ。そして“ひめゆり部隊”の少女たちも自ら命を絶つのであった。(商品説明から)

自決とは、自分自身に関することを他人の力を借りずに決めること(三省堂『大辞林』より)である。沖縄戦の下、多くの命が「自決」によって失われた。それらはみな、自分自身の決定によってなされたものなのか。兵士たちの自決は、投降し敵軍の捕虜になることを禁じた戦陣訓「生きて虜囚の辱めを受けず」の刷り込みのたまものである。一般民衆にもそれが行き渡っていた、あるいは軍や国家に強いられた結果にすぎない。そもそも赤ん坊が自決、自らの意思で死を選ぶことなど、あり得ないことである。ひめゆりの少女たちも、他の選択肢を見出すことができなかったゆえの集団死であった。自決などという言葉を軽々しく口にするのは、あたかも本人の自由意志で、自己責任において死を選んだことにしたい、責任追及をかわしたい側の身勝手な言い草である。

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生死を決めるのは運だけか?
あゝひめゆりの塔
監督:舛田利雄  1968年・日活 127分

第二次世界大戦末期の沖縄で、臨時看護婦部隊として従軍した沖縄師範女生徒たち。戦後、幾度となく映画化された“ひめゆりの悲劇”の中でもひときわ異彩を放つのが、この68年度日活ヴァージョンだ。監督は『赤いハンカチ』『虹の流れ星』などアクション映画の雄として名を馳せた舛田利雄。プログラム・ピクチャーで培った職人としての手腕は、映画にエンターテイメントとしての興奮をもたらせる一方で、戦争の狂気と恐怖をじっくりあぶり出していく。なかでも敵機による上空からの機銃掃射シーンは圧巻だ。そこでは戦闘員非戦闘員の区別はない。祖国の危機に命を投げ出す女子生徒たちも、また等しく銃弾の犠牲となっていく。そう、戦場で生死を決めるのは、ただ「運」にすぎないのだ。この映画は、いわゆる社会派監督による声高な反戦メッセージよりも遙かに雄弁に、生と死を、そして命の重みを語ってみせる。(永島浩による商品説明から)

私は「祖国の危機に命を投げ出す」などという言葉を聞くと虫唾が走る。戦中に鬼畜米英を叫び、国民に命を投げ出すことを要求しておきながら、自分は祖国のためにも天皇のためにも命を投げ出す気などさらさらなく、戦後はアメリカ礼讃者に早変わりし、首相にまで上りつめた人間がいることを知っているからである。少女たちは好き好んで戦場に身を投じたわけではない。誰が命じたのか。このような状況を招いた責任は誰にあるのか。人の生き死にが「運」などで決まることは断じてない。そのような為政者を野放しにして、やりたい放題させた国民の自己責任と言われれば、そうかもしれない。生と死、命の重みを語るのであれば、そこから始めるべきだろう。この映画は、いかなるところであれ、そこに生きる少女たちにも青春があった。いや、青春を夢見る少女たちがいたという、大スター・吉永小百合を中心にした青春ドラマとして見るべきなのかもしれない。

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軍隊は人を守らない、守れない
ひめゆりの塔
監督:神山征二郎  1995年・東宝 121分

那覇と首里の間、現在の安里十字路の近くにあり、別名「ひめゆりの学園」と呼ばれていた沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校。激しさを増す戦争の中、1944年7月、生徒らは皇国臣民の責務として、夏休み返上で学校に招集される。宮城千代子や仲宗根政文といった教師らによる疎開の主張は一蹴され、彼女らは傷ついた兵士を看護する「ひめゆり学徒隊」として戦地へ赴くことになった。戦場での卒業式。米軍が上陸し、熾烈な戦闘で負傷兵は増え続け、看護する彼女らも疲労の極致に。野戦病院はガマ(自然壕)に移動し、歩けない傷病兵は“処分”された。1945年6月18日、ひめゆり学徒隊に解散命令が下る。小集団に別れて逃げ惑う生徒と先生たち。米軍の攻撃にやられた者、自決した者、多くの尊い命が失われた。ひめゆり部隊を扱った映画としては、五番目になる作品だが、最も事実に沿って描かれたたものである。

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戦争は恐ろしいが…
ひめゆり隊と同じ戦火を生きた少女の記録 最後のナイチンゲール
演出:猪股隆一  2006年・日本テレビ/よみうりテレビ 120分

太平洋戦争で、米軍の反撃が激化した昭和20年3月、沖縄本島の女子校に通う照屋サチ(成海璃子)は、同じクラスの平良安子(市川由衣)、仲根悦子(サエコ)、玉城冨美(岩田さゆり)らと共に、学徒看護隊として負傷兵であふれる軍の病院壕に配属される。何も分からないサチらを指導してくれたのは、養護室の代理教員で、助産婦の婦長・新城美智子(長谷川京子)。サチら4人は、美智子と一緒に戦争の悲惨な現実を目の当たりにしながら、各地の病院壕をまわる。だが、上陸した米軍の猛攻で、サチらは次第に追い詰められて――。日本で唯一民間人を巻き込む地上戦が行われた沖縄本島を舞台に、人を鬼に変えてしまう戦争の本当の恐ろしさを女性の視点で描く女性たちの鎮魂ドラマ。(商品説明から)

戦争は恐ろしい。その恐ろしい戦争を起こすものはなにか。そのことに気がつけば、人間こそが最も恐ろしい存在であることがわかる。戦争を起こそうとするものに協力する、追従する、黙認することが、けっきょくは自分に返ってくることになる。それが十分に伝わる作品であるかどうかは、ひとりひとりが自分で確認してほしい。

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日常はいとも簡単に破壊されうる
さとうきび畑の唄
演出:福澤克雄  2003年・TBS 104分

沖縄・那覇で幸せに暮らしていた家族。笑顔を絶やさず、明るく暮らしていたその生活に戦争という暗い影が忍び寄る。日本で唯一地上戦が行われた沖縄。一般市民が犠牲となったその土地に生きた、ただひたすら家族を愛する男。その家族は、戦争という大きな波に翻弄されながらも、明るく生き抜こうとし、希望を捨てなかった。(商品説明から)

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背中合わせの被害と加害
山本慈昭 望郷の鐘 満豪開拓団の落日
監督:山田火砂子  2014年・現代ぷろだくしょん 102分

戦前戦中、27万人、800もの開拓団が満州へと渡った。特に多いのが長野県の飯田・下伊那地方の農村だった。阿智村の長岳寺住職・山本慈昭も、村長の強い要請により、阿智郷開拓団の現地教師として渡満。すでに敗色濃い1945年のことであった。ソ連参戦、敗戦、苦難の逃避行、そしてシベリヤ抑留を経て生還した彼は、中国残留孤児の肉親探しに尽力。児童文学も手がけるノンフィクション作家、和田登が、「中国残留孤児の父」と呼ばれた彼の波瀾万丈な人生を、小説『望郷の鐘 中国残留孤児の父・山本慈昭』で描いた。これを映画化した山田火砂子は、開拓団の悲劇だけでなく、加害者としての日本のあり方にも目を向け、誤った国策と、それに追従した国民の責任をも問いながら、現代に生きる私たちにメッセージを送る。山本慈昭役の内藤剛志の演技が光る。

リンク先にて満蒙開拓団の資料が読めます。

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南京大虐殺に抵抗した欧米人
ジョン・ラーベ ~南京のシンドラー~
監督: フローリアン・ガレンベルガー  2009年・独/仏/中国 134分

1937年7月、盧溝橋事件で日中戦争が始まった。わずか5ヶ月後、日本軍は中華民国の首都南京を攻略。政府機能は奥地の重慶に移っていたが、数十万の一般市民と中国軍兵士、そして十数人の欧米人が南京に残っていた。欧米人らは、市民を日本軍から保護するために南京安全区国際委員会を設立、委員長に選ばれたのはドイツのシーメンス南京支社長、ジョン・ラーベだった。彼はナチス党員だったが、命がけの人道支援を決意する。ラーベと国際委員会メンバーによる人道的活動を、歴史に忠実に(それだけに日本国内では上映反対の声があがった)描かれている。

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慰安婦にされた少女
雪道
監督:イ・ナジョン  2017年・韓国 122分

ひとり、編物で暮らしを立てる身寄りのないチョンブンは、まだあの日の記憶から逃れられない。日本支配下の朝鮮、貧しい家の娘、チョンブンは、学校に通う同い年のヨンエがうらやましい。

ある日、ヨンエが日本の勤労挺身隊に選ばれて日本に行くことになる。うらやましそうにヨンエを見送るそんなチョンブンの前に一人の男が現れて日本に行きたいのかと尋ねる。

夜中に何者かに連れ去られたチョンブンは、列車の中で日本に行ったはずのヨンエに出会う。少女たちは「日本軍慰安婦」として満州に送られたのだった。

慰めあい、時には争いながら、厳しい生活に耐えるチョンブンとヨンエ。そんなある日、彼女たちに慰安所を脱出する機会が生まれるが...。 日本語版のリリースを期待したい。

https://sites.google.com/view/kmoviesc/SnowyRoad より引用

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再評価されるべき作品
太陽の帝国
監督:スティーヴン・スピルバーグ  1987年・米 151分

1941年の上海。日本軍の零戦操縦士に憧れる少年は英国租界で生まれ育ったジム。そこへ日本軍が侵攻。混乱の中で両親とはぐれ、米国人ベイシーとフランクに救われたものの、日本軍に捕らえられ、捕虜収容所へ。過酷な環境の中でも、ジムはたくましく成長していく…。

イギリスの作家J・G・バラードの自伝的小説を、ダイナミックな日本軍による上海侵攻とリリシズムあふれた少年と零戦操縦士の交流が印象的な映画作品に仕上げたスピルバーグは、やはりただ者ではない。

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日中間の溝は、この事実の受け止め方の差である
南京 戦線後方記録映画
監督:秋元憲  1938年・東宝映画文化映画部 56分

1937年―昭和12年12月13日、日本軍は蒋介石軍の激しい抵抗を制してついに南京を占領した。激戦の跡も生々しい南京の城壁、城門、日本軍の入城、中国軍捕虜たちのうつろな表情、寒風吹き荒ぶ故宮秘峡上における日本軍戦死者の慰霊祭、荒廃した市内と占領下の市民の生活、つかの間の休息を得て再び前線に向かう日本軍兵士の行事などをカメラはリアルに捉え、戦争の勝者と敗者のへだたりを超えた悲哀を写し出していく。完成から半世紀以上を経た1995年―平成7年中国で発見された貴重な戦争記録映画の復刻版である。(商品説明から)

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国策映画ではあるが…
上海 支那事変後方記録
監督:亀井文夫  1938年・東宝映画文化映画部 77分

1937年の第二次上海事変は、上海の街に大きな爪痕を残した。各国の国旗が翻り、時計台の鐘の音が響き渡る一見長閑な街並みの裏に、爆撃を受けた建物の無残な光景が広がっている。兵隊に深々お辞儀をしながら登校する日本人学校の生徒たち、爆撃の様子を誇らしげに語る日本兵。また至る所にたてられていく日本人の墓は、日本の侵略戦争を正当化しているかのようにも見えるが、その破壊ぶりは敗戦国上海の悲惨さをはっきりととらえている。街行く人々の様子や田園風景などの美しい映像も織り交ぜたこの作品は、迫力ある激戦映画とは違った角度から戦争の悲劇を物語っている。(商品説明から)

亀井文夫が監督した戦争ドキュメンタリーである。戦意高揚を目的として制作された国策映画だが、第二次上海事変で廃墟と化した上海を舞台に、前線ではなく後方を記録することで、一般市民からの目線による戦争の爪痕、勝者と敗者、日本人と中国人を、公平かつ冷徹な視点で描いている。

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抵抗する映画人の名作
戦ふ兵隊
監督:亀井文夫  1939年・東宝映画文化映画部 66分

敵との激しい戦闘を乗り越え、漢口を目指す兵士たち。広い中国大陸を舞台にただひたすら前に進む。それは兵士たちの勇ましさというよりも、観る者に戦争の愚かしさや命の尊さを問いかけている。1939年に完成したこの映画は、軍の検閲で反戦的な哀感が強すぎるという理由で公開を中止されてしまった。また、演出を手掛けた亀井文夫も41年治安維持法により逮捕・投獄され、その理由の一つにこの映画があったという。1975年になって発見された幻の名作。(商品説明より)

反骨の映画人、亀井文夫による支那事変後方記録映画『上海』『北京』につづく、戦中の代表作のひとつである。

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軍が記録した日本の戦争
ビルマ戦記
撮影:陸軍報道班、日本映画社特派員   1942年・日本映画社 68分

海を渡る足こぎ舟。大勢の人々で賑わう露店市場。昔ながらのしきたりを重んじ、素朴な生活を営む農業国ビルマの住民を、イギリス軍は支配下に置き苦しめている。

1941年12月に開始されたビルマ・ルート攻略作戦。千数百キロの道のりを、ビルマの人々の声援を受けながら日本軍が進む。サボテンの林を抜け、時には強いスコールを浴びながら繰り広げられていく激しい銃撃戦の数々。夜襲戦では野山を火の海に変える。厳しい条件の中、マンダレー陥落までの数ヵ月を克明につづったこの映画は、『マレー戦記』に続く作品として話題になった。(商品説明から)

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国策映画だが…
土と兵隊
監督:田坂具隆  1939年・日活多摩川 155分

上陸開始の時を待つ第二分隊長の玉井伍長と13名の部下たち。船を下りたその時、敵の一掃射撃が…。

火野葦平の同名小説を、田坂具隆が監督した戦争をテーマにした名作。いわゆる「国策映画」のひとつだが、戦争の悲惨さを克明に描いており、危険が待ち構えていると知りながら、命令に従い前進するところなど、戦争を知らない世代にこそ見てもらいたい作品である。GHQに没収され、後に返還されたものだが、オリジナルに比べ30分近く欠落している。

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木下恵介、ギリギリの抵抗
陸軍
監督:木下恵介  1944年・松竹 87分

オープニングに表示される「陸軍省後援」「情報局國民映画」の文字。そう、これは国策映画、もっと辛辣に表現するなら、お国のため、天皇のための戦争万歳のプロパガンダである。とはいえ、息子の出征を見送る母親が号泣するラストシーンはどうだ。当時の情勢で、よくカットされなかったものだ。これは木下恵介のギリギリの抵抗だったのではあるまいか。上映禁止になっては何も伝えられない。この部分だけで映画のベクトルを180度変えてしまうことに成功している。田中絹代は、やはり大女優だった。そして、こういう時代の再来を防ぐのは、今を生きるわれわれの責務なのだと痛感させられる。

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実在のスパイ機関
陸軍中野学校
監督:増村保造  1966年・大映 95分

陸軍中野学校とは、諜報や宣伝などの秘密戦に関する教育や訓練を目的とした、大日本帝国陸軍の情報機関。後にはゲリラ戦などの戦術教育機関へと変容していくことになるのだが、本作は中野学校がどのようにして作られ、生徒のリクルート、教育の理念など、黎明期の様子が描かれる。この後、シリーズ化され、主演の市川雷蔵の死去による終焉まで四作が作られるが、アクション・ドラマと化したそれらよりも、中野学校の本質が見えるようで興味深い。

映画の題材としてのスパイは、昔も今も大人気で、007シリーズは、原作者イアン・フレミングの死後も半世紀以上にわたって作り続けられている。スパイ映画の多くが、架空の諜報組織や創作ストーリーでをもとにしているのに対し、実在したスパイ養成機関を題材にしているところがユニークと言えよう。

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戦争は目に見えないところでおこなわれる
陸軍登戸研究所
監督:楠山忠之   2013年・「陸軍登戸研究所」製作委員会 244分

陸軍第九技術研究所は神奈川県川崎市生田の丘陵地にある。ここで細菌戦用の生物兵器、毒ガスなどの化学兵器、風船爆弾、怪力光線、人工雷、スパイ、ニセ札製造など、戦争遂行を目的とした数々の秘密兵器が秘密裏に研究・開発されていた。登戸研究所というのは、その存在と目的をカモフラージュするための名称である。敗戦後、証拠隠滅のため歴史から抹消されたが、当時の資料や関係者たちの証言をもとに、その実態をあきらかにするドキュメンタリー。完成まで6年の歳月を要した本作は、2012年第86回キネマ旬報ベスト・テン文化映画で第3位を獲得している。

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人が悪魔になるとき
海と毒薬
監督:熊井啓  1986年・ヘラルド 123分

勝呂と戸田の二人は九州の医学部研究生。敗色濃厚の昭和20年5月、連日の空襲で物資も薬品も揃わぬ中、投げやりな毎日を送る2人は教授たちのもとに呼び出される。捕虜にしたB29の搭乗員8名を使った生体解剖実験を手伝えというのだった…。実際に起こった米軍捕虜に対する生体解剖事件を描いた遠藤周作の同名小説を、社会派の熊井啓が映画化した問題作。

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若者に未来を捨てさせること
月光の夏
監督:神山征二郎  1993年・仕事 112分

太平洋戦争末期の夏、出撃を明日に控えた二人の陸軍特攻隊員が九州の鳥栖国民学校を訪れる。ひとりはグランドピアノでベートーヴェンのピアノソナタ「月光」を弾き、もうひとりは子どもたちの歌う「海ゆかば」を演奏し、そのまま立ち去っていった。戦後、演奏に立ち会った当時の教師・吉岡公子が、ピアノの保存のため小学校でその思い出を語り、そのことが大きな反響を呼ぶ。そして、二人の特攻隊員たちについても明らかになってゆくのだったが…。

実話をもとにした毛利恒之の同名のドキュメンタリー小説を映画化した戦争ドラマ。この作品により、帰還した特攻隊員の収容施設である振武寮の存在が知られるようになった。

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アニメ版とは別ものだが…
火垂るの墓
監督:佐藤東弥  2005年・日本テレビ/よみうりテレビ 149分

~ドラマ化に寄せて~
ドラマは、原作を離れて自由である。ぼくの小説が戦後六十年経った現在、違う形となり今を生きる人たちに、戦争の惨たらしさを少しでも伝えられれば、原作者として有り難いこと。「火垂るの墓は、戦時下を懸命に生き、死んでいく、美しい兄妹愛のお話と受けとめられている。だが、実際のぼくは生き残り、さらに、あんなに優しい兄ではなかった。あの時代は、誰もが生きにくかった。男たちは命を懸け、女たちもまた戦っていた。

ぼくは、戦場は知らない。けれど戦争は空襲で焼け出された者として身にしみて知っている。戦争を知らない世代にぼくが伝えること、戦争は何も生まない、戦争は人間の判断を狂わせる。

今の若者にとって、国際情勢や国内における問題は、自分たちの頭上をただ通過していく雲のような存在であるらしい。それが直接戦争へと結びついていなくても、どこかで関わり合いを持つ。日本は、少しずつ戦争に近づいている。

先のことを考えられるのは、これからを生きる若い世代なのだ。新聞やテレビなどマスコミで報道されている内容について、鵜呑みにしてはいけない。それが正しいのかどうか、まず疑ってみること。さらに、大切なのは言葉。意見が違ってもかまわない。自分の言葉をつかって、他人と喋りあうこと。それは、国と国とが喋りあうことに繋がるのだ。(原作者・野坂昭如―商品説明から)

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感動ドラマだが歴史的事実は別
戦場にかける橋
監督:デヴィッド・リーン  1957年・米 155分

日本軍はシンガポールを起点に、マレー半島を北上し、タイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ泰緬鉄道の建設を計画。ビルマとの国境近く、タイにある捕虜収容所の連合国軍捕虜を使って、国境に流れるクワイ河に橋を架ける準備が進行中であった。ジュネーヴ協定に定められた捕虜の取り扱いに反するとして、英軍大佐が抗議、日本軍の収容所長と対立する。米海軍少佐は脱走に成功。英軍大佐の気骨に感銘を受け、捕虜の恩赦を条件に工事協力を要請する所長。捕虜たちに生きがいを与えるために承諾する大佐。こうして建設工事が始まった。その一方で、脱走した米海軍少佐らによる橋の爆破作戦も進行していたのだった。

戦争が終わって半世紀。日本軍による捕虜の扱いが研究されるにつれ、その非人道的な様相が露見。デヴィッド・リーンは戦争の愚かさと人間の尊厳を見事に描き出し、不朽の名作となったのは確かだが、現実とは違うことに留意して見る必要があろう。

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憎しみの終着駅はどこか
エンド・オブ・オール・ウォーズ
監督:デヴィッド・L・カニンガム  2001年・米/英/タイ 117分

英軍の第93大隊。1941年のマレー半島での戦闘で、スコットランドのアーガイル出身兵で編成された彼らは(イングランドのスコットランドに対する差別意識もあったのだろう)しんがりを担わされ、日本軍に捕らえられた。カンチャナブリの捕虜収容所に送られ、「死の鉄路」と呼ばれることになる泰緬鉄道建設の強制労働に投入される。生きのびるための行動に出る彼らだったが…。

苦境に対するスコットランド人(イングランド人ではないという意識)らが、己の誇りと厚い信仰心で奮闘する人間ドラマ。ここで三年間の収容所生活を余儀なくされ、厳しい労働に耐え、生還したアーネスト・ゴードンの体験を綴った著書『クワイ河収容所』を映画化したものである。苦難の中にある人間は、どこまで堕ちるか、どれほど謙虚でいられるか、誇りを持ち続けることができるか。戦争だけが苦難ではない。新型コロナに向き合う社会や自分自身を見つめ直すのも良い。戦争映画というよりも、戦争を背景にした人間の尊厳と生き様を描いた人間ドラマである。

なにやら「すべての戦争の終結」みたいな邦題であるが、原題の“To End All Wars”には「すべての敵意を終わらせるために」というメッセージが込められているはずだ。とても良い作品なのに、それが伝わらない題名はいかがなものかと思ってしまうのだが…。

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癒やしと和解を求めた旅路
レイルウェイ 運命の旅路
監督:ジョナサン・テプリツキー  2013年・豪/英 116分

パトリシアは列車で出会った初老の男性エリックと恋に落ち、結婚する。鉄道マニアの彼との幸福な結婚生活をおくる中で、パトリシアはエリックが戦争のトラウマに今なお苦しんでいることに気付く。英軍兵士だった彼は、シンガポール陥落で日本軍の捕虜となり、タイとビルマの国境付近で悪夢のような鉄道建設に従事させられたのだった。ある日、エリックは退役軍人仲間から、当時日本軍の通訳をしていたナガセが今なおタイに暮らしていることを知らされ、動揺する。憎むべき日本軍の生き残りが…。

日本軍はビルマ戦線の補給路として泰緬鉄道の建設に着手。その敷設工事にあてられたのが連合国軍捕虜たちである。劣悪な労働環境、反抗すれば処刑。「枕木一本、死者一人」と言われ、戦後に国際問題となった。この作品は、英軍捕虜の一人であったエリック・ローマクスが、自らの過酷な体験と、憎しみの対象であった日本人通訳ナガセとの奇跡の再会と和解を綴った自叙伝『泰緬鉄道 癒される時を求めて』をもとにした人間ドラマである。

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たった一人の戦後処理
クワイ河に虹をかけた男
監督:満田康弘  2016年・KSB瀬戸内放送 119分

旧日本軍が建設した「死の鉄道」―。その贖罪と和解に生涯を捧げた男がいた。時に連合軍捕虜や旧日本軍関係者の強い反発に遭いながら、彼は妻とともにその歩みを続けた。元捕虜は彼を「握手できるただ一人の日本人」「レジェンド」と呼んだ。一方、復員する日本軍12万人全員にタイ政府が「米と砂糖」を支給してくれた恩義に報いようと、学生らに奨学金を贈り続けた。93年の生涯でタイへの巡礼は実に135回に及んだ。これはその男の晩年を約20年間にわたって取材し続けた地元放送記者による記録である。(公式サイトから)

http://www.ksb.co.jp/kuwaigawa_movie/index.php

『エンド・オブ・オール・ウォーズ』と『レイルウェイ 運命の旅路』を併せて見てほしい作品。戦いが終わっても、それだけで傷が治るわけではない。傷痕も消えない。永瀬隆だけが「ただ一人の日本人」と呼ばれるのは、彼が、彼一人だけが、日本がつけた傷を癒やそうと奮闘したからである。多くの日本人は知らずにいた。知っていても、知らんぷりした。知らなかったというのも、理由にはならない。

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想定外の奇襲…
東京上空三十秒
監督:マーヴィン・ルロイ   1957年・米 138分

太平洋戦争開始直後、陸軍のB25を航空母艦から発進させ、日本の主要都市を空襲、そのまま中国本土まで飛行するという秘密作戦が立てられた。本来、空母での運用を想定されていない双発爆撃機だが、ドゥーリトル中佐に率いられた部隊は困難な離陸訓練をこなし、1942年4月18日、空母ホーネットからの出撃命令が下った。中国に到着する直前、激しいスコールに遭った7番機は海岸近くに不時着。彼らには帰国まで苦難の道のりが待っていた。

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裁く側と裁かれる側、両者の言い分は…
パープル・ハート
監督:ルイス・マイルストン  1944年・米 100分

第二次大戦末期、日本本土を空襲した米軍の爆撃機が悪天候の中で墜落した。隊員たちはパラシュートで脱出したものの、日本軍の捕虜になってしまう。機密情報を手に入れたいイトウ・ミツビ将軍は、彼らが無差別爆撃によって民間人を虐殺したとして、民事裁判にかける。不当な判決、拷問、懐柔と、権謀術数の限りを尽くすミツビ将軍と米軍兵士たちの対決…。『西部戦線異状なし』でアカデミー賞に輝いたルイス・マイルストンが、捕虜の心理描写から戦争の側面を描き出す。

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美しい南の島の地獄絵図
シン・レッド・ライン
監督:テレンス・マリック  1998年・米 171分

米軍はソロモン諸島の最大の島で、日本軍が駐留するガダルカナル島を太平洋戦争における重要な拠点であるととらえ、この島の攻略を計画した。豪州軍の支援を受けた海兵隊につづき、陸軍も加わる。美しい南洋の孤島に次々と上陸していく上陸用舟艇。しかし、足を踏み入れたジャングルの奥は熾烈な戦場にほかならなかった。日米の一大激戦地で、連合国軍が7千以上の戦死者を出す一方、補給路を断たれた日本軍は、3万余のうち2万以上の死者を出し、うち1万5千は餓死である。日本軍はガ島の略称を使っていたので、後に餓島と呼ばれることになった。

陸軍第25歩兵師団に従軍していたジェームズ・ジョーンズが、自身の体験にもとづいて書いた小説を、テレンス・マリックが1978年の『天国の日々』以来、20年ぶりに制作した映画である。

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帰還した英雄、その苦悩
父親たちの星条旗
監督:クリント・イーストウッド  2006年・米 132分

太平洋戦争の末期、米軍は硫黄島を攻略する作戦に出た。ここを押さえれば、日本本土爆撃に向かうB29に戦闘機の護衛をつけることができる。上陸はしたものの、日本軍の抵抗は予想以上だった。長引く戦闘で死傷者が増える一方、擂鉢山の頂上に星条旗が高らかに翻る。その瞬間をとらえた一枚の写真が米国民を熱狂させ、旗を掲げる六人の兵士は国民的英雄となった。しかし、帰還できたのは、わずか三人だけ。米軍は7千人近くの兵士を失った。祖国は彼らを熱狂の渦で迎え、軍は戦費を調達するための戦時国債キャンペーンに駆り出す。アメリカ各地を回る彼らの心は…。

写真のひとりが、映画の原作となったノンフィクション『硫黄島の星条旗』の著者、ジェイムズ・ブラッドリーの父親である。硫黄島での凄惨な戦い、生還できた三人の若者を勝利の象徴として英雄に祭りあげる祖国、そうしたこととは距離を置きたい彼らの思い。戸惑いと苦悩を深めていくその後の人生。硫黄島での戦いを、クリント・イーストウッドアメリカ側の視点から描いてみせる。

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わかっていても変えられない…
硫黄島からの手紙
監督:クリント・イーストウッド  2006年・米 141分

日本軍の最重要拠点である硫黄島。戦況が悪化する中、栗林忠道中将が守備隊の司令官として着任した。米国留学の経験から、軍隊内に幅をきかせていた無意味な精神論を排し、合理的な体制を整えていく。古い体質に慣れ親しんだ古参将校たちは反発するが、ロサンゼルス五輪の馬術競技で金メダルに輝いた西竹一中佐らが、その進歩的な考えに理解を示すようになっていった。上官の理不尽な体罰に苦しめられ、絶望を感じていた西郷も希望をいだきはじめる。こうした状況下、戦力が圧倒的に違う米軍を迎え撃つため、島内に地下要塞を構築するのだが…。

米国留学を経験し、米国の進歩的な文化を理解し、親米派でありながら、米軍を最も苦しめた指揮官として知られることになった栗林忠道中将。家族に宛てた手紙をまとめた『「玉砕総指揮官」の絵手紙』をもとに、クリント・イーストウッドが『父親たちの星条旗』に続き、本土防衛の最後の砦として、一日でも長く島を守ろうとして悲壮な最期を遂げた約1万8千の男たちを見つめる。

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知られざる沖縄戦の一コマ
ハクソー・リッジ
監督:メル・ギブソン  2016年・豪/米 139分

アメリカの田舎町で育った青年。良心的兵役拒否者だったが、激しくなる一方の戦争に心を痛め、陸軍の衛生兵に志願する。訓練で銃に触れることを拒否したために上官や他の兵士たちから執拗なイジメを受ける羽目に。それでも自らの信念を貫き通すのだが、軍法会議にかけられてしまう。なんとか主張が認められ、衛生兵として派遣されたのは激戦地、沖縄。ハクソー・リッジ(鋸歯の尾根)と呼ばれた前田高地での死闘をくぐり抜け、75人もの命を救った。戦後、良心的兵役拒否者として米国史上初の名誉勲章を授与される実在の衛生兵、デズモンド・ドスの人生を描いたドラマ。

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体験が薄れてきた時代にこそ
野火
監督:市川崑  1959年・大映 105分

アジア太平洋戦争の終わりが見えてきた頃のフィリピン。日本軍は敗走を続けていた。部隊からも病院からも見放された田村一等兵はレイテ島を彷徨する。同じ敗残兵仲間と病院前で合流するが、その病院も砲撃で破壊され、一人で逃げ出すのがやっとだった。仲間を失い、食糧も尽き、草を食べて生き延びるのだが、偶然かつての仲間二人と再会する。彼らは殺した味方の兵士を「猿」と呼び、その肉を食べていたのだった…。戦争の悲惨さを描いた大岡昇平の原作を、和田夏十が脚色、市川崑が映画化。この時代、戦争を肯定的に捉える者など、ほとんどいなかったのだろう。体験が薄れてきた時代にこそ、こうした作品の価値がよみがえる。

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戦争の本質と人間の尊厳
野火
監督:塚本晋也  2014年・海獣シアター 87分

日本軍の敗北が決定的になったフィリピン戦線。レイテ島に配備された部隊に属する田村一等兵は栄養不良もあって結核にかかり、野戦病院へ送られる。ところが病院も彼を受け入れず、やむなく部隊に戻るのだが、他の将兵への感染拡大を恐れた部隊長は彼の復隊を拒否。行き場を失い、空腹を抱えながら、果てしない原野を彷徨うのだった。かつて市川崑が映画化した大岡昇平の戦争文学に、塚本晋也が挑戦。飢えに襲われた敗残兵が体験する戦場の狂気と地獄絵図。戦争の本質と人間の尊厳を私たちに問いかける。

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鎮魂の道を歩ませるのは…
ビルマの竪琴(1956年版)
監督:市川崑  1956年・日活 116分

アジア太平洋戦争末期、井上部隊はビルマからタイへ、苦難の退却途上にあった。疲れ切った兵士たちの心にしみる竪琴の音色。奏でるのは水島上等兵であった。やがて戦争が終わり、部隊はムドンの収容所へ送られることになったが、水島は一人、敗戦を信じず立てこもる日本軍の説得に派遣される。彼の説得は聞き入れられず、その隊は全滅。ムドンに落ち着いた井上部隊は、水島そっくりの僧侶とすれ違う。声をかけたが、僧侶は足早に立ち去った。それは収容所に向かう途中、放置された日本兵の白骨を見て、霊を慰めることに決めた水島の姿だった。

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市川崑、再び…
ビルマの竪琴(1985年版)
監督:市川崑  1985年・東宝 133分

1945年夏。ビルマ戦線に投入された日本軍はタイへ、苦難の撤退を続ける。井上小隊長率いる部隊は、みな音楽好きで、水島上等兵の弾く竪琴の音に合わせて合唱していた。やがて戦争終結。日本軍は投降し、ムドンに護送される中、水島だけは抵抗をやめない敗残兵たちに降伏を勧めるため、隊とは別行動を取ることに…。

竹山道雄の同名小説を、市川崑が1956年に映画化した作品を自身でリメイク。脚本も同じく和田夏十で、物語の進行はほとんど変わらない。前作はモノクロだったが、モノクロならではの独特の緊張感があった。それが薄れたのは残念だが、映像や音声技術の進歩もあって、多くの人にとってはより親しみやすくなっているといえよう。前作に引きつづき出演している役者を探すのも楽しい。

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あなたには いま 伝えておきたい
花と兵隊
監督:松林要樹  2009年・安岡フィルムズ 106分

アジア太平洋戦争、兵站が伸びきって補給のない日本軍は、各地で飢えと病に苦しめられた。19万人もの犠牲を出した凄惨なビルマ戦線では、戦争終結後、自らの意思で現地に残った日本兵がいた。そうした未帰還兵6人を3年にわたって取材し、彼らの暮らしぶりを追ったドキュメンタリーである。インタビューが進むうちに語られる壮絶な戦場の記憶を通し、彼らの胸の内に迫っていく。

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帰ることができた人もいたが…
葫蘆島大遣返 ~日本人難民105万引揚げの記録~
監督:国弘威雄、松井稔  1997年・葫蘆島を記録する会 102分

日本の敗戦時、中国・旧満州に置き去りにされ難民化した一般邦人約160万人。そのうち約105万人が飢えと恐怖に喘ぎながら引揚げ港の葫蘆島に辿り着いた。そこで力尽き無念にも近くの茨山に葬られた人も少なくない。この作品は引き揚げ体験者からなる「葫蘆島再訪の旅」の一行と新京(現・長春)~奉天(現・瀋陽)~錦州~銘西~茨山~葫蘆島への道程を辿り、当時の記録写真・映像や日本・中国・米国の資料、関係者の証言をもとに引き揚げの経緯と真相を検証し、その全容を明らかにした。撮影時には当時の面影をのこしていた葫蘆島港も現在は「日本僑俘遣返之地」の石碑が立つのみである…。

少年時代を満州で過ごし、引き揚げの辛酸をなめた故・国弘威雄の「戦争がいかに愚かなものか、一般市民がどれだけ無惨な目に遭うかを生きているうちに若い人たちに伝えたかった」という思いと言葉がどこまで理解されるだろうか。それが日本の未来を左右するに違いない。

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あなたは満蒙開拓団の悲劇を知っていますか
嗚呼 満蒙開拓団
監督:羽田澄子  2008年・自由工房 120分

日本政府の国策によって中国東北部、いわゆる旧満州に送りこまれた満蒙開拓団。約27万人の移住者のうち、約8万人が亡くなり、生き長らえたものの、帰還できずに残留孤児や残留婦人になった者も多い。自らも大連に生まれた羽田澄子が、中国政府によって黒竜江省方正県に建立された日本人公墓の墓参ツアーに同行、当時を知る人々の貴重な証言を通し、今なお続く満蒙開拓団の悲劇を明らかにしたドキュメンタリーである。

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「おや・こ・まご」につなげる戦争の真実
神田さち子語り芝居 帰ってきたおばあさん
制作:樋口正太(博品館劇場)、杉田篤史(ニッポン放送)、朝倉正一(サクカクカンパニー)  2005年9月・銀座博品館劇場収録 108分

忘れられない記憶があります。
伝え聞いた歴史があります。
知らなかった事実があります。

国策に煽られて渡った大陸。
敗戦と同時に異国の土地に放り出され、
過酷な運命に翻弄されながらも懸命に、
そしてしたたかに生き抜いた
一人の女性の生の輝きを、
喜怒哀楽を交えて
神田さち子が体当たりで演じます。

主演:神田さち子
原作:良永勢以子
演出・上演台本:杉山義法
主催:ニッポン放送/博品館劇場  (商品説明から)


(五族協和、王道楽土を信じ、満州に渡った人たち。しかしそのスローガンは、武力で奪い取った土地を開拓民という名の守備隊で維持しようという、嘘で塗り固めた国策の宣伝文句でしかなかった。敗戦とともに、家も土地も、あらゆるものを失い、難民と化した人々の逃避行が始まる。その過程で亡くなった者、置き去りにされた女性や子どもたち…。

苦難の中を生き抜いたひとりの残留婦人を、自身も満州生まれの神田さち子が熱演。悲惨な状況を語る合間には、観客の笑いを誘うちょっとコミカルな場面もまじえて。勇気としたたかさで逆境を乗り越えた美談と受けとってはいけない。それは結果論であって、こうなった背景に何があるのか、誰に責任があるのかを問うべきであろう。過ぎた日の笑い話になるか、それとも悲劇の物語になるか、個人の”自己責任”に帰してしまうのでは、同じ過ちをくり返すことになる。

国家は、勝つことだけ考えて戦争を始める。負けたときにどうなるかは、いつだって“想定外”なのだ。あの戦争を始めた人たちが、本当に負け戦を考えなかったのかはわからないが...。このお芝居のストーリーの陰には、名も知られぬ、また名乗り出ることもできない、数多くの女性たちがいることを忘れてはなるまい。やはり満州からの引き揚げ体験を持つ漫画家ちばてつや氏との特別対談も収録されているのが嬉しい。

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いまでなければ、いつ?
日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人
監督:小原浩靖  2020年・Kプロジェクト 98分

アジア太平洋戦争での敗戦。その混乱の中で、中国とフィリピンには親と生き別れになって現地に残された数多の残留邦人がいた。戦後さまざまな困難に直面してきた当事者たちの声に耳を傾け、国民の保護という、国家の最低限の義務すら果たしてこなかった日本政府のこれまでの姿勢を問い直すとともに、残留邦人の支援に尽力する市民や弁護士たちの活動を追ったドキュメンタリー。

公式サイトへリンクしています。

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昔も今も無責任な軍と政府
蟻の兵隊
監督:池谷薫  2005年・蓮ユニバース 101分

日本の敗戦によって日中戦争も終わったはずである。ところが、山西省にいた日本軍の一部の部隊は武装解除されずに中国に残留、中国国民党軍に編入され、共産党軍との内戦を戦わされることに。どうにか生き残り、ようやく帰国した彼らを、日本政府は逃亡兵とみなす。残留兵たちは、責任追及を逃れようと画策する軍司令官の命令だったと主張するのだが、政府はそれを退け、兵士たちが自らの意志で勝手に戦争を続けたとして、戦後補償を拒み続けてきた。残留兵として、自分とは関係のない中国の国共内戦を戦わされた奥村和一に焦点をあて、日本軍山西省残留問題の真相解明に奔走する姿に迫ったドキュメンタリーである。

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旧日本軍の兵器が今なお人を苦しめ続けている
にがい涙の大地から
監督:海南友子  2004年・海南友子オフィス 87分

劉敏が19歳のとき。父親の劉遠国が旧日本軍の遺した砲弾の事故によって手足が吹き飛ばされ、18日間苦しんだ末に亡くなった。かかった医療費が大きく、家を売却したものの、一生働いても返しきれない借金を背負うことになった。

李臣は29歳のとき、川の浚渫作業をしていたところ、旧日本軍の遺棄した毒ガスの事故に遭った。毒ガスが入っていた容器に触れた両手は水泡だらけになり、ぶどうの房のように膨れ上がった。体中から膿が出て来て、後遺症のために極貧生活に転落して追いつめられた一家は二回にわたり、自殺未遂を図っている。

戦争が終わって60年。命を落とした人、深刻な後遺症のために生きる喜びや家族を失った人、その中には小さなこどもも含まれている。中国の大地には、日本が棄てた兵器が人知れず眠っているのだ。過去の戦争で遺棄された科学兵器によって、現在も苦しむ人々の姿を追うドキュメンタリー作品である。中国では、撮影中から同行取材するマスコミが殺到した。

http://kanatomoko.jp/nigainamida/niga_index.html

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事実はいまだ闇の中
エイジアン・ブルー 浮島丸サコン
監督:堀川弘通  1995年・シネマワーク 111分

林安生は京都の大学で歴史を教えている。学生の一人、西原優子が書いたレポートのテーマは、終戦直後の1945年8月24日に舞鶴港で起きた浮島丸爆沈事件。そこには戦後二冊の詩集を上梓した後、姿を消した詩人、高沢伯雲の未発表の手記が引用されていた。興味を持った林は、実際に書いたのが彼女の姉、律子だと知り、姉妹の家を訪ねる。伯雲は姉妹の父親だったという。行方知れずの伯雲の軌跡を辿ろうと、林と姉妹は青森の下北へ。そこで、伯雲と知己の安田という人物に会い、三人は戦争中の伯雲について話を聞くのだが…。 下北半島の鉱山採掘や大間鉄道の建設のために多くの朝鮮人が強制労働に従事させられた。敗戦によって解放された彼らは帰郷できることになり、大湊で浮島丸に乗せられる。釜山に向かうはずだった船は、なぜか舞鶴に。そこで機雷に触れて沈没。この事件には謎が多い。沈没した浮島丸を調査したところ、破孔は内から外へ。爆発は船内で起きた?

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勝者が敗者を裁く限界はあるが
東京裁判
監督:小林正樹  1983年・講談社/東宝東和 277分

戦後日本の進路を運命づけた極東国際軍事裁判、通称「東京裁判」。1948年、市ヶ谷の旧陸軍省参謀本部にて開廷された裁判の模様を、さらに25年の年月を経て公開された米国防総省のフィルムをもとに制作した記録映画。当時の生々しい映像をもとに、戦争責任の所在、国家と個人の関係、あるいは勝者が敗者を裁くことの限界を見せてくれる。

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命令に従っただけなのに…
私は貝になりたい
監督:橋本忍  1958年・TBS 91分

地方町の小さな理髪店主人・清水豊松(フランキー堺)は、第二次世界大戦のさなかに招集され、上官から米軍捕虜の処刑を命じられる。戦後、帰郷した豊松は再び理髪店を営んでいたが、突然戦犯として逮捕されてしまう。軍事裁判にかけられた豊松は上官に命令されたと訴えるが聞き入れてもらえず、下された判決は絞首刑だった。そして処刑の当日、絞首台の13階段を上る豊松は…。(商品説明から)

敗戦から13年後の1958年10月、橋本忍の脚本が描き出す映像は、当時の人々に強い衝撃と深い感動を与えた。戦争の傷が薄れかけていた日本国民に投げかけられた、映像による不朽の名作。

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B・C級戦犯とは…
私は貝になりたい
監督:橋本忍  1959年・東宝 113分

高知で理髪店を営む豊松に赤紙(召集令状)が届いた。妻の房江と生まれたばかりの健一を残し、豊松は戦地へ。B29から落下傘降下した二人の米兵を処分するよう命令され、豊松は銃剣を向けて突進する。どうにか戦争を生き延び、家に戻った豊松。ある日、戦犯として、米軍憲兵に逮捕されてしまう。米兵の腕に傷をつけただけだと訴える豊松だったが、軍事裁判の判決は絞首刑。独房に移された豊松は嘆願書を書き続ける。講和条約が結ばれれば無事に釈放されるはずと、巣鴨プリズンの死刑囚たちにも笑顔が戻りつつあったのだが…。

元陸軍中尉・加藤哲太郎の遺言を下敷きに、前年に放送された橋本忍脚本のドラマを、橋本忍本人が監督し、映画化したものである。上官の命令は天皇陛下の命令。自ら考え、判断することを許されなかった日本国民。いや、それをおかしいと思わないように飼い慣らされていた少国民。豊松が法廷で「二等兵は牛や馬と同じなんですよ」と答弁したとおりだった。いま、私たちは自ら考え、判断するようになったのだろうか。

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まもられない交戦法規
明日への遺言
監督:小泉堯史  2007年・エースプロダクション 110分

アジア太平洋戦争末期、名古屋への無差別爆撃をおこなったB29のうち数機が撃墜され、脱出して落下傘降下した38人の搭乗員が処刑された。戦後、捕虜殺害の罪を問われ。B級戦犯として裁かれた東海軍司令官・岡田資中将の法廷闘争である。軍事施設でない民間地への無差別爆撃は国際法違反の戦争犯罪である。実行者は捕虜ではなく犯罪者として扱った。当時の連日にわたる激しい空襲の中、正式な刑事裁判はできず、略式裁判によらざるを得なかった。しかし、命令を下した自分にすべての責任がある。上官の命令に対して異を唱えることのできない日本軍の軍律の中、司令官として部下を守るためにできる最大限のことであった。

南京・重慶など、日本が先鞭をつけた無差別爆撃は、ゲルニカ、ロンドン、ドレスデンと、世界中に伝播し、東京大空襲や広島・長崎で頂点を極めた。アフガニスタン、イラク、シリア…、民間人への攻撃は今日も続いている。グアンタナモ収容所など、ジュネーブ条約が遵守されない状況も同様である。

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教え子を戦地に送った元教師の心
陽光桜 -YOKO THE CHERRY BLOSSOM-
監督:高橋玄  2015年・GRAND KAFE PICTURES 114分

戦時中、教師として教え子を戦地に送り込んだ高岡正明。自責の念を抱きつづけた彼は、帰らぬ教え子の慰霊のために、自らの手で新しい品種の桜を生み出すことを決意する。異境のどのような気候の下であろうと花を咲かせる「陽光桜」。私財をなげうち、その開発に人生を捧げた一人の元教師の戦後ドラマ。

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戦傷病者とその家族の労苦を伝える
しょうけい館 戦傷病者資料館
しょうけい館 12分

しょうけい館は、戦傷病者とその家族等が戦中・戦後に体験したさまざまな労苦についての証言・歴史的資料・書籍・情報を収集、保存、展示し、後世代の人々にその労苦を知る機会を提供する国立の施設です。平成18年3月に開館し、財団法人日本傷痍軍人会が厚生労働省から委託を受け、その運営にあたっています。(商品説明から)

DVDの貸し出しもおこなっております。 しょうけい館 https://www.shokeikan.go.jp/

平和ミュージアムリンク集へ

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いま、受けとめる側が問われている
無言館の扉 語り続ける戦没画学生
NHK Eテレ《日曜美術館》

出演:窪島誠一郎、山領まり
司会:小野正嗣、柴田祐規子
放送:2021年8月15日

700点を超える戦没画学生の遺作を所蔵する『無言館』。館長・窪島誠一郎が収集をはじめたのは、戦争の記憶の風化が叫ばれた戦後50年1995年のことだった。半世紀の時を越え、若き画家たちの作品と出会った瞬間の衝撃。そこには50年の歳月の重みがあった。絵の中に込められた“熱き思い”と半世紀という時間の中で確実に劣化していく絵の運命。そのリアルを伝えるか。修復家山領まりと窪島誠一郎の戦いを見つめる。(NHKのウェブサイトから)

【行ってみました!】「無言館、再訪」へ

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考証不足が目につく…
君を忘れない
監督:渡邊孝好  1995年・日本ヘラルド映画 114分

1945年・夏…そこには、今私たちが誰かを愛し夢を見て傷つくのと同じ様に、血をたぎらせて青春という熱い時間を駆け抜けた7人の若者たちがいた。これは、その7人のゼロ戦乗りたちの愛と青春の物語である。九州南部の前線基地・蓑屋。その基地から帰還することのないゼロ戦を飛び立たせる作戦が軍司令部の方針として決定するなか、海軍の若きエリート大尉・望月晋平は、その作戦への反感をぶつけるかのように、敢えて自らの意思で第302特別飛行隊を編成した。集められたパイロットは6人。しかし、旋回から宙返りまでこなす超一級の腕前の持ち主から、パイロットとは名ばかりの編隊飛行もままならぬ初心者まで皆の操縦技術はバラバラ。更に各が愛する者への想いや生きることへの焦りと苛立ちを断ち切ることができないため、事あるごとに反発といがみ合いを繰り返していた。そんな7人にも、より高くより美しく飛ぶことに情熱を燃やし飛行訓練を重ね、感情を剥き出しにする日々を過ごす間に、友情以上の固い絆が芽生え始める。彼らにできることは残された貴重な時間を精一杯生き抜くことだった…。(商品説明から)

当時の日本軍には肥満気味の戦闘機乗りや長髪男子はいなかったし…。人気俳優を集めただけの作品だが、駄作も見方によってはそれなりに得るところはあるかもしれないので…。

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愛する者をまもる…?
男たちの大和 YAMATO
監督:佐藤純彌  2005年・東映 145分

2005年4月、ひとりの女が鹿児島県枕崎の老漁師を訪ね、「戦艦大和が沈んだところまで船を出して欲しい」と頼む。彼女の父親は大和の乗組員だった、そして老漁師もまた…。脳裏に60年前の光景が鮮やかによみがえる。

1945年4月1日、約50万の米軍が沖縄本島に上陸を開始した。アイスバーグ作戦である。4月6日、菊水作戦の命一下、大和は徳山沖を出港し、沖縄に向かう。翌7日、12時半頃から航空攻撃を受け、2時間後に転覆、大爆発して海没。乗組員2.740人のうち、生存わずか276人。世界最大、最強と謳われた帝国海軍の、いや「一億総火の玉」の象徴の悲惨な最期だった。大和の出撃による戦況の変化は…、ほとんどなかった。

この作品が伝えたいことは何なのか。自由や正義、愛の大切さなのか。死をも恐れない勇気なのか。あの時代、日本人に自由はあったのか。あれは正義の戦争だったのか。予告編でも使われる「もう会えない君を、守る」のキャッチコピー。出撃を前にした乗組員の「俺の母親と妹は守ってやりたい」という台詞。愛する者を守ることと大和の海上特攻が、どうして結びつくのか。あまりにも大きな飛躍。愛する人を守りたいのであれば、愛する人に死をもたらす、つまり戦争を遂行しようとするモノを倒すために闘わなければならないはずである。何が敵かを誤った結果ということか。

ドラマ中の「敗れて目覚める。それ以外に日本が救われる道はない」という台詞も、実際にあったとは思えないが、やはり滑稽である。敗れることで、つまり経験することで悟る…。経験しなければわからないとしたら、国は何度も焦土と化さなければならないし、それでは命がいくつあっても足りない。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」が頭をよぎる。日本人は目覚めたのだろうか。戦争体験者の多くが世を去り、生存者の記憶も薄れていく中、歴史は伝えられていくのだろうか。膨らむ防衛予算という名前の軍事費、改憲潮流。福島原発事故から10年もたたないうちに忘れてしまっている人のなんと多いことか。目覚めても、記憶し続けることが苦手な国民の行く末は…。

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命を利用しやすくする側の都合
俺は、君のためにこそ死ににいく
監督:新城卓  2007年・東映 140分

今さら説明するまでもない「特攻モノ」である。敗北が決定的になったアジア太平洋戦争末期、圧倒的な劣勢に立たされた日本軍は、爆弾を搭載した戦闘機で敵艦に体当たりするという、人命無視かつ非人道的な作戦を考案し、特別攻撃隊の編成を決断。鹿児島県知閲飛行場は陸軍の特攻基地となった。出撃する若き特攻隊員たちと、それを見送り、“特攻の母”と慕われた軍の指定食堂の女将の心の交流も描かれてはいるが…。

さすがに脚本と総指揮が石原慎太郎だけあって、アナクロ極まりない作品に仕上がっている。「俺は、君のためにこそ死ににいく」とは、いったい誰に向かっての言葉なのか?こう言われて喜ぶ人がいるのか?キャッチコピーも、どこかズレている。「愛する人をまもりたかった」というなら、なぜ戦争を遂行する政府を倒すために闘わないのか?「無惨にも美しい青春があった」というが、誰が彼らの青春を無惨なものにしたのか?愛しきものをまもるために戦うという非現実性。特攻に出撃することで、家族や恋人の家が爆撃されずにすむとでもいうのか?人の死を“意味あるもの”に見せかけ、命を利用しやすくする側の都合で持ち出されているとしか思えない。

大日本帝国の臣民(国民ではない)には、国のために“死ぬことを宿命づけられた”者と、そうでない者がいたのである。特攻を推進し、多くの若者を死に追いやった岸信介という人物は、敗戦時、恩師の杉敏介から「名を惜しむなら命を捨てよ」と自決を促す意味の短歌を贈られたとき、「名に代へて 聖戦の正しさを 萬代までも 伝え残さん」という歌を返した。命を失ってまで名を残すのではなく、名声を失っても生きのびて、この戦争が正しかったと伝え残したい…という意味である。一億総玉砕を主張した戦争の最高責任者の一人は、お国のためにも天皇のためにも名誉のためにも命を捧げるつもりはなかった。そのような責任の欠片も持ちあわせていないお祖父ちゃんを尊敬してやまない孫が今の首相であることはともかくとして…。

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得られるものが「永遠に0」
永遠の0
監督:山崎貴  2013年・東宝 144分

実の祖父が零戦搭乗員だったことを聞かされた青年。戦争終結直前の特攻で戦死したことを調べようと、生き残りの戦友を訪ね歩く。抜群の操縦技術を持ちながら、空戦を避け、生還することに執着した祖父を、誰もが臆病者呼ばわりするのだった。ならば、なぜ彼は特攻を志願したのか…。

原作がかなり端折られていること、CGが多用されているのは、まあ仕方ないだろう。左に横滑りさせる操縦技術やガダルカナル上空での空戦可能時間、鮫が集まってくる不時着水など、原作が坂井三郎その他の空戦記録などをよく読んで書かれたものであることがわかる。上手に換骨奪胎、いや焼き直ししてあるが、よほどの戦争マニアやミリオタでもない限り、気づかれることもあるまい。活字離れのこの時代、映画が作られた後で「読む」者もいないだろうし。撃墜した敵機を悠長に眺めたり、戦闘空域での味方同士の戦技応酬など、無理な設定も垣間見える。ところで、この作品の伝えたいことは何なのであろうか。もし愛する家族のためには生きて帰ることが何よりも重要だというなら、お国や天皇よりも優先されるべきことなら、もっと違うメッセージが必要だったと思う。

なお、原作でも映画でも、特攻と自爆テロを同一視する意見に対して反論する場面がある。同感である。特攻は自爆テロではない。日本では安易に自爆テロという言葉が使われるが、中東その他で行われることの多い自爆攻撃もまた、テロと呼ぶべきかは疑問だ。死を前提とした攻撃、それゆえ欧米では“suicide attack―自殺攻撃”と呼ばれる。その意味では、特攻も同じである。フランスの新聞では“Kamikaze”と書かれたりもする。わかりやすいからであろう。テロルとは暴力によって相手に恐怖を与え威嚇すること。軍艦を目標とした特攻より、原爆投下、東京やドレスデンの空襲、南京・重慶爆撃などの方が無差別テロの名にふさわしいだろう。映画『アルジェの戦い』に出てくる台詞を思い起こすのも良い。そうしたことを脳裏に置きながら批判的に見ないと、この作品から得られるものはない。

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忘れてはイケナイ物語り
野坂昭如 戦争童話集 (1)~(4)
1995~99年・シンエイ動画

考えてみれば、戦後なんて一度もあったことがない。この地球の上はいつも戦中ではないでしょうか。このお話は昭和20年8月15日のことですが、今もどこかで戦争が行われている限り、永遠に今のできごとでもあるのです。(野坂昭如)


野坂昭如の『戦争童話集』を映像化したものである。朗読は、大塚寧々、中山千夏、宮沢りえ、薬師丸ひろ子、藤村志保、寺尾聰、小林薫、桃井かおり、黒柳徹子、藤竜也、吉岡秀隆、そして野坂昭如&愛耀子など、錚々たる陣容。収録作品は「小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるくじらの話」「凧になったお母さん」「年老いた雌狼と女の子の話」「青いオウムと痩せた男の子の話」「干からびた象と象使いの話」「赤とんぼと、あぶら虫」「八月の風船」「捕虜と女の子」「ソルジャーズ・ファミリー」「馬と兵士」「ぼくの防空壕」「焼け跡の、お菓子の木」の全12話。後にやすみ哲夫、竹内啓雄の両監督が子ども向けにアニメ化しているが、こちらは大人向きのシンプルな“絵”を使用したものになっている。



野坂昭如 戦争童話集(1)

第1話

小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話

日本海軍の潜水艦を自分の仲間だと思い込んで恋をしてしまった一頭のクジラが、その恋人を守るためにくりひろげる美しくも哀しいラブ・ストーリー。人間を疑うことを知らないクジラの、一途な思いが、胸を打ちます。

ナレーション:大塚寧々

第2話

凧になったお母さん

戦火の中を逃げまどう、カッちゃんとお母さん。燃え上がる火の中で、お母さんはカッちゃんのために、必死に子守歌を歌います。「どうせ死ぬのなら、苦しみ少なく」と歌います。カッちゃんはいま、どこにいるのでしょう。

ナレーション:中山千夏

第3話

年老いた雌狼と女の子の話

年老いた狼が死に場所を求めてさまよい歩いている時、病気で捨てられてしまったキクちゃんという女の子に出会います。キクちゃんと会ったことで再び生きる勇気を取り戻した狼と、一人ぼっちのキクちゃんの運命は?

ナレーション:宮沢りえ


野坂昭如 戦争童話集(2)

第1話

青いオウムと痩せた男の子の話

小さな防空壕の中にオウムと男の子が住んでいました。戦死したお父さんが南の国からおみやげに買ってきてくれたオウムは、爆撃のショックで言葉を忘れた男の子にダイジョウブ?と語りかけ男の子を励ましつづけます。

ナレーション:薬師丸ひろ子

第2話

干からびた象と象使いの話

戦争になり、動物園の動物たちが処分されることになりました。人間が食えないのに、動物にやる食料などないというのです。象を殺せと命令を受けた象使いのおじさんは象を連れて動物園を逃げ出し、スリリングな旅に出ます。

ナレーション:藤村志保

第3話

赤とんぼと、あぶら虫

赤とんぼと呼ばれる小さな飛行機に乗って、敵機に飛行機もろとも突っこんでいく特攻隊。しかし、突っこみそこなって帰るところもなく、南の島に不時着した少年飛行士は、一匹のあぶら虫と友達になり、命の尊さを知ります。

ナレーション:寺尾聰


野坂昭如 戦争童話集(3)

第1話

八月の風船

日本軍の秘密兵器“ふ号兵器”。大きな風船に爆弾を仕掛け、ジェット気流にのせてアメリカ本土を直接攻撃する実際にあったお話です。紙とコンニャク糊で作られた風船爆弾は、はたしてどこまで飛んでいったでしょう。

ナレーション:小林薫

第2話

捕虜と女の子

日本軍に捕らえられた捕虜のスティーブは、焼け落ちた収容所から逃げ出し、人気のない横穴壕で小さな女の子に出会います。言葉を超えて、本当の兄妹のように仲良くなったスティーブと女の子を待ち受ける運命の皮肉!

ナレーション:桃井かおり

第3話

ソルジャーズ・ファミリー

食料のない南の島に取り残された兵士たちを飢えがおそいます。三百人いたのが、いまでは五人に。一番若くて元気だった兵士も、やがて龍宮城へ、冒険ダン吉の国へ、日本へと、夢の世界をさまよいはじめました。

ナレーション:黒柳徹子


野坂昭如 戦争童話集(4)

第1話

馬と兵士

馬が大好きな若い兵士は、爆弾で傷ついた馬と一緒に兵営を逃げ出します。不名誉な脱走兵となった兵士は、でも馬と一緒に死ねるならいいや、何よりも死ぬ前に自由になれたんだからしあわせじゃないか、と思うのでした。

ナレーション:藤竜也

第2話

ぼくの防空壕

お父さんが戦地に出かける前に一生懸命掘って作ってくれた防空壕。そこに入れば、少年のそばにはいつだって戦死したお父さんが寄り添って励ましてくれます。大好きな僕の防空壕、空襲だってちっとも怖くありません。

ナレーション:吉岡秀隆

第3話

焼跡の、お菓子の木

な~にもない焼跡で子供たちが見つけた一本の、いい匂いのする不思議な木。葉を一枚食べてみると「うわっ、おいしい。」空襲で死んだママの熱い思いが育てたお菓子の木。大人たちは誰もこの木に気がつきません。

ナレーション:野坂昭如、愛耀子

(商品説明から)

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満州に渡った少年たちの悲劇
アニメ:蒼い記憶 満蒙開拓と少年たち
監督:出崎哲  1993年・共同映画全国系列会議 90分

草土文化社が出版する漫画「シリーズ戦争」の第一巻『蒼い記憶』をアニメ化した劇場公開作品。満蒙開拓団や青少年義勇軍を送り出すようになった農村の社会的背景、現地住民との関係、誤った国策と誰も責任を取らない体質、そのしわ寄せが弱者にのしかかる逃避行。子どものために作られた作品だが、大人の鑑賞にも十分たえられるものに仕上がっている。親子でいっしょに見てほしい。

リンク先にて満蒙開拓団の資料が読めます。

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呉に暮らす戦時中の女性
アニメ:この世界の片隅に
監督:片渕須直  原作:こうの史代  2019年・東京テアトル 129分

18歳のすずさんに、突然縁談がもちあがる。良いも悪いも決められないまま話は進み、1944(昭和19)年2月、すずさんは呉へとお嫁にやって来る。呉はそのころ日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。

見知らぬ土地で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となったすずさんの日々が始まった。
夫の両親は優しく、義姉の径子は厳しく、その娘の晴美はおっとりしてかわいらしい。隣保班の知多さん、刈谷さん、堂本さんも個性的だ。

配給物資がだんだん減っていく中でも、すずさんは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。

ある時、道に迷い遊郭に迷い込んだすずさんは、遊女のリンと出会う。またある時は、重巡洋艦「青葉」の水兵となった小学校の同級生・水原哲が現れ、すずさんも夫の周作も複雑な想いを抱える。

1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、すずさんが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。

https://konosekai.jp/ より引用 (公式サイト)

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「アニメ:この世界の片隅に」と主題の異なるもう一本の映画
アニメ:この世界の(さらにいくつもの)片隅に
監督:片渕須直  原作:こうの史代  2019年・東京テアトル 168分

『この世界の片隅に』に対して、当初の絵コンテを見直しながら復活させるほか、新たなカットも加えることにより、約40分間の映像(250カット超)が追加されたバージョン。『この世界の片隅に』では描かれない秋の季節のエピソードなどが加わり、主人公すずの人間的な側面がより浮き彫りになる。

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痛々しさに目を背けたくなるが
アニメ:火垂るの墓
監督:高畑勲  1988年・東宝 88分

高畑勲が描く、戦争で両親を亡くした兄妹がたどる過酷な運命。居場所のない二人は無人の防空壕で自炊生活を始める。繊細な演出が孤独さをひしひしと感じさせ、見ている方も辛くなる。まるで運命を予見するかのような闇夜を照らす蛍が…。野坂昭如が自らの体験をもとに書いた同名小説をアニメ化した作品である。

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失ってわかる日常のありがたさ
アニメ:うしろの正面だあれ
監督:有原誠治  1991年・スペース映像 90分

昭和15年(1940年)、東京の下町・本所に暮らす8歳の少女かよ子。彼女の家は、5代にわたって続く釣竿づくりの老舗「竿忠」だ。両親と祖母、3人の兄に囲まれ、楽しい毎日を送り、弟の誕生で喜びにわいたのも束の間、アメリカとの戦争が始まる。B29の来襲が頻繁になってきた昭和19年、かよ子は一人で沼津のおばの家に疎開することになったが…。

下町に暮らす一家の日常が空襲によって奪われ、その悲しみを乗り越えて前に進もうとする少女の姿を描く。海老名香葉子(落語家・林家三平夫人)の原作を映画化した長編アニメ。

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野坂昭如 戦争童話集

ほんの少しだけ遠い昔、戦争がありました。毎年の夏に制作されている、反戦をテーマとしたTVアニメスペシャル。『火垂るの墓』の原作者・野坂昭如による“忘れてはイケナイ物語”。


野坂昭如 戦争童話集 I
アニメ:ウミガメと少年
監督:やすみ哲夫  2002年・テレビ朝日/シンエイ動画 45分

平和だった沖縄が激戦地となったため、テツオは疎開することになりました。疎開先で友達になったノリオと花子と楽しい日々を過ごしていたある日、米軍の空襲が激しくなり、テツオの目の前で二人は命を奪われてしまったのです。一人でガマ(自然壕)に逃れたテツオ。ふと浜辺を見ると、砲撃の中、産卵するウミガメが…。ノリオと花子と「いつか一緒に見よう」と約束したウミガメの産卵。その卵を砲撃の犠牲にならないようにとガマへ移し、孵化するよう大事に育てていくテツオでしたが…。

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野坂昭如 戦争童話集 I
アニメ:凧になったお母さん
監督:竹内啓雄  2002年・テレビ朝日/シンエイ動画 45分

昭和20年夏、B29が落とした焼夷弾は、街を火の海に変えてしまいました。逃げ惑う人々…そんな中、カッちゃんはお母さんに連れられなんとか近くの公園に避難することができました。しかし、火は次第にふたりに忍び寄り、カッちゃんの身体は熱さでカラカラに。「熱いよう」と訴えて意識を失うカッちゃん。お母さんは、自分の体から出る汗や涙でカッちゃんの体を潤してあげるのですが、体中の水分をすべて与えきったお母さんは…。

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野坂昭如 戦争童話集 I
アニメ:小さい潜水艦に恋したでかすぎるクジラの話
監督:やすみ哲夫  2004年・テレビ朝日/シンエイ動画 45分

南の島の沖合に、一匹のクジラ、クー助がいました。クー助は大きくなり過ぎた体をひどく気にして、女の子となかなか仲良くなれませんでした。ところが、日本軍の潜水艦をクジラだと思い込み、恋をしてしまうのです。その潜水艦に乗るのは、低い背を気にして女の子に気持ちを伝えられない少年、幸多。彼は、かつて海に落ちたところをクー助に助けられた少年でした。敵駆逐艦が近づきつつある中で、一途なクー助は再び幸多を救うことになるのですが…。

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野坂昭如 戦争童話集 I
アニメ:ぼくの防空壕
監督:竹内啓雄  2005年・テレビ朝日/シンエイ動画 45分

かつて日本が戦争をしていた頃のことです。ゆうちゃんの家には、お父さんと一緒に造った防空壕がありました。ある日、ゆうちゃんが防空壕に避難していると、突然壁の向こうから出征しているはずのお父さんが現れます。驚きながらもお父さんに連れられて壁を通り抜けると、そこは戦場でした。ゆうちゃんは、大好きなお父さんと何度も一緒に戦うことができました。防空壕は、お父さんに会える唯一の場所だったのです…。

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野坂昭如 戦争童話集 II
アニメ:焼跡の、お菓子の木
監督:やすみ哲夫  2006年・テレビ朝日/シンエイ動画 45分

太平洋戦争も終盤に迫った頃のことです。太一は空襲で家をなくしても、いくらお腹を減らしても、笑顔を絶やさずに暮らしていました。ある日、体の弱い友人・春男から1冊の本をもらいます。そこには“パンの木”1本あればみんなお腹いっぱい食べて暮らしていけると書かれているのでした。もしかしたら“お菓子の木”だって…と夢を見る太一たち。しかし、空襲はますますひどくなる一方です。太一たちは逃げ惑い、春男 の家にも火の手が迫ります。はたして“お菓子の木”は夢でしかなかったのでしょうか…。

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野坂昭如 戦争童話集 II
アニメ:ふたつの胡桃
監督:やすみ哲夫  2007年・テレビ朝日/シンエイ動画 45分

彩花は東京の下町に住む、ごく普通の小学生。ある日、飼い犬ライアンとの散歩の途中で、突然気を失ってしまいます。目覚めるとそこは、空襲の絶えない60年以上前の世界でした。戸惑う彩花を助けたのは、同い年の少女・友子。心やさしい友子は、早く元の世界に戻れるようにと、おそろいの胡桃の鈴を一つ彩花にくれるのでした。しかし、火の手は容赦なく襲いかかります。願いは叶わぬまま、彩花は運命の日、東京大空襲を迎えるのですが…。

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野坂昭如 戦争童話集 II
アニメ:キクちゃんとオオカミ
監督:やすみ哲夫  2008年・テレビ朝日/シンエイ動画 45分

昭和20年、満州では敗戦とともに日本人たちの退却が始まりました。日本へ帰るつらくて遠い道のりの中で、幼いキクちゃんは病に侵されてしまいます。家族に置き去りにされ、弱り切っていたキクちゃんを救ったのは、一匹のオオカミでした。オオカミの看病のおかげで元気になったキクちゃん。しかし、次第に食糧はなくなっていきます。オオカミは危険を承知で、人間の町へ連れていくことにしたのですが…。

(以上7つのアニメ映画の解説は商品説明より)

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何が彼らをそうさせた…
ゆきゆきて、神軍
監督:原一男   1987年・疾走プロダクション 122分

奥崎謙三は凄惨を極めたニューギニア戦の数少ない生き残り。所属した部隊で、終戦後23日もたってから「敵前逃亡」の罪で2人の兵士が射殺されたことを知り、処刑した上官5人を訪ね歩き、当時の生々しい状況を聞き出していく。その姿を追った衝撃のドキュメンタリー。

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特攻をどう捉えるか
TOKKO ―特攻―
監督:リサ・モリモト  2007年・米/日 89分

無私の犠牲的精神か、狂信的な行動か。特攻をどう捉えるかは、日本の内側から見るのと日本の外側から俯瞰するのとでは大きく違っている。亡き祖父が特攻隊員としての訓練を受けていたという事実に衝撃を受けた日系二世のリサ・モリモト。特攻の本質に迫るべく、する側とされた側を取材、日米双方の視点から描いたドキュメンタリーである。映画のような情緒性を排し、生の声、客観的事実の積み上げだけであるがゆえに見えてくる真実。歴史認識を新たにするための手がかりとしたい。

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戦争体験者の最後のメッセージ
筑波海軍航空隊
監督:若月治  2015年・パルコ 99分

敗色濃いアジア太平洋戦争末期、爆弾を抱えた零戦による体当たりを命じられた若者たちがいた。生きて帰ることのない「神風特別攻撃隊」。戦闘機の教育訓練部隊だった筑波海軍航空隊でも、84名が沖縄戦の特攻隊に編入され、60名が亡くなった。大学を中途で辞めた学徒兵たちである。出撃前に戦争が終結し、幸運にも生き残ることができた、元特攻隊員の貴重な証言を集めたドキュメンタリー映像である。

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将兵として戦争を体験した人間の生の声
ひとりひとりの戦場
監督:楠山忠之  2015年・「ひとりひとりの戦場」製作委員会

Ⅰ 最後の零戦パイロット 117分
Ⅱ 空・海・陸の特攻 111分
Ⅲ 毒ガス島/731部隊遺跡 111分

99歳の元零戦パイロットが語る太平洋戦争の真実とは――。

ニイハウ島に不時着した零戦パイロットの秘話、日系ハワイ移民が経験した戦中・戦後の受難の日々、戦後70年を経た今も続く、生き残った者の悲しみと怒り……。最後の零戦パイロット・原田要氏をはじめ、日米双方の軍人を徹底取材し、「彼らが戦争にどう向き合ったのか」を浮き彫りにしていった『ひとりひとりの戦場 最後の零戦パイロット』。劇場公開されると同時に大きな話題を呼んだ本作が、「特攻死」の真実の姿を問う「空・海・陸の特攻」、そして、毒ガス製造のために大久野島に動員された当時の少年少女の証言を中心にその実態に迫る「毒ガス島/731部隊遺跡」の2篇を加えた〈完全版〉。監督は、証言とアーカイブ映像で裏打ちされたドキュメンタリー映画『陸軍登戸研究所』で第33回藤本賞・奨励賞を受賞した楠山忠之。(商品説明から)

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南の島でも暗躍した陸軍中野学校
沖縄スパイ戦史
監督:三上智恵、大矢英代  2018年・東風 114分

スパイ養成機関だった陸軍中野学校出身者たち。沖縄に派遣された彼らは、そこで何をしたのか。二人の女性ジャーナリストが、その知られざる活動を追う。「護郷隊」と呼ばれた少年ゲリラ兵部隊が存在したこと、住民をマラリアが蔓延する離島へ強制移住させた理由、米軍への情報漏洩を阻止すべく、スパイ名簿をもとに住民虐殺など、語られてこなかった沖縄戦における戦慄の実態が暴き出されていく。凄惨を極めた沖縄戦の、そのさらなる深い闇に迫る衝撃のドキュメンタリー。

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客観的に見れば…
靖国 YASUKUNI
監督:李纓  2007年・日/中 123分

近代日本を歴史的に語る。靖国神社は、どのような立場であろうと、象徴的な存在だ。とりわけ日本人にとって微妙な存在である「靖国」を、在日中国人監督が10年にわたる取材をもとにドキュメンタリーを制作。知られざる靖国神社の歴史、とりまく様々な立場の人々を客観的な視点で追いかける。

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靖国神社に泣かされる人がいる
あんにょん・サヨナラ
監督:キム・テイル  2006年・「あんにょん・サヨナラ」上映委員会 107分

韓国人、李熙子(イ・ヒジャ)。彼女の父親は日本軍に徴用され、中国で戦死した。1990年代に入ってから、遺族の知らぬ間に靖国神社に合祀されていた事実が判明。厚生省(当時)は、亡くなった日時も場所も、遺族にまったく知らせないでおきながら、一宗教法人に過ぎない靖国神社には情報を提供していた。父親を母国で供養したいと願い、合祀の取り下げを求めるが、靖国神社は「できない」と突っぱねる。靖国神社の意味を多角的に見つめ直すドキュメンタリー。

http://www.annyong-sayonara.jp/sayo/

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靖国神社のこと、知っていますか?
考えてみよう靖国問題
2006年・「あんにょん・サヨナラ」上映委員会 24分

みなさんは靖国神社に足を運んだことがありますか?他の神社との違い、設立の背景を知っていますか?靖国神社は宗教施設ではなく軍事施設だと聞いたら驚くのではないでしょうか。現代においても、追悼のための施設とは言いがたい側面があるのです。ドキュメンタリー映像『あんにょん・サヨナラ』を制作する過程で得られた証言や解説を再編集して、靖国神社の本質を学ぶための学習ビデオができました。ぜひご覧ください。

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彼女たちは確かに存在した
“記憶”と生きる
監督:土井敏邦  2015年 215分

元「慰安婦」たちが肩を寄せ合って暮らす韓国の「ナヌム(分かち合い)の家」。1994年12月から2年にわたって日本人ジャーナリストがハルモニ(おばあさん)たちの生活と声をカメラで記録した。元「慰安婦」という共通の体験以外、その境遇や歩んできた道はまったく異なるハルモニたち。支えあい、時には激しくぶつかり合う。そんな生活の中で彼女たちは消せない過去の記憶と、抑えられない感情を日本人の記録者にぶつけ、吐露する。あれから20年近く経った今、あのハルモニたちはもうこの世にいない。残されたのは、彼女たちの声と姿を記録した映像だった……。

第一部 分かち合いの家(124分)
「ナヌム(分かち合い)の家」で暮らすハルモニたち。過去を忘れるための酒が手放せず荒む女性、息子に過去を知られ悩み苦んだ女性、戦後、結婚もできず孤独に生きてきた女性……。彼女たちの日常生活とともに、「慰安婦」の記憶や戦後の波乱の半生を語る5人の声を丹念に記録。

第二部 姜徳景(91分)
ナヌムの家の住人で最年少の姜徳景(カン・ドクキョン)は、「女子挺身隊」として日本に渡るが、脱走したことで「慰安婦」にされる。望まない子を宿し、戦後帰国した彼女の波乱の半生。その体験と心情を姜徳景は絵で表現した。やがて肺がん末期と宣告される。彼女が死を迎えるまでの2年間を記録。

(土井敏邦ウェブサイトから)
http://doi-toshikuni.net/j/kioku/

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慰安婦論争に決着をつける
主戦場
監督:ミキ・デザキ  2018年・米 122分

慰安婦問題とは何か。日本軍、すなわち国家の関与は本当にあったのか、それともなかったのか。必要なのは事実の検証と責任の所在を明らかにすること、公正な対応を講ずることのはずだが、なぜか日韓両政府の相反する利害関係や、元慰安婦たちを利用したイデオロギー論争のように受けとめている人が多いような気がする。日系アメリカ人のミキ・デザキ監督は、対立する両者の主張を丁寧に聞きながら、この論争の本質を客観的に解き明かしていく。

従軍慰安婦は性奴隷であったという者、それを否定する者。これまで吉見義明、戸塚悦郎、林博史、俵義文、櫻井よしこ、ケント・ギルバートら、各氏の著作を読んできた経験からすると、双方の主張のエッセンスが的確かつ簡潔にまとめられた映像作品に仕上がっていると思う。否定する人、韓国に対して反感を持つ人たちは、両論を比較対照した上ではないようだが、この映画を見れば本を読む手間が省けるだろう。このような言い方をすると、世の活字離れをますます進めることになりそうで、私としては不本意ではあるのだが。

否定派側が、自分らの主張が歪曲されたわけでもないのに、本作の上映中止を求めたのは、もしかしたら自著が売れなくなり、印税が入ってこないことを危惧したからなのかもしれない。そう思ってしまうほど、わかりやすくできている。歴史家は事実を積み上げ、論理的に結論を導くだけだ。それならば、なぜそれと対立するような否定論が生まれるのだろう。何がそうさせるのだろうか。背景には何があるのか。そんな疑問に答えてくれる書物を紹介しておく。

山崎雅弘、『歴史戦と思想戦 ―歴史問題の読み解き方』 集英社新書 2019年(ISBN 978-4-08-721078-1) 920円+税

大切なのは、不毛な感情論ではなく、あくまでも事実と理性に立脚した論理的な理解と対話なのである。

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変わらない日本、変わらない私たち…
狂宴 ― 古都とアメリカ兵 ―
監督:関川秀雄  1954年・春秋プロ 79分

古都奈良は太平洋戦争で戦禍を受けなかったが、戦後、アメリカ軍の基地が作られたことを知っている日本人は少ない。

1951年、朝鮮戦争が激烈になって来ると、米軍は戦線の兵士を休養させる場所としてこの奈良の平城宮跡にほど近い農村にR・Rセンターと称する米軍慰安所を作った。古都奈良に、時ならぬ「西部の街」が出現し、村の姿は一変した。

そこには連日のように朝鮮戦線から米兵が送り込まれ、休養と称して享楽の限りをつくした。

物語は、実話にもとづいて、日本の農民とアメリカ兵、基地賛成派と反対派がくり広げるドラマが展開し、各の人々のかかえているおかしさ、哀れさ、悲しさ、怒りの中に日本のかかえている問題が浮かび上がってくる。

それは、日米安保条約によって、かんじがらめにされている今の日本の姿とも重なって見えてくる。(商品説明から)

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20世紀最大の裁判
ニュールンベルグ軍事裁判
監督:イヴ・シモノー  2000年・米/加 185分

1945年、第二次世界大戦に敗れたドイツは廃墟と化していた。一方、フランクリン・D・ルーズベルトの死を受けてトルーマンが大統領に就任した米国は、対外強硬路線に舵を切りつつあった。かくして瓦礫の中からの復興を目指すドイツでは、未曾有の被害をもたらした戦争犯罪が裁かれることになる。被告は元国家元帥ゲーリングら、かつてないほど残虐な行為をおこなった第三帝国を代表する者たちだった。米国は国際法を重んじ、被告に可能な限りの弁護を受ける権利を認める。米・ソ・仏・英の4ヶ国の代表から構成される国際軍事法廷が開かれることになったのは、今や廃墟と化したドイツの古都ニュールンベルグ。米国主席検事となったロバート・ジャクソンは、この生涯で最も重要な裁判に挑む。彼はまた、これが公正な国際裁判であり、米国独自の裁判ではないことを保障しなければならなかった。そして元国家元帥ゲーリングは「自分たちは第三帝国を繁栄させるために総統の命令に従っただけで、何の罪もない」と事あるごとに主張する。何故ならそれが軍人の存在理由だからであり、彼らが殺人罪に問われるならば、勝った連合軍の軍人も同罪であるはずだからである。そのためナチス戦犯は、たとえ何百万人の人間を殺していようとも、無罪の判決が下る可能性を秘めていた。そして1945年11月、世界中が注目する中、歴史的な裁判が始まった。(商品説明から)

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消された罪、消せない記憶
顔のないヒトラーたち
監督:ジュリオ・リッチャレッリ  2014年・独 123分

経済復興に沸く1958年の西ドイツ。ナチスの蛮行は人々の記憶から薄れつつあった。そうした中、ある小学校教師が元ナチス親衛隊員だったことを突き止めたジャーナリストが検察庁に知らせるが、黙殺される。駆け出しの検事一人だけが関心を示し、調査を開始する。すると、収容所での残虐行為に関わっていた多くの元親衛隊員が、何ら罪に問われることなく、一般市民として生活していることがわかってくる。国民の多くも、今さら蒸し返したいとは思っていなかった。そんな「ウソと沈黙の迷宮」に正面から切り込もうとするが、待ち受けていたのは想像以上の抵抗、そして妨害。それでもなお、事実から目をそらすことなく収容所の実態を徹底的に調べ上げていくと…。

不都合な歴史は忘れ去りたい。その誘惑に誰もが引き込まれそうになる。しかし1963年、ドイツでは、ドイツ人自らの手によってナチスの犯罪を裁く「アウシュヴィッツ裁判」が開かれた。ドイツ人の歴史認識の大きな転換点となったこの裁判が実現するまでの道のりを、若き検事の葛藤と苦闘を通して描くドラマである。

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過去を消そうとする者との闘い
検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男
監督:シュテファン・ヴァグナー  2015年・独 93分

1959年、ナチスによる戦争犯罪の時効まであと七年に迫った。検事フリッツ・バウアーを中心に、ナチ犯罪追及センターが設立される。バウアーは元ナチス親衛隊アドルフ・アイヒマンの逃亡先を突き止め、起訴と身柄送検を要請するものの、過去の罪を葬り去ろうとする政府や組織内のスパイに妨害されてしまう。監視が付けられ、自由に動けなくなったバウアーは、若き検事ヨアヒムを助手に任命。彼らの命懸けの捜査で真実が次々と明らかになる中、潜伏していたナチスの生き残りらが活動を始める。

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人はいかに生きるべきか
愛を読むひと
監督:スティーヴン・ダルドリー  2008年・米/独 124分

1958年のドイツ。少年は冷たい雨の中、古びたアパートの玄関先で倒れる。猩紅熱だった。家まで送ってくれたのは、アパートに住む謎めいた女。回復した彼は礼を言うために彼女を訪ねるのだが、年上の女の魅力に引き込まれるかのように関係を持ってしまう。日々の情事の中、彼は本を朗読して聞かせるのだったが、ある日突然、彼女はなにも告げることなく行方をくらましてしまった。八年後、法学生になった彼はゼミの一環として裁判を傍聴する。それはナチスの戦犯を裁く法廷だった。被告席に座るのは、あの女!彼女は、自分が不利になることを知りながら、ある秘密を隠し通し、その結果、無期刑が言い渡される。彼女の秘密―それは裁判の行方を左右することだった―を知るただ一人の人間としての葛藤。自分はどうあるべきなのか…。ベルンハルト・シュリンクのベストセラー『朗読者』を映画化したもの。これは悲恋物語などではなく、人はいかに生きるべきかを問いかける作品である。

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正義とはなにか
コリーニ事件
監督:マルコ・クロイツパイントナー  2019年・独 123分

ここはドイツ。イタリア出身のファブリツィオ・コリーニは、30年以上にわたって模範的市民として暮らしてきたにもかかわらず、経済界の大物を殺害するという事件を引き起こした。いったい、なぜ?国選弁護人に任命されたのは、弁護士になりたてのカスパー・ライネン。殺害されたハンス・マイヤーが、若き日の恩人だったことから、カスパーは思い悩む。しかも、法廷で対峙する遺族側についたのは、大学で刑法を教わったリヒャルト・マッティンガー。伝説的な刑事弁護士だ。一方、ファブリツィオは犯行動機を語ろうとしない。行き詰まってしまうカスパー。犯行に使われたのはワルサーP38。現代ではほとんど使われることのない拳銃を、なぜファブリツィオは…。映像は戦争の傷痕、事件の背後に潜むドイツ刑法の大きな闇をあぶりだしていく。ベストセラーになったフェルディナント・フォン・シーラッハの原著も読んでほしい。

コリーニ事件:映画のオフィシャルサイトに跳びます。

こちらは本の紹介です。

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人を疑おうとしなかった心
アンネの日記
監督:ジョージ・スティーヴンス  1959年・米 150分

今なお読み継がれている世界的なベストセラー『アンネの日記』。その短い一生を綴った同名原作の映画化である。ナチスの足音に怯えながら、息を潜んで暮らす家族たち。その緊迫感をみごとに描いている。清楚で可愛らしいアンネを演じるミリー・パーキンスは、なんとこれが銀幕デビューだという。最後まで人を疑おうとしなかったアンネの心を投影するかのような美しいカメラワークも見もの。

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前向きに生きようとするアンネ
アンネの日記
監督:ガレス・デイヴィス  1987年・英 123分

1942年、オランダ・アムステルダム。父オットー、母エーディト、姉マーゴとアンネの4人家族のユダヤ人のフランク一家。13歳になったアンネは日記帳をプレゼントされる。彼女はその日からキティーという架空の友人に話しかけるように日記を綴っていく。やがてユダヤ人への迫害が悪化し、一家はオットーが経営する食品会社の上階に作られた狭い隠れ家に身をひそめることになる。ファン・ダーン一家、歯科医のデュッセルも加わり窮屈な共同生活が始まる。世界的ベストセラー『アンネの日記』を全4話でドラマ化。悲劇的な環境の中で、時に自らの境遇を悲観しながらも、前向きに生きようとするアンネの姿が深い感動を呼び起こす名作。(商品説明から)

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波乱に満ちた運命の真実
アンネ・フランク 真実の物語
監督:ロバート・ドーンヘルム  2001年・米 191分

オランダ・アムステルダム。戦争の影が忍び寄り、世の中が不安な時代に向かっていた頃、少女アンネ・フランクは心優しい両親と姉、友人たちに囲まれ幸せな暮らしを送っていた。しかしナチスによるユダヤ人への迫害は日に日に厳しさを増し、フランク家は隠れ家へ移ることを決意する。それは息の詰まる苦しい毎日であった。そしてアンネ15歳のある日、ついに彼らはナチスに発見されてしまう。引き離される家族、強制収容所への連行、そこには想像を絶する過酷な世界が待ち受けていた。どんなにつらい状況にあっても生き続けることへの希望を捨てなかったアンネ。戦争は、もうすぐ終わろうとしていた…。多くの関係者を徹底取材したメリッサ・ミュラーによる「アンネの伝記」元に製作され、アカデミー賞俳優ベン・キングズレー他、実力派の名優たちが出演。全米で放映され、エミー賞受賞、ゴールデングローブ賞ノミネートなど、多くの話題を呼んだ秀作。少女アンネとその家族の波乱に満ちた運命を描いた真実の物語。(商品説明から)

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永遠の名著のアニメ映画化
アニメ:アンネの日記 The Diary of Anne Frank 103分
監督:永丘昭典  1995年・東宝

1942年のオランダ。アムステルダムの街にもナチスの影が迫っていた。反ユダヤ人政策の中、13歳の少女アンネを含むフランク一家もナチスからの召集を受けるが、一家は友人であるミープ・ヒースの事務所に潜伏する。営業中は物音ひとつ立てられない長くて辛い耐久生活。そうした中、アンネは自分の日記帳に「キティ」と名づけ、感受性強い年頃の自在な心の動きを記し続けた。やがてファンダーソン一家と歯科医のデュッセルが同居人として加わる。狭い隠れ家に寄り添うようにして暮らす8人の男女。苛酷な現実の中で前向きに生き続けるが、1944年8月、ついに運命の日がやってくる…。丁寧な現地ロケ、11万枚もの作画、豪華な声優陣による永遠の名著『アンネの日記』のアニメ映画化。

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『アンネの日記』を残し、15歳でこの世を去った少女、アンネ・フランクの生涯を初めて完全に紹介した世界で唯一のドキュメンタリー
アンネ・フランクを忘れない
監督:ジョン・ブレア  1995年・英/米/蘭 117分

この映画は、世界中で2500万部以上も出版された『アンネの日記』を残してこの世を去ったアンネ・フランクの没後50年目にして製作されたアンネの真実の姿を紹介する初のドキュメンタリーである。

『アンネの日記』は、ドイツのフランクフルト・アム・マインに生まれたアンネが、反ユダヤ主義を掲げる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)から逃れるため家族と移り住んできたオランダのアムステルダムで、ひっそりと身を隠しながら暮らした2年の間書き続けたものである。

監督のジョン・ブレアは、アムステルダムのアンネ博物館、スイスのアンネ・フランク基金からあらゆる協力を得て貴重な資料をフィルムに収めた。また、彼女の生前を知る友人、親族、そして家族で唯一生存していたアンネの父親などを世界中にたずね、インタビューをした。さらに、彼女の隠れ家を再現し、鮮明な映像で、この歴史的な主人公の生涯を描写している。また、損傷が著しくあった、アンネの姿を唯一記録したフィルムの修復に時間をかけ、彼女の生前の姿を作品に収めることにも成功した。

(商品説明から)

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米軍最強、442部隊
二世部隊
監督:ロバート・ピロッシュ  1951年・米 92分
移民/レイシズム

第二次大戦中のアメリカ。敵国にルーツを持つという理由で、日系人だけが財産を没収され、砂漠の中の強制収容所に送られた。国家が市民としての基本的自由と憲法で保障された権利を侵害したことが認められ、ロナルド・レーガン大統領が謝罪し、賠償を約束したのは1988年になってからである。

1943年、日系二世の志願兵制度が認められるようになると、家族への扱いが改善されることを期待し、二世たちは続々とアメリカ軍に加わった。本作は、ヨーロッパ戦線に投入された二世だけの第442連隊戦闘団の活躍を描いた戦争映画である。ドイツ軍に包囲された第34師団第141連隊第1大隊、通称「テキサス大隊」を救出するなど、のべ死傷者数9,486人(のべ死傷率314%)という犠牲を出しながら、各地で勇戦敢闘、米国史上もっとも多くの勲章を受けた部隊としても知られている。ミュンヘン郊外にあったダッハウ強制収容所を解放したのも彼らであったが、この事実は1992年まで公には伏せられていた。

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みな、生きて帰りたい…
ザ・ブレイブ・ウォー 第442部隊
監督:レイン・ニシカワ  2002年:米 122分

欧州戦線に従軍した日系二世からなる米陸軍第442連隊。1944年、独軍との激戦を終え、フランスで休息を取っていたところに、友軍のテキサス部隊がドイツ軍に包囲されたとの情報が入る。救出は絶望的とされ、「失われた大隊」とすら呼ばれ始めていたが、ルーズベルト大統領から直に救出命令が下る。敵の戦力は倍以上。ジミ―軍曹は医師の命で作戦への参加を禁止されるが、同じく負傷で残る部下フレディに伝言を託し、戦場へと赴く。負傷して戻る仲間の姿を見過ごせず、フレディもまた仲間とともにジミーの後を追う…。誇り高き442部隊の知られざる真実の物語。

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戦争とは「生き残ること」…
最前線物語
監督:サミュエル・フラー  1980年・米 110分

第一次大戦を生きのびた軍曹。1942年、今度は第二次大戦で狙撃兵の隊を指揮していた。戦場の非情さに震えおののく四人の若い兵士たちに、「これは殺人ではない。生き残るために、ただ殺すだけだ」と諭す。四人は北アフリカ戦線からシシリー島、ノルマンディー上陸作戦と、転戦しながらも生き残り、人間として成長していくのだが…。兵士にとっての戦争とは、国家とかイデオロギーとは関係のない、まして正義の実現などとは無縁の、ただ「自分が生き残ること」でしかないという現実を痛烈に物語っている。サミュエル・フラーが、自身の体験を反映させた感動的な戦争ドラマといえよう。

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帰らぬ潜水艦乗り
U・ボート
監督:ウォルフガング・ペーターゼン  1981年・西独 135分

ロータル=ギュンター・ブーフハイムが、自身の体験を元に書いた小説を映画化した作品。

占領下フランスのUボート基地、ラ・ロシェルを出港するU-96。艦長は歴戦の強者だが、43人の乗組員は戦争を知らない若者たち。艦長が「子ども十字軍」と呼ぶ彼らの平均年齢は、わずか19歳。地中海に向かうよう命令を受け、ジブラルタル海峡を強行突破中に航空攻撃を受ける。限界深度260mを超え、なおも沈んでいく艦。このまま圧壊してしまうのか…。幸運にも海底で停止したが、いたるところで浸水が始まり、水圧でボルトがとぶ。深度計は280m…。絶望と闘いながら、必死に作業する乗組員たち。浸水・漏水を止め、電池を直し、機関を修理し、水を艦の中央に集め、浮上するたった一つの可能性に賭けた。生きて還るために!

どうにか浮上に成功し、ラ・ロシェルに帰港したものの、上陸中の航空攻撃であっけなく死んでいく乗組員。港内で沈んでいくU-96。「生」への努力は壮絶だったのに、「死」はこれほどにまでたやすく、そして虚しい。ドイツ軍潜水艦乗組員4万人のうち、未帰還者3万人。

戦後36年目、この作品を転機に、ドイツの戦争映画の描き方が大きく変わった。さらに24年後、同じ海の戦いであるが、日本で制作された『男たちの大和/YAMATO』との差異を見較べてほしい。

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イタリア戦線を戦う黒人部隊
セントアンナの奇跡
監督:スパイク・リー  2008年・米/伊 163分

第二次大戦中、米軍に黒人のみで組織された「バッファロー・ソルジャー」と呼ばれる部隊があった。イタリア戦線でドイツ軍と戦う中、スタンプス隊長、イタリア語に精通した無線兵のヘクター、柔和なトレイン、自分勝手なビショップの四人は、少年を助けたため、本隊からはぐれてしまう。敵中で孤立した彼らは、少年の手当のため、小さな村へ。村人たちとの間に、国や人種、言葉の壁を越えた交流が生まれるのだが、村ごとドイツ軍の大部隊に襲撃され…。史実をヒントした同名小説を、社会派のスパイク・リーが映画化した戦争ドラマ。

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たったひとりの兵士を救うために
プライベート・ライアン
監督:スティーヴン・スピルバーグ  1998年・米 170分

ノルマンディ上陸作戦は成功したが、激戦の連続で、連合国軍側にも多くの死傷者が出ていた。そうした状況の中、オマハ・ビーチの攻防戦を生きのびた米軍のミラー大尉に、ひとりの落下傘兵を戦場から救出せよとの命令が下る。ライアン二等兵の三人の兄は、この一週間の戦闘で全員が戦死。軍の上層部は、ひとり残った彼だけは親元へ帰還させようと考えたのだった。ミラーは兵士七人を率いてライアン救出に出発するのだが…。

マクロ的な国対国、軍対軍ではなく、人対人というミクロ的な視点から描いた戦争の現実。同じ時、同じ場所を舞台にした『史上最大の作戦』から36年の時を経て、愛国的な英雄物語や犠牲的精神の賞賛ではない、実相としての戦争が描かれる。兵士を、命の危険がある前線に送り込んでおきながら、兄弟全員死亡だけは避けたい。その救出のために、別の兵士を危険にさらす。戦場から遠く離れたところから発せられる矛盾に満ちた命令。プロローグとエピローグで描かれるのは、個人にとっての戦争とは「死なない」以外にあり得ないということ。

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総力戦が駆り出す子どもたち
監督:ベルンハルト・ヴィッキ  1959年・西独 104分

これまで兵役に取られなかった7人の少年たちに、橋を守れという命令が下される。爆破予定で、そこは戦場にならないはずだった。それが裏目に出て…。事情を知らない彼らは懸命に任務を遂行しようとするが、一人、また一人と倒れていく。第二次大戦末期の実話にもとづいた作品。

上の命令に従うだけの思考停止、新兵イジメとしか思えないようなくだらない訓練、人間を使い捨ての駒としかみない作戦、責任をとらない上層部。洋の東西を問わず、軍隊の本質はみな同じだ。悲惨な結末に、それがあらわれている。映画の最初の方に出てくる学校のシーン。あれが戦時中のドイツで、いかにもドイツらしいとするなら、戦後のドイツが日本と違う経過をたどった理由がわかる。そして、今の日本が「あの時代」と少しも変わっていないことも。

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異端の戦争映画
戦争のはらわた
監督:サム・ペキンパー  1977年・西独/英 133分

第二次大戦中の1943年。すでにドイツの敗色が見え始めていた時期である。ロシア戦線を戦うドイツ軍のある中隊。伍長は人間味ある男だったが、中隊長は正反対の冷血漢。この二人が、ドイツ軍最高の名誉である鉄十字章をめぐり、隊内で確執を繰りひろげる。敵味方の砲弾の飛び交う中、泥と血にまみれ、殺し合う。戦争映画としては異彩を放つ作品だ。

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白銀の街の大攻防戦
スターリングラード
監督:ヨゼフ・フィルスマイアー  1993年・独/米 138分

1942年の晩夏、第二次大戦は4年目に突入。優勢を続けるドイツ軍はカスピ海とコーカサスの油田を狙ってソ連で第二次大攻勢を展開。パウルス将軍率いる第6軍は、世紀の大激戦地となるスターリングラードを目指した。ヒトラーは、ソ連の指導者の名を冠するこの街を、何が何でもたたきつぶしたかったのだろう。スターリングラードで死亡した者は100万以上。戦死、凍死、餓死。国籍は、ソ連、イタリア、ドイツ、ルーマニア、ハンガリー、その他。第6軍、26万の兵のうち、9万が捕虜となり、抑留の後、帰還したのは6000人に過ぎなかった。統合ドイツの大プロジェクトとして企画された戦争スペクタクル映画だが、名匠フィルスマイヤーは単なる戦場アクションに終わらせることなく、戦争の理不尽さと極寒の戦地に展開する人間ドラマを静かに描いてみせる。

スターリングラードを題材にした映画は何作もあるが、作品としてはこれが一番だろう。オープニングの重厚なテーマ曲がエンディングで繰り返される。その寂寥感。同じメロディとは思えないような沈鬱さを醸し出す。ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏である。

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戦争で犠牲になる一般市民
シップ・オブ・ノーリターン ~グストロフ号の悲劇
監督:ヨゼフ・フィルスマイアー  2008年・独 102分

第二次大戦末期、ドイツが誇る大型客船ヴィルヘルム・グストロフ号は、ドイツ東部に住む民間人を、戦火の影響の少ない西部に移送する海上避難作戦の船に選ばれた。できるだけ多くの避難民を乗船させようと奔走する船長。司令官の反対を押し切り、女性と子どもを中心とした1万人を乗船させ、1945年1月30日、船はゴーテンハーフェンを出港した。順調に見えた航海だったが、反航するドイツ海軍掃海艇の存在を知らせる無線が入る。衝突を避けるために航海灯を点けるが、それは敵潜水艦に自船の位置を知らせることにもなった。

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彼の敵は世界
ヒトラー ~最期の12日間~
監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル  2004年・独/伊 155分

第二次大戦も終局の1945年4月20日、ドイツ軍は連合軍に追い詰められ、ヒトラーは身内や側近と共にベルリンの首相官邸地下にある要塞へ潜る。1942年にヒトラーの演説原稿や挨拶の口述筆記を担当する秘書に抜擢されたトラウドゥル・ユンゲは、そこで冷静さを失い狂人化していくヒトラーを目の当たりにする。混乱を極めるベルリン市内。戦争に参加しない市民は親衛隊に射殺され、民兵として武器なしに立ち向かい、倒れていく。側近たちが次々と逃亡する中、敗北を認めないヒトラーは最終決戦を決意するのだが…。

ヒトラーが地下要塞で過ごした最期の12日間に焦点を当て、すべてを目撃した秘書トラウドゥル・ユンゲの目を通して描く、歴史的独裁者の知られざる側面。彼女の回顧録とヨアヒム・フェストの著作をもとに制作された実録ドラマである。

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美しいその街は、一夜で崩壊した
ドレスデン、運命の日
監督:ローランド・ズゾ・リヒター  2006年・独 150分

ナチスが行った戦争犯罪を見すえ、おもに加害の立場から歴史の検証と反省が進められてきたドイツ。映画作品にもその傾向があったのだが、本作は加害・被害の立場を越え、連合軍の爆撃により壊滅的な被害を受けたドイツの古都ドレスデンを舞台に、戦争が引き起こす悲劇そのものを描く戦争叙事詩となっている。

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真の姿が顔を出すとき
ちいさな独裁者
監督:ロベルト・シュベンケ  2017年・独/仏/ポーランド 119分

第二次世界大戦末期のドイツ軍。敗色濃厚の中で軍規違反が相次ぐ。若いヘロルトも部隊から脱走し、あてどなくさまよっていた。放棄された車両にあった軍服を身につけたところ、はぐれ兵士に大尉と勘違いされる。彼を部下として受け入れ、その後に出会った兵士たちを次々と配下に従え、いつしかヒトラーの命を受けた「特殊部隊H」の指揮官という幻想の姿をまとった冷血な暴君へと成り上がっていく。脱走兵の収容所を訪れ、偽りの権力を思う存分振りかざしていくのだが…。誰もが持つ権力欲、上昇志向。それが実現する機会を得たとき、その人の真の姿が顔を出す。

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歴史の裏側に隠された驚愕の実話
ソニア ナチスの女スパイ
監督:イェンス・ヨンソン  2019年・ノルウェー 110分

ナチス占領下のノルウェー。人気女優のソニア、彼女をプロパガンダに利用しようとするナチス国家弁務官ヨーゼフ・テアボーフェンに目を付けられる。隣国スウェーデンの諜報部もまた彼女に接近し、ナチスの動向を探るよう協力を求めてきた。テアボーフェンに近づき、彼の寵愛を受けるようになるソニアだったが…。第二次大戦さなかのノルウェーで、女優として活躍しながら、二重スパイとして活動した実在の女性ソニア・ヴィーゲットの物語を描いた実録のサスペンス映画である。

公式サイトへリンクしています。

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不条理の中に探す希望、それとも憎しみ
ヒトラーの忘れもの
監督:マーチン・サントフリート  2015年・デンマーク/独 101分

1945年5月、欧州における第二次大戦は終わりを告げた。ナチス・ドイツの占領から解放されたデンマークだったが、海岸線にはドイツ軍が埋設した無数の地雷が残されたまま。捕虜となっていたドイツ兵たちが、その除去に駆りだされる。部隊の一つを監督するデンマーク軍のラスムスン軍曹は、捕虜たちがあどけなさの残る少年であることに驚くのだが、ナチスへの憎悪から、容赦なく使役するのだった。作業が終われば国に帰れる。その言葉を希望にして、死と隣り合わせの作業をこなしていくが、一人また一人、誰かが命を落としていく。あまりに過酷な姿を目の当たりにし、ラスムスンの心にも変化が…。

戦後デンマークで、ドイツ少年兵たちが地雷の除去作業を強制させられていた。その知られざる残酷な史実を映画化した衝撃のドラマである。

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焦燥、妄想…、殺伐とした世界
海の牙
監督:ルネ・クレマン  1946年・仏 101分

第二次大戦末期、一隻のUボートがオスロの潜水艦基地を出港した。南米への逃亡を図るナチの将軍やその愛人、親衛隊などのワケあり連中の護送である。途中で英国艦船の爆雷攻撃を受け、負傷者の手当のためにフランスの海岸の村から医者を拉致して連れてきた。航海の途上でドイツ降伏を知った乗組員が叛乱を起こすが、暴走する親衛隊長が次々に殺害。首尾良くボートで脱出した者もいたが、医者は一人とりのこされてしまう…。

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ギターの調べにのせた反戦の心
禁じられた遊び
監督:ルネ・クレマン  1952年・仏 87分

第二次大戦中の南フランス、五歳のポーレットは両親を機銃掃射でなくし、ひとりさまよっていた。出会ったミシェルはポーレットを家に連れて帰る。死んだ子犬の墓を作ったことから、二人はせっせと動物の墓づくりを始めるのだった。ナルシソ・イエペスのギターであまりにも有名になったメロディをバックに、反戦を静かに訴える古典的名作。

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戦争の時代の青春ドラマ
ルシアンの青春
監督:ルイ・マル  1973年・仏/伊/西独 140分

病院を手伝う17歳の少年、ルシアン。レジスタンスへの協力を申し出るが、拒否されたことがきっかけで、一転、ナチスの手先として働くようになる。次第に人間的な心を忘れていくルシアンだったが、美しいユダヤ娘と出会ったことで、彼は自分の心を取り戻す。ナチス支配下のフランスを舞台にした青春のドラマ。

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せつない少年たちの友情
さよなら子供たち
監督:ルイ・マル  1987年・仏/西独 103分

1944年、ドイツ占領下のフランス。パリからカトリック寄宿学校に疎開している12歳の少年ジュリアンの学校に、ジャンという少年が転入してきた。ちょっと変わった感じの子だったが、数学や国語などの学業は優秀、ピアノも上手で、ジュリアンのライバルとなる。どこか打ち解けない様子の2人だったが、次第に仲良くなってきた頃のこと、ふとしたことで、ジュリアンはジャンが偽名で転入してきたユダヤ人であることを知る。ジュリアンの複雑な思いと、ライバルでありながら高まっていく二人の友情を、淡々と、しかし叙情的に浮かび上がらせていくカメラ。ルイ・マル監督の自伝的な作品である。

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戦争の傷痕がそここに…
無防備都市
監督:ロベルト・ロッセリーニ  1945年・伊 106分

第二次大戦のローマ解放直後に、6ヶ月にわたって制作されたレジスタンス劇である。抵抗運動の指導者、それを支持する神父、そして地下活動家である印刷工の悲惨な末路を映し出していく。とりわけ、連行される印刷工の内縁の妻が夫を追い、走りながら射殺されるシーンは、映画史に残る屈指の名場面に違いない。時代を超えた作品。

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戦争の罪業を痛烈に告発
戦火のかなた
監督:ロベルト・ロッセリーニ  1946年・伊 114分

連合軍のイタリア上陸直前からイタリア解放までの出来事を取材した6つの挿話。靴を少年に盗まれた黒人米兵、連合軍のローマ入城の折りに知り合った米兵と再会する娼婦、戦火をくぐり抜けて昔の恋人を探しに行く従軍看護婦、山中の修道院に宿を求めた三人の従軍牧師に宗教の壁が立ちはだかるなど、連合軍の北上とともに展開するこれらのエピソードが静かに語られる。ラストはポー河でのドイツ軍によるパルチザン処刑など、戦争の罪深さを痛烈に告発する作品だ。

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戦争で荒廃した人間性
ドイツ零年
監督:ロベルト・ロッセリーニ  1948年・伊 75分

第二次大戦を生きのびた一家が、焼け跡のベルリンの廃墟に住んでいた。父は病に伏し、娘は外人相手に体を売って家計を助ける。長男はナチ党員の生き残りで、毎日ごろごろしているばかり。ヤミ屋の手先として働いていた末っ子は、ある日昔の小学校教師に出会い、弱い者は生きていてもしかたないという思想を吹き込まれ、病床の父に毒を盛る。すべてロケ、出演も全員が素人、作り物の感情を排し、冷徹な目で荒廃した人間性を見つめる。

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戦争に引き裂かれた女と男
ひまわり
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ  1970年・伊 107分

主人公はソフィア・ローレン演ずるナポリの女、ジョヴァンナ。彼女の夫は対ソ戦に送られたまま、戦争が終わっても帰ってこない。行方不明の夫を探す旅に出るジョヴァンナ…。どうにか探し出した夫は、シベリアで現地の女と幸せな結婚生活を送っていた。戦争によって引き裂かれた夫婦の悲劇の背後に流れるヘンリー・マンシーニの音楽が涙を誘う。

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旧ユーゴの悲劇の幕開け
アンダーグラウンド
監督:エミール・クストリッツァ  1995年・仏/独/ハンガリー 171分

1941年、ユーゴ王国はナチス・ドイツに侵略された。クロを誘ってパルチザンに参加したマルコは、弟やクロの妻らとともに祖父の地下室に身を潜める。やがて重傷を負ったクロも運び込まれてきて…。戦争と動乱の中に放り込まれた旧ユーゴスラヴィアの歴史を、二人の男を通して描く。1995年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したエミール・クストリッツァの代表作。

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戦争がもたらした悲恋物語
鶴は翔んでゆく
監督:ミハイル・カラトーゾフ  1957年・ソ連 97分

青年のもとに召集令状が届いた。彼は最愛の恋人を残して前線に赴き、戦死する。彼の死が信じられない恋人は、やむなき事情で結婚したあとも、ずっと帰りを待ち続けていた…。戦争の巻き起こした悲劇を真っ向から描いたこの作品は、1958年、ソ連映画史上初のカンヌ国際映画祭グランプリ(現パルムドール)を受賞。

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若い兵士と母、想い合う心
誓いの休暇
監督:グリゴーリ・チュフライ  1959年・ソ連 88分

アリョーシャはどこにでもいる普通の若者だった。思いがけずに遭遇した敵戦車見て、おびえ泣きながら夢中で撃った弾丸が2台を破壊。大手柄を立てたご褒美に6日間の休暇を与えられ、故郷の母を訪ねることに。往復にそれぞれ2日間かかるので、母のもとにいられるのは2日間だけ。村に向かう途中、様々な人たちと出会う。困っている人を見捨てておけない性分の彼は、惜しみなく手をさしのべるのだった。貴重な時間を使い果たしてしまった彼は、数分間だけ母と抱き合い、別れの言葉を交わして前線に戻る。二度と帰らぬ息子を待ちわびる母。善良な青年を描き、さりげなく反戦を訴える作品になっている。

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タルコフスキーが描く無残な戦争
僕の村は戦場だった
監督:アンドレイ・タルコフスキー  1962年・ソ連 94分

美しく平和な村は戦火に踏みにじられた。村が焼かれ、愛する母は殺され、少年は怒りに燃える。子どもなら敵の目につきにくいだろうと、幼年学校へ行くことを拒否し、自ら斥候に志願。敵地に忍び込み、貴重な情報をもたらすのだが、ある日、出たきり戻ってくることはなかった。無残な戦争さえなければ、今頃は河畔を母といっしょに走り回っていただろう。純朴さと叙情味あふれる感性により、タルコフスキーの名が世界に知られることになった旧ソ連映画の代表作。

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実在したソ連の女性狙撃手
ロシアン・スナイパー
監督:セルゲイ・モクリツキー  2015年・露/ウクライナ 123分

大学の史学科に主席で合格したリュドミラ。1941年、ドイツ軍がソ連への侵攻を開始すると、射撃の腕を見出された女子大生の彼女も戦地へ。狙撃兵として次々と戦功をあげ、独軍兵士たちから「死の女」と恐れられるようになる一方、軍上層部は戦意高揚の道具として利用しようとする。戦況が悪化し、彼女の属するソ連軍はセバストポリ要塞に追いつめられてしまう。第二次大戦中に309人もの独軍兵士を倒した実在の女性狙撃手、リュドミラ・パブリチェンコの実話を映画化した作品である。

「死の女」と呼ばれることの苦悩。しかし彼女には選択肢がなかった。自分たちの自由を脅かし、生活を破壊するモノと戦うしか…。同じ狙撃の達人を主人公に据えた『アメリカン・スナイパー』とは背景も動機もまったく異なる。両作品を見くらべてほしい。

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独ソ間に位置した国ゆえの…
ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦
監督:ペッカ・パリッカ  1990年・フィンランド 135分

1939年の冬。ソ連軍はドイツと戦うための軍事的要衝を押さえようと、フィンランドに侵攻を開始した。兵士の数も装備も乏しいフィンランド軍は、強敵ソ連軍を相手に苦戦を強いられる。フィンランドで繰り広げられた「冬戦争」と呼ばれる攻防戦を映画化するにあたり、兵器・装備・爆破はすべて本物を使用するなど、徹底的にリアリティにこだわり、凄惨な戦闘シーンを圧倒的な迫力で描いた作品になっている。

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最前線の軍馬と少年の友情
戦火の馬
監督:スティーヴン・スピルバーグ  2011年・米 146分

第一次大戦前夜のイギリス。農村の小さな牧場で一頭の仔馬が誕生する。貧しい農夫によって競り落とされたその仔馬はアルバート少年の家にやって来た。少年の愛情を受け、賢く気高い名馬へと成長していくのだが、戦争が始まり、イギリス軍へ売られてしまう。フランスの前線へと送られ、ドイツ軍との決戦が近づく。マイケル・モーパーゴの児童文学作品。最前線に送られた軍馬と、かつての飼い主だった少年との友情と奇跡の物語を、脇役まで豪華キャストで固め、スピルバーグが美しい映像で感動のドラマ化した作品。

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不滅の反戦映画
西部戦線異状なし
監督:ルイス・マイルストン  1930年・米 131分

第一次大戦が始まって間もないドイツの頃のドイツのとある町。大部隊が群衆の歓声の中、戦場へ向かう。学校では教師が愛国心を説いている。若者は情熱に駆り立てられ、軍隊に志願。しかし、現実の前線は毎日が飢えと恐怖の世界だった。エーリッヒ・レマルクが、自身の体験をもとに著した同名の小説を、ルイス・マイルストンが映画化。全編を貫く戦争批判とヒューマニズム、戦闘シーンの迫力とスケールの大きさ、生々しさは各国で公開時に大きな物議を醸し、賛成反対の間で衝突も起きたが、映画史に残る、戦争をテーマにした映画の名作である。

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心を持つ人間が戦争していた時代
戦場のアリア
監督:クリスチャン・カリオン  2005年・仏/独/英/ベルギー/ルーマニア 117分

1914年の冬、第一次大戦下のフランスは北部のデルソー。優勢なドイツ軍と、スコットランド兵の応援を得て粘るフランス軍が対峙していた。両者が築いた塹壕は数十メートルしか離れていない。まもなくクリスマスだというのに、両軍相ゆずらぬまま、激しい戦闘が続く毎日。クリスマス当日、ドイツ軍の塹壕にはツリーがいくつも飾られた。ニコラウスは花形テノール歌手。はるばる本国から来た妻とともに、皇太子の前で歌を披露する。それが終わって塹壕に戻った彼は、クリスマス・ツリー片手に両軍の中間地点に立ち、フランス軍陣地に向かって美声を響かせる。するとスコットランドの軍楽隊がバグパイプで伴奏。最前線の夜は、三ヶ国の兵士たちによる「きよしこの夜」の合唱でふけてゆくのだった。歌声をきっかけにした一夜だけの休戦、そして敵対する兵士たちのささやかな交流。100年前に実際にあったできごとは、遠隔地から無人機をコントロールする現代の戦争では望むべくもない夢物語である。

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原作者、怒りのメガホン
ジョニーは戦場へ行った
監督:ダルトン・トランボ  1971年・米 112分

第一次大戦に出征し、腕も足も目も耳も鼻も口もない肉塊となって帰還した青年の物語。原題の“Johnny Got His Gun”―「ジョニーは銃を取った」と過去形がミソだ。第一次大戦の兵士募集のキャッチコピーが“Johnny, Get Your Gun”―「ジョニーよ、銃を取れ」であった。その要請に応えた結果がこれだ。「ジョニーがどうなったか見てみろ!」と、トランボの激しい怒りが伝わってくる。原作が出た1939年、すぐに発禁処分となった。第二次大戦が始まった年である。反戦・厭戦は自由の国アメリカでもタブーだったのだ。

戦後の赤狩りの時代、トランボは米活動聴聞会で返答を拒否し、議会侮辱罪で禁固1年の刑に処せられ、執筆活動ができなくなる。この時代、チャップリンら映画関係者のみならず、多くの文化人がアメリカを後にした。ヨーロッパからの誘いはあったが、素性を隠し、週給50ドルの土木作業員に。アカデミー賞から原作賞がなくなったのはこの頃である。1960年、実名で復帰し、自らメガホンを取って原作を映画化したのが本作。妻に「作家名を追放できても、オレの才能を追放することはできなかった」と言ったとか。映画史に残る名作である。

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走る。ただそれだけだ
1917 命をかけた伝令
監督:サム・メンデス  2019年・英/米 119分

第一次世界大戦のヨーロッパ。西部戦線では、独軍の後退が始まっていた。好機と見た英軍が追撃にかかろうとする。しかし、それは撤退に見せかけた独軍の策略だった。敵の罠であることを、一刻も早く最前線の部隊に伝えなければならなかったが、あいにく通信手段は途絶。そこで若年兵の二人が選び出され、作戦中止の命令を明朝までに届けろという命令が下る。1,600人の味方の兵士の命がかかっていた。二人は塹壕を出て、数々の危険が待ち受ける無人地帯へと飛び込んでいく…。

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南北統一は実現するのか?
分断の歴史 ~朝鮮半島100年の記憶~
監督:ピエール=オリヴィエ・フランソワ  2019年・仏 117分

韓国と北朝鮮の分断された過去と現在の関係や南北分断の歴史と統一に向けた両国民の思いを、長年にわたって朝鮮半島を取材してきたフランス人ジャーナリストのピエール=オリヴィエ・フランソワ監督が描くドキュメンタリー。どちらにも与しない第三者の視点から、両国だけでなく、米露やフランスなどで収集した資料、様々な識者やキーとなる重要人物へのインタビューを通し、超大国が分断に及ぼした役割、北朝鮮の現実を明らかにしていく。

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このやりきれなさ…
ディア・ハンター
監督:マイケル・チミノ  1978年・米 183分

ベトナム戦争の心的外傷(トラウマ)を負った3人の若者の生と死。淡々としたタッチのペンシルベニアの田舎町が、一転、苛酷なまでの戦場描写に切り替わり、その非日常性が戦争の悲惨さをよりいっそう強く訴える。チミノ、この「やりきれなさ」こそが戦争の本質だと言いたげである。

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反戦を主題にすえたロック・ミュージカル映画
ヘアー
監督:ミロス・フォアマン  1979年・米 120分

ベトナム戦争中の60年代アメリカ。徴兵されたオクラホマの青年クロードは、入隊までの二日間を利用して大都会ニューヨークへ。そこでバーガーをリーダーとするヒッピー集団と知り合い、すぐに意気投合。その一方、上流階級の娘シーラと出会い、互いに惹かれ合っていく。楽しい二日間はまたたく間に過ぎ、新兵キャンプでの訓練に臨むクロードだったが…。

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ベトナム戦争を舞台にした叙事詩
地獄の黙示録
監督:フランシス・フォード・コッポラ  1979年・米 153分

ベトナム戦争のさなか、元グリーンベレー隊長のカーツ大佐は軍の命令を無視、さらに暴走してカンボジアのジャングルの奥に自分の独立王国を築いていた。彼の暗殺を命じられたウィラード大尉は、戦争の惨状を目の当たりにしながら、4人の部下と共に哨戒艇で川を上っていくのだが…。

 

ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』を、コッポラは舞台をベトナム戦争へと翻案。戦争映画ではあるが、なにか叙事詩的。1979年度のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得した。バックに流れるワーグナーの「ワルキューレの騎行」は、単なる映画のBGMではなく、実際の戦場で使われた効果音だ。ヘリ部隊が村を奇襲する際、自軍兵士の士気を高め、住民の恐怖心を煽るために、搭載したスピーカーから大音量で流していた。

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戦争の狂気、愚劣さ、米国の責任
プラトーン
監督:オリヴァー・ストーン  1986年・米 120分

1967年、大学を中退したクリスは志願兵としてベトナムにやって来た。マイノリティーや貧困層ばかりが徴兵されることに対し、なにか割り切れないものがあったからである。彼は配属された最前線で、現実の戦争が自分の想像とは絶するものであることを悟るのだが…。実体験をもとにした、あくまでもリアルな描写は、戦争が生み出す狂気、愚劣さ、そしてアメリカの責任を問うオリバー・ストーンだからこそ生み出し得たのであろう。

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軍隊の異常さ、戦争の狂気
フルメタル・ジャケット
監督:スタンリー・キューブリック  1987年・米 116分

軍隊で訓練を受けるうちに、次第に人間性を失い、戦闘マシーンへと変えられていく若者を冷徹な視点で描く。気弱な青年が、鬼のような上官にしごかれ、精神崩壊をきたし、最後はその上官を射殺してしまうシーンなど、スタンリー・キューブリックがグスタフ・ハスフォードの原作をもとに、軍隊の異常さ、ベトナム戦争の狂気をとことん描く。

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戦場を舞台にした群像劇
ハンバーガー・ヒル
監督:ジョン・アーヴィン  1987年・米 110分

南ベトナムの937高地。飛び交う銃弾・砲弾は人間を簡単に肉塊にしてしまう。そこから名付けられた「ハンバーガー・ヒル」。この丘の攻略を目指す米軍部隊を、ドキュメンタリー・タッチで描いた戦争映画。無名の若者らが兵士を演じ、その群像が描く戦場は悲惨そのものである。

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戦場とは違う立ち位置から
グッドモーニング、ベトナム
監督:バリー・レヴィンソン  1987年・米 120分

ベトナム戦争を、サイゴンにやって来た米軍放送の人気DJを通して間接的に描いた人間ドラマ。ロビン・ウィリアムズの痛快なマシンガン・トークは、実在の人物であるエイドリアン・クロンナウアそのもの。ベトナム戦争を、戦場からやや離れた立ち位置から眺められるのが良い。

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よくある話…、で良いのか?
カジュアリティーズ
監督:ジョン・アーヴィン  1989年・米 114分

偵察任務を命ぜられた5人の兵士がベトナム少女を誘拐、レイプするが、一人の新兵はそれに加わらなかった。その後の戦闘で少女は命を落とす。ことの顛末を上官に告げる新兵だが…。ベトナム戦争で、実際に起きた事件を映画化したもの。

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このクソッタレ戦争を…
7月4日に生まれて
監督:オリヴァー・ストーン  1989年・米 145分

ベトナム戦争の英雄、ロン・コーヴィック。国のために戦った彼だが、現実の戦場は悲惨だった。赤ん坊や女性などの民間人をも殺し、自らも重傷を負って半身不随に。心の葛藤の末、誤射で死なせた友軍兵士の家族に事実を告白、戦争反対の立場をとるようになっていく。

 

実話をもとに、オリヴァー・ストーンが描く「傷ついたアメリカ」。トム・クルーズが、出世作『トップ・ガン』と一転、実在の人物を通して戦争反対を訴える。共和党大会の会場前をデモ行進する場面。1, 2, 3, 4, We Are Watching Fucking War!―このクソッタレ戦争をみんなが見ているぞ! 帰還兵、退役軍人、労働者、学生、そして大勢の市民が反対し、米国はベトナムから手を引いた。ロン・コービックは今でも、全米各地の反戦集会に車イスで参加している。

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戦火をくぐり抜けて生きる
天と地
監督:オリヴァー・ストーン  1993年・米 141分

1949年のフランス領インドシナ。中部の小さな村に住む農民の夫婦に女の子が生まれた。その子はゲリラに、そして娼婦となり、米軍人と恋に落ちて渡米。まったく異なる文化の中で暮らし、再び夢にまで見た祖国の土を踏むまでの波瀾万丈に満ちた半生。戦火をくぐり抜けてきた実在の人物、レ・リー・ヘイスリップの真実の物語である。『プラトーン』『7月4日に生まれて』に続く、オリバー・ストーンによるベトナム戦争の第三作。

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戦争を、戦場から離れて見ると
帰郷
監督:ハル・アシュビー  1978年・米 127分

海兵隊員である夫のボブをベトナム戦争の最前線へ送り出した妻のサリー。基地付属病院でボランティアをしていると、学生時代のクラスメイトであるルークと再会する。彼はベトナムで負傷し、下半身不随。今は車椅子の生活を送っている。互いに惹かれ合うサリーとルークだったが、反戦運動にのめり込むルークについて行けないサリー。やがてボブがベトナムから帰ってくる。戦場から帰還した男と、残された妻。ベトナム戦争を、戦場でない場所から間接的に描いた映画。

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戦争に壊された心を癒やすのは…
バーディ
監督:アラン・パーカー  1984年・米 120分

ベトナム戦争によるPTSDで精神病院に入れられた帰還兵の青年バーディ。彼は自分だけの幻想の世界に閉じこもり、外部に対して頑なに心を閉ざしていた。その彼を立ち直らせようとする、同じくベトナム戦争で負傷した青年アル。二人の心の交流を、鳥になることを夢見るバーディの幻想を交錯させながら描いた人間ドラマ。

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このまま傍観することはできない
ベトナムから遠く離れて
監督:7人  1967年・仏 117分

「ベトナム戦争を、このまま傍観することはできない」という意図のもと、7人の映像作家たちが、南ベトナム民族解放戦線への連帯を表明した作品。

7人の監督
クリス・マルケル
ジャン=リュック・ゴダール
アラン・レネ
ウィリアム・クライン
ヨリス・イヴェンス
アニエス・ヴァルダ
クロード・ルルーシュ

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米国映画史上最大の問題作
ウィンター・ソルジャー ベトナム帰還兵の告白
1972年・米 95分

1971年1月31日、デトロイトで開催された「ウィンター・ソルジャー公聴会」で、勇気ある帰還兵たちが、悲惨な戦争を止め、自分たちの人間性を取り戻すため、戦場で起きた残虐行為の数々を生々しく語った。その驚愕の事実を、全米中のメディアは黙殺。その記録映像が2005年に再公開され、大反響によって「イラク公聴会」が開催されるきっかけにもなった。米国映画史上最大の問題作といわれる。

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戦争が生み出すのは…
ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実
監督:ピーター・デイヴィス  1974年・米 110分

ベトナム戦争に関するニュースや、従軍した兵士らのインタビュー証言などで構成されたドキュメンタリー映像。現地の村民などに対する偏見、差別意識、遊び感覚の戦闘、「早く帰りたい」という自己中心的な感情など、発言のひとつひとつがリアルで、そのリアルさゆえに、かえって戦争の愚かさが感じられる作品になっている。戦争が生み出すのは、決して英雄などではなく、単なる愚か者の集団であることが痛いほどわかる。

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ベトナム戦争が終わった、まさにその瞬間
メコンに銃声が消える日
監督:楠山忠之  1975年・エヴァプレス・インターナショナル 28分

1975年4月30日の正午。南ベトナム民族解放戦線とベトナム民主共和国の戦車部隊が首都サイゴンに無血入場した。15年にわたったベトナム戦争は、ここにその幕を閉じた。この日、この時、サイゴンに居あわせたカメラマンの楠山忠之が16ミリを廻し、5月2日までの三日間のサイゴン市街とその周辺を撮った貴重な記録である。

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ベトナム戦争のことを知っていますか
花はどこへいった
監督:坂田雅子  2007年・シグロ 71分

フォト・ジャーナリストのグレッグ・デイビス、2003年、肝臓ガンで死去。友人たちは、彼が10代の時に米軍兵士として送られたベトナムの戦場で浴びた枯葉剤が原因である可能性を指摘する。妻の坂田雅子監督は、枯葉剤への疑問を抱き、カメラを手にベトナムへと向かった。亡き夫への追悼を込め、30余年を経た今もなおベトナムの人々を苦しめ続けている枯葉剤被害の実態を追ったドキュメンタリー。

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中米でアメリカは何をした
サルバドル/遥かなる日々
監督:オリヴァー・ストーン  1986年・米 123分

ジャーナリストのボイルは稼ぎを目的に、友人と二人で中米エルサルバドルに取材に出かけた。お気楽な出発だったが、現地に着いてみると気分は一転。そこは「死の部隊」が街をしきるおぞましい世界だった。同調しない者とみなされれば、容赦なく殺される。彼らを操るのは抑圧的な政府であり、アメリカはそれを支持…というより、背後から糸を引いていたのだ。そのような醜い同盟を告発、非難する社会派ドラマは、さすがオリヴァー・ストーンならではのもの。

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優先すべきものは何か
ローン・サバイバー
監督:ピーター・バーグ  2013年・米 121分

2005年6月。世界最強の呼び名が高い米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが、極秘任務「レッド・ウィング作戦」を決行する。目的はタリバン幹部アフマド・シャーの殺害。隊員四名がアフガニスタンの山岳地帯にヘリコプターから降下、捜索を開始する。秘密基地発見!標的確認!だが電波状態が悪く、本部との連絡が取れない。そんな時、羊飼いたちと遭遇。そのままにすれば、確実にタリバンに通報されてしまう。だからといって、明らかな非戦闘員を口封じのために殺害して良いのか。四人の意見が割れる。極限状況の中、激しい議論の末に下した決断は…。衝撃の実話を映画化した緊迫の戦場アクション。

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これが戦争だって…!?
アルマジロ アフガン戦争最前線基地
監督:ヤヌス・メッツ  2010年・デンマーク 105分

アフガニスタンの最前線にあるアルマジロ基地。治安維持軍として、ここに派兵されたデンマークの若い兵士たちに密着取材すること7カ月。物足りなさを感じる単調なパトロール活動が、突如始まるタリバンとの交戦で一転。みな異様な高揚感に包まれていく。

「これが戦争だ」と言いたげであるが、あえて問いたい。「これは戦争か?」と。ここはアフガニスタン。周辺諸国と戦争をしているわけではない。最前線と言うが、何に対しての前線なのか。ベトナム戦争の帰還兵アレン・ネルソンを思い出す。彼はベトナム現地で住民に聞かれる。「あなたたちは、なぜ私たちの国に来て戦争をしているのですか?」と。彼は気づき、そして人生が変わった。

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米軍小隊の1年を追ってみたら…
レストレポ前哨基地 Part.1
監督:セバスチャン・ユンガー、ティム・ヘザリントン  2010年・米 93分

2007年5月。米陸軍第173空挺旅団がアフガニスタン東部に分散配置された。兵士らはコレンガル渓谷の中腹の基地に駐留するが、タリバン側から一日に数十回もの銃撃を浴び、これを避けるために尾根上にレストレポ(落命兵士の名)前哨基地を築く。小隊に従軍し、一年にわたる銃撃戦や基地での生活、地元民との交流などをまとめた映像である。

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治安維持という名の戦争…!?
レストレポ前哨基地 Part.2
監督:セバスチャン・ユンガー  2014年・米/伊/アフガニスタン 84分

2001年9月11日の「米国中枢同時多発テロ」を契機に始まったアフガニスタンでの「テロとの戦い」。米国史上最長の戦争となり、米軍を主力とするNATO軍とISAF(治安維持軍)の死者は、既に2500人を超えた。本作は、2007年に最激戦地に派兵された小隊の従軍記録であるPart.1の続編として、兵士たちの内面により深く迫った内容になっている。

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その決断は正しかったのか
ある戦争
監督:トビアス・リンホルム  2015年・デンマーク 115分

戦火やまないアフガニスタン。デンマーク軍も治安維持軍(ISAF)として派遣されていた。地域を巡回し、タリバンの襲撃から民間人を保護する任務を遂行しながら、疲弊する部下たちを思いやり、自ら先頭に立つことで彼らを勇気づけ、鼓舞しようと奮闘する部隊長。故郷では、妻が女手一つで幼い三人の子どもを育てている。ある日、パトロール中にタリバンの奇襲に遭い、部下の一人が瀕死の重傷を負う。敵はどこだ?視認できない!部隊は追いつめられていく。もはや一刻の猶予もならない。敵がいると思われる地区への空爆要請を決断するのだったが…。

極限状況の戦場での仲間を守るために下した決断で、結果として重い十字架を背負うことになった男の苦悩を通して、単純な正義など存在しえない戦争のリアル、戦争の不条理に翻弄された一人の兵士とその家族が直面する悲劇を描き出した作品。

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帰る場所を見失った魂
アメリカン・スナイパー
監督:クリント・イーストウッド  2014年・米 132分

テレビで「911同時多発テロ」を目の当たりにした一人の青年。祖国の人々を守ろうと決意し、ネイビー・シールズの狙撃手として訓練に励む。やがてイラク戦争に出征。窮地に陥った味方を、驚異的な狙撃の精度によって何度も救い、仲間から「レジェンド」の賞賛を浴びる。無事に帰還し、ようやく愛する家族との平穏な日常生活に戻るはずだったのだが…。

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兵士にも家族がいる…
さよなら。いつかわかること
監督:ジェームズ・C・ストラウス  2007年・米 85分

シカゴのホームセンターで働く一人の男。ある日、彼に伝えられたのは、イラクに出征中の妻が戦死したという報せ。気持ちの整理がつかず、12歳の長女と8歳の次女に言い出せないでいる。いたたまれず、二人の娘が行きたがっていたフロリダの遊園地を目指し、車を走らせることに。突然の家族旅行はどうなるのか…。

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この子らが、私たちに何をした?
リトルバーズ ―イラク 戦火の家族たち―
監督:綿井健陽  2005年・Project Little Birds  102分

ビデオジャーナリストの綿井健陽が、イラク戦争下で懸命に生きる現地の人々の姿を、1年半にわたる取材で追う。空爆で三人の子供を失った父親、右目を負傷した12歳の少女、右手を失った15歳の少年ら、罪のない市民の姿を映し出し、「戦争の意味」を私たちに問いかける。

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メディアが報じなかった真実
ファッルージャからの証言
制作:アル=キターフ芸術プロダクション  2005年・イラク 33分

2004年11月、米軍はイラク中部の町、ファッルージャを完全包囲、徹底的に攻撃した。その結果、4000から6000人にものぼる住民が虐殺されたのである。同年4月の侵攻に比べ、被害の規模が遥かに大きかったにも関わらず、米軍による徹底した町の封鎖と報道管制によって、ほとんどメディアの注目を集めることはなかった。このドキュメンタリーは、米軍包囲下のファッルージャに潜入して撮影された映像と、虐殺を生き延びた住民たちの目撃証言をもとに編集した、イラク人チームによる貴重な映像作品である。なお、ファッルージャに侵攻した部隊の中心が、沖縄のキャンプ・シュワーブとキャンプ・ハンセンから派遣された海兵隊であったことを、私たち日本人は忘れてはならない。

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米軍侵攻の記録
ファルージャ 2004年4月
監督:土井敏邦  2005年・ファルージャ侵攻の記録を残す会 55分

イラクにおける米軍占領への抵抗のシンボルとなったファルージャ。2004年4月、米軍は数千の兵力でファルージャに侵攻した。1ヶ月近い米軍の包囲と攻撃によって住民側の死者はおよそ730人、負傷者2800人に達した。

なぜファルージャが占領への抵抗の拠点となったのか。米軍はどのようにして攻撃したのか。そして住民はどのような被害を被ったのか。

米軍の包囲解除から10日後、ジャーナリスト・土井敏邦がファルージャ市内に入り、現地取材した。このドキュメンタリーは、イラク戦争終結後から4ヶ月後の2003年8月と2004年5月、ファルージャで撮影した住民の証言を元に、侵攻の被害を追った記録映像である。(商品説明から)

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知られざるファルージャ攻撃
十字砲火の中で
監督:マーク・マニング  2015年・米/イラク 18分

イラク人の多くが米軍のイラク侵攻を祝っていた。イラク戦争は大成功だった―米国メディアはそう報じたが、それは事実なのか。ファルージャ侵攻時、ほとんどのジャーナリストが退去させられる中、危険を顧みず、ひそかに現地で取材を続けた者たちによる記録である。

その中心人物であるマーク・マニングがカリフォルニアのホテルに滞在中、彼のバッグにあったビデオテープ、しかもファルージャ侵攻を記録したものだけが持ち去られるという事件が起きた。部屋の鍵を開けることができたのは誰か。なぜビデオテープだけを盗ったのか。しかもファルージャの映像記録だけ。彼がファルージャを取材したジャーナリストであることを知っていたということか。どうやって宿泊先を突き止めたのか。どうも単なる物取りの仕業ではなさそうである。背後に大きな組織がありそうだ。

別の場所にあったビデオテープの一部を元に作られたのが本作である。奪われた部分があれば、もっとすごいものになったに違いないが、そこは視聴者が想像力でカバーするしかない。映画『アメリカン・スナイパー』が、しょせんはアメリカ万歳の娯楽作品でしかないことがわかる。

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イラク戦争の実態
冬の兵士 良心の告発
監督:田保寿一  2008年 81分

2008年3月に米・ワシントンD.C.で行われた“Winter Soldier”と呼ばれる集会に密着したドキュメンタリー。米大手マスコミが報道しなかったこの集会では、イラク戦争に従軍した約50人の帰還兵が、イラクで行われた暴行や殺人を証言し、それらが組織的に強要されていたと告発した。退役軍人としての恩恵を受けられなくなることを覚悟し、勇気を持って真実を証言する若い兵士たちの姿に迫る。

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窓の外は死の世界でも、生きる希望は捨てない
シリアにて
監督:フィリップ・ヴァン・レウ  2017年・ベルギー/仏/レバノン 86分

内戦下のシリアの首都、ダマスカス。窓の外には、常に目を光らせている狙撃手が…。銃声と爆撃の音が日常と化した、この街にあるアパートの一室。夫は戦地へ。留守を預かるオームは、終わりの見えない恐怖と闘いながら、ここに身を寄せているハリマ夫婦と家族の命を守り続けてきた。ある日、ベイルートへの脱出手段を得たハリマの夫が、その手配のために外へと飛び出していく。

公式サイトへリンクしています。

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内戦の愚かしさ
ブコバルに手紙は届かない
監督:ポーラ・ドラシュコヴィッチ  1994年・米/伊/ユーゴ 99分

ブコバルに住む幼なじみの二人が結婚した。男はセルビア人、女はクロアチア人。ありきたりのことだった。テレビのニュースはベルリンの壁の崩壊を告げている。平和が訪れると、みな喜んでいた。ところが、クロアチアのユーゴからの独立運動をきっかけに、クロアチアとセルビアの間に民族紛争が勃発、二人を引き離してしまう。ユーゴ内戦の発火点となったブコバル。悲劇が起こる前の緑豊かな美しい町を背景に流れるのはモーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調。戦火によって、給水塔がなければ同じ町とはわからないほどにまで破壊し尽くされた終盤、聞こえてくる調べは同じくモーツァルトの「レクイエム」。

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戦火のサラエボで生き抜く
パーフェクトサークル
監督:アデミル・ケノヴィッチ  1997年・ボスニア/仏 108分

分裂したユーゴスラビアは政情が不安定で戦火が絶えない。サラエボはセルビア人勢力に包囲されている。家族を街の外に避難させ、不安を抱きながらも留まることを決意した詩人のハムザ。ある日、幼い子どもたちがやってきた。戦争孤児の兄弟である。力強く生きようとする彼らを描いた人間ドラマ。東京国際映画祭のグランプリ受賞作。

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この子たちの命を救いたい!
ウェルカム・トゥ・サラエボ
監督:マイケル・ウィンターボトム  1997年・英 105分

サラエボは銃と砲撃の音がいたるところで響き渡る毎日。そんな戦火の街に、スクープをものにしようと、各国からジャーナリストがやって来ていた。イギリス人のマイケルもその一人だった。前線にある孤児院の取材で、エミラという少女と出会う。心を交わすうちに、この子をなんとか戦火の中から逃れさせたいという思いが募る。ともに脱出を試みるが、厳しい現実におそわれる。

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笑いの中で戦争の不条理と愚かさを痛烈に皮肉る
ノー・マンズ・ランド
監督:ダニス・タノヴィッチ  2001年・仏/伊/ベルギー/英/スロヴェニア 98分

1993年6月の旧ユーゴ。そこはボスニア紛争の最前線だった。霧の中で道に迷ったボスニア兵たちは、気づかぬうちの敵陣の中に入り込み、セルビア軍の攻撃で初めて状況を把握する。ただ一人の生存者、チキ。どうにか塹壕にたどり着き、身を隠すものの、そこはボスニアとセルビアの中間地帯。そこにセルビア軍新兵の二ノと老兵士の二人がやって来て、ボスニア兵の遺体の下に地雷を仕掛ける。引き上げようとする彼らを、隠れていたチキが撃つ。老兵士が死に、二ノは負傷。睨み合うチキとニノ。遺体だとばかり思っていたボスニア兵が意識を取りもどすのだが、少しでも体を動かせば仕掛けた地雷が…。ここはボスニアとセルビアの中間地帯、「ノー・マンズ・ランド」である。

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映像による叙事詩の傑作
ユリシーズの瞳
監督:テオ・アンゲロプロス  1995年・仏/伊/ギリシャ 177分

アメリカから故郷のギリシャに帰ったひとりの映画監督が、アルバニア、ルーマニア、サラエヴォへと旅する。バルカン半島最初の映画であるマナキス兄弟の幻のフィルムを探し求めて…。現在のサラエヴォ、子ども時代の回想、マナキス兄弟の記憶…、戦火をくぐり抜けながら、引き倒されたレーニン像とともにドナウ河を下る姿は映画の主人公か、それとも監督自身なのか。時空を超えたワンカットはアンゲロプーロス得意の長回しだ。視界を遮るような濃霧…、これもまたアンゲロプーロスの十八番。その中で銃声が響く。最後に目にする幻のフィルムとは…。

カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した巨編、映像による叙事詩である。『旅芸人の記録』など、傑作ばかりのアンゲロプーロスゆえ、これが最高の作品とは言わないが、彼の代表作のひとつであることは間違いない。

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心の傷、不寛容な社会
サラエボ、希望の街角
監督:ヤスミラ・ジュバニッチ  2010年・ボスニア・ヘルツェゴヴィナ/オーストリア/独/クロアチア 104分

旧ユーゴ内戦から10余年が過ぎたボスニア・ヘルツェゴビナ。復興が進む首都サラエボに暮らすルナ。目の前で両親を殺されるという過酷な経験を引きずりながらも、今はキャビン・アテンダントとして働いている。恋人アマルの飲酒癖と、子どもが欲しいのに妊娠できずにいることが当面の悩み。そんな中、勤務中の飲酒がバレてアマルが停職に。たまたま再会した旧友から仕事を斡旋してもらえたのだが、その男がイスラム原理主義者だったことから、アマル自身もそちらに傾倒していく…。『サラエボの花』のヤスミラ・ジュバニッチが、内戦による心の傷を抱えた男女の愛を描く。異なる民族や宗教が共存していた旧サラエボが、対立そして内戦を経た後、社会に不寛容がはびこる社会へと変貌。困難に立ち向かうヒロインの姿を繊細に綴っている。

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NATOと米のマッチポンプ
NATOの標的:ユーゴ“空爆”の実態
2000年・米 30分

旧ユーゴ内戦とは何だったのか。民族の分断を引き起こしたのは誰か。アルバニア系住民の保護という名目で“人道的介入”をしたNATOとアメリカだが、元司法長官ラムゼイ・クラークが率いる国際行動センター調査団が現地で目にしたものは、民間施設への無差別爆撃、殺傷力の高いクラスター爆弾による犠牲者たちだった。コソボは新兵器の実験場とされたではないのか?

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生きる場所とは…
アトランティス
監督:ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ  2019年・ウクライナ 109分

ロシアの侵攻によって始まった戦争が終結してから一年後のこと。ウクライナ東部を舞台に、PTSDに苦しむ元兵士の孤独な男が、兵士の遺体発掘、回収のボランティアに従事する女性との出会いをきっかけに、再び生きる意味を問い直していく。近未来の人間と社会を静謐に描くSFドラマ。

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癒えることのない心の傷
リフレクション
監督:ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ  2021年・ウクライナ 126分

2014年のロシアによるクリミア侵攻。前線で捕虜となり、壮絶な拷問を受けた外科医の男が、平穏な時が流れる首都キーウに帰還した。娘と過ごす日常の中において、戦地で経験した悪夢がよみがえる。癒えることのない心の傷を抱え、重くのしかかってくる苦悩の日々を静かに見つめる。

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世界から戦争がなくならない理由
ロード・オブ・ウォー
監督:アンドリュー・ニコル  2005年・米 122分

ソ連崩壊前のウクライナに生まれ、少年時代に家族とともにアメリカに渡ったユーリー・オルロフ。ニューヨークでレストラン稼業を営む両親を手伝うのだが、ある時、ギャング間の銃撃戦を目撃してしまう。武器ビジネスがあることを知った彼は、弟と武器売買の事業を始めるのだった。世界には5億5千万丁の銃がある。ざっと12人に1丁の計算だ。では残りの11人にも買わせよう。救助ヘリの名目で売られる軍用ヘリ…。危険と隣り合わせの裏社会だが、持って生まれた才覚だったのか、瞬く間に世界有数の武器商人へと成長。しかし、彼を追うインターポールの刑事がいた。

「史上最強の武器商人」と呼ばれた実在の人物を、時にシニカル、あるいは狂言回しとして描きながら、彼を取り巻く米・ソ・中という武器大国の存在、その頂点に立つ合衆国大統領の役割を再確認させてくれる。この映画の制作に当たって、米国資本はゼロ。資金調達に苦労したということからも、世界から戦争がなくならない理由と米国の関与がわかる。

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政府も大企業も陰謀だらけ
シリアナ
監督:スティーヴン・ギャガン  2005年・米 128分

舞台は中東のとある小国。引退を決意したCIA工作員のボブ・バーンズに最後の極秘指令が下される。ワシントンの大手法律事務所で働く弁護士のベネットは、アメリカの巨大石油企業コネックスが絡む大型合併を巡る調査を任される。ジュネーブ在住のエネルギー・アナリストのブライアンは、国の改革に意欲的な王位継承権を持つナシール王子の相談役に抜擢される。パキスタンから出稼ぎに来て、コネックス社の油田で働いていたワシームは突然解雇され、路頭に迷っている。一見なんら接点のない彼らが、石油利権に群がる人々の欲望と、それが生み出す巨大な陰の中で運命を翻弄されていく。元CIA工作員ロバート・ベアによる告発本『CIAは何をしていた?』を下敷きに、経験豊かなCIA工作員の暗躍をドキュメンタリー・タッチで描いたサスペンス・ドラマ。

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血塗られた輝きのダイヤ
ブラッド・ダイヤモンド
監督:エドワード・ズウィック  2006年・米 143分

内戦続くシエラレオネ。家族と慎ましい生活をおくるソロモンだったが、反政府軍の襲撃で家族と別れ別れに。ダイヤモンド採掘場での強制労働で発見した大粒のピンク・ダイヤを、政府軍の攻撃による混乱に紛れて秘密の場所に隠したのだが…。収容先には、ダイヤ密輸で投獄された元傭兵のダニーがいた。ピンク・ダイヤのことを耳にしたダニー、釈放された後でソロモンも出所させ、家族捜しの協力と引き替えにダイヤの所在を明かすよう迫る。その一方、武装組織の資金源“ブラッド・ダイヤモンド”を追う女性ジャーナリストのマディーに対し、情報をエサに、自分たちへの協力を要請。三人はそれぞれ別の思惑を胸に、危険な道を歩み始めるのだが…。

内戦に明け暮れる1990年代のアフリカを舞台にした、ダイヤモンドを巡る野心と運命が交錯するスリリングな冒険ドラマだが、ダイヤ業界の暗部に光を当てた社会的作品でもある。

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私たちは誰と戦い、どこへ向かおうとしているのか
テロリストは誰?
2004年・米 120分

学校では教えない、主要メディアが伝えないこと。米国政府が第三世界に対して仕掛けてきた「数々の戦争と政権転覆の真相」を描いた10本の映像によるオムニバス作品。数々の映像からは、多くの人が知らない驚くべき真実が迫ってくる。そして「国家としてテロを行ってきたのは、実は米国自身なのではないか」という疑問が湧き上がる。アカデミー賞をとったドキュメンタリー映画『嘘まみれのパナマ戦争』も収録。

アメリカの最大の問題は、海外で米軍が本当は何をしているかをアメリカ人自身が知らされていないことにつきる。そう考えたフランク・ドリルは、10本のドキュメンタリー映画を2時間に編集してこのビデオにまとめた。全米でおよそ100万人が観た衝撃のドキュメンタリー集。

<コンテンツ>
1.マーティン・ルーサー・キング Jr.牧師
2.元CIA高官ジョン・ストックウェル
3.影の政府:憲法の危機
4.隠ぺい工作 イラン・コントラ事件の裏で
5.スクール・オブ・ジ・アメリカ 暗殺者学校
6.経済制裁による大量虐殺
7.東チモールの大虐殺
8.嘘まみれのパナマ戦争
9.ラムゼー・クラーク 元米国司法長官
10.ブライアン・ウィルソンの癒し

次の書籍を併読することでより深い理解が得られます。
ジョエル・アンドレアス、『戦争中毒―アメリカが軍国主義を脱け出せない本当の理由 』、合同出版、2002年、ISBN 978-4-7726-0299-0、1,300円。

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11人の怒り、祈り、希望…
11'09"01 セプテンバー11
監督:11人  2002年・仏 134分

2001年9月11日の「米国同時多発テロ」。その真相は、まだ明らかになっていない。様々な隠蔽、歪曲、捏造の存在が、各分野の専門家によって指摘されている。世界中の人々に衝撃を与えた事件を、11人の監督が11分9秒、1フレームという時間枠を使って描く。怒り、祈り、希望…。文化も立ち位置も異なる11人による、完全な「表現の自由」がここにある。

11人の監督

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生きて還ることこそが…
ワールド・トレード・センター
監督:オリヴァー・ストーン  2006年・米 129分

2001年9月11日の早朝、ニューヨーク市港湾警察のジョン・マクローリン巡査部長はいつも通り出勤。署に着いた彼は、部下を集め、「お互いを守り合い、事故のないように」との言葉をかけて送り出したところ、世界貿易センタービルに旅客機が激突する大惨事が発生。港湾警察官たちにも緊急招集がかかる。マクローリンを班長とした救助チームは現場へ急行。あまりの惨状に言葉を失う彼らだったが、新人警官を含む四人が、マクローリンと共にビル内に入ることを志願する。彼らがビルに入った直後、大音響と共にビル全体が崩れ始め…。

オリヴァー・ストーンが、崩壊した世界貿易センタービルの瓦礫の中から奇跡的に生還した二人の港湾警察官の感動の実話を映画化。

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米国史上の最強かつ最凶の副大統領
バイス
監督:アダム・マッケイ  2018年・米 132分

ディック・チェイニー。酒癖が悪く、しがない電気工に甘んじていた若き日の彼を叱咤したのは婚約者のリン(後にロッキード・マーチン社の重役)。政界を目指した彼は、下院議員ドナルド・ラムズフェルド(後にブッシュ政権の国防長官)のもとで政治のイロハを学び、次第に頭角を現わしていく。政界の要職を歴任し、ついにジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領の地位に就く。形だけの役職に過ぎなかった副大統領(バイス・プレジデント)というポストを逆用し、ブッシュ大統領を巧みに操り、権力を自らの元に集中させることで、アメリカと世界を思い通りに動かし始めるのだったが…。

知られざるチェイニーの実像を、9.11同時多発テロからイラク戦争に至るブッシュ政権の内幕とともに描き出す、実録政治&ブラック・コメディ。

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反骨の知識人、ここにあり
チョムスキー 9・11
監督:ジャン・ユンカーマン  2002年・シグロ 74分

9.11とその後の世界の反応は私たちに多くの疑問を生み出した。「同時多発テロは何故起きたのか」、「どうしたらテロをやめさせられるか」、「アメリカの報復もテロではないのか」。これらの問いに対して、チョムスキーは歴史的事実のみを積み上げて私たちに答えます。「それは簡単なことだ」と、知の巨人の日本人へのメッセージ。(商品説明から)

米マサチューセッツ工科大学で教鞭を執るノーム・チョムスキーは、言語学者としてゆるぎない評価を受ける一方、米国政治、とりわけ外交政策を批判的に見る論客として、また行動する知識人として名高い。その彼が、2001年9月11日に起こった同時多発テロ以降のアメリカの姿勢に対して、事実に基づいた鋭い政治評論と発言を展開し、米国内にとどまらず、世界中で注目を集めている。

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「対テロ戦争」の真相
華氏911
監督:マイケル・ムーア  2004年・米 112分

2000年の大統領選挙でアル・ゴアを破りブッシュが第43代アメリカ合衆国大統領に就任した。その翌年の9月11日、ハイジャックされた旅客機によってニューヨークとワシントンが奇襲されるという前代未聞のテロが発生。ブッシュ政権は、オサマ・ビン=ラディンが率いるアル=カイダを実行犯と名指しし、彼らを捕らえるためにアフガニスタン攻撃を開始する。しかし、一向に成果があがらないまま、いつしか戦場はイラクへ…。アル=カイダやアフガニスタンはどうなった?疑問を抱いたマイケル・ムーアは事実をもとに、様々な角度から「対テロ戦争」の真相を明らかにしようと試みるのだが…。

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911の最初の映像
9・11 N.Y.同時多発テロ衝撃の真実
監督:ジュール・ノーデ、ゲデオン・ノーデ、ジェームズ・ハンロン  2002年・米/仏 130分

2001年9月11日の朝、兄弟の映画制作者ジュールとゲデオン・ノーデは、ニューヨーク市消防署の新人についてのドキュメンタリーを撮影中だった。空からの轟音に気づき、ジュールはカメラを頭上へと向けた。それが世界貿易センタービルに最初の旅客機が激突するのをとらえた、唯一の映像となったのである。この運命的な瞬間、ジュールとゲデオンは、我々の時代のもっともショッキングな大事件の目撃者となったのだ。

ノーデ兄弟は、ニューヨーク市消防署員のあとを追って、グラウンド・ゼロの中心へと迫り、そこで何が起こったのかをカメラに収めた。ここに描かれるのは、忘れようのない衝撃的な映像と、本物の英雄たちにささげる賛辞である。彼らは彼らの街に暗雲が立ち込めたとき雄々しく立ち上がって、勇気と思いやりのある行動を示したのだ。(商品説明から)

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あれは本当に「テロ」だったのか?
911ボーイングを捜せ
監督:ウィリアム・ルイス  2004年・米 50分

このドキュメンタリーを制作し、自ら解説しているのはアメリカ・ミズーリ州にある小さなラジオ局『ザ・パワー・アワー』のパーソナリティーを務めるデイヴ・ヴォンクライスト氏。彼も当初は911事件に関する政府発表を何ら疑ってはいませんでした。ある日インターネットで「ペンタゴンに激突したのは旅客機ではない」と主張するサイトに出会いました。「そんなバカな!」。反論を試みようと彼は、ニュース映像、市販のDVD、関連書籍などを集め調査を始めました。しかし、そこに浮かび上がってくるのは不可解な事実の数々…。政府発表は何だったのか?ニュース報道はなんだったのか?

さまざまな疑問を、すでにマスコミや軍が公表した映像・写真をもとに検証していきます。(商品説明から)

独立系ラジオ局パワー・アワーが制作した、「米国中枢同時多発テロ」の謎解きの第一歩となるドキュメンタリー。国防総省に突っ込んだのはボーイング757なのか?世界貿易センタービルに激突した飛行機の腹部に何かが取り付けられている?ビル内で爆発があった?これらの疑問が荒唐無稽なら、当局がそれに対する説明をすればすむことだ。だが、いまだにそれはなされていない。いったい、なぜ?

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これは陰謀論ではない
911の嘘を崩せ
監督:ディラン・エイブリー、コリー・ロウ、ジェイソン・バーマス  2005年・米 82分

『Loose Change』シリーズは、911事件の公式発表に異議を唱えた数々のドキュメンタリーの中でもっとも多くの人に観られ、影響を与えている作品だ。ニューヨークの20代前半の若者3人が制作し、著作権を放棄してネットで無料ダウンロードを奨励している、という点でも話題を集めている。

今まで政府の公式発表を信じていた。しかし、Loose Changeを観てしまったら、考え方を変えざるを得なかった」というアメリカ人に多く出会った。

911事件を理由に始まり、数知れない無実の犠牲者を生みつづけている「対テロ戦争」を終わらせるために、あなたも立ち上がってほしい。(日本語版プロデューサー・きくちゆみ)

「911テロ」と「対テロ戦争」に疑問を抱いた米国の大学生によるドキュメンタリー。既出の映像を題材にして、事件の矛盾を突き、CGによる解説を加え、時系列的に分析を進める。そこから見えてくるものは、政府の公式発表とはおよそ相容れないものだ。公式発表が情緒的で、時に扇情的であるのに対し、こちらは冷静かつ論理的である。

日本は、このまま米国の果てしない「対テロ戦争」に付いて行くことが正しい選択なのか?集団的自衛権を行使して良いのか?敵地攻撃能力?考えようとしないあなたは傍観者ではない。既に共犯者である。

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タワー崩壊は爆発によるもの?
目撃者 911 EYEWITNESS
2006年・米 60分

この作品を亡くなられた方々の思い出と、精神的、肉体的に傷つかれた方々に捧げます。

れは愛国者によって愛国者の為につくられました。

2001年の9月11日の出来事をもう一度見なおすために充分な時間は経ったのでしょうか?

オンラインTVで有名で、インターネット放送の創始者のリチャード・A・シーガルは世界貿易センタービルの崩壊をとらえた。

リックが目撃し撮影した、世界貿易センタービルが崩壊して瓦礫の山になる直前、南タワーの上空でのヘリコプター救助の様子、2つのタワーの崩壊の前に1階付近でいくつもの爆発が観られる様子を確認してください。(商品説明から)

マンハッタン島からハドソン川をはさんだ対岸の町、ホーボーケンのインターネットTVが撮影した世界貿易センター崩壊シーンを、科学的に検証するドキュメンタリーである。物理の法則と整合性がとれない公式発表。火災による鉄骨溶解で、上階を支えきれなくなった下層階が順につぶれていったという説明も、コロンビア大学の地震計が崩壊時に観測した揺れと矛盾し、爆発が原因と考えられる。

日本語版は急いで作られたらしく、字幕や吹き替えの日本語に難があるのが惜しい。たとえば、訳者がテン・コード(日本ではなじみが薄い)を知らないために、消防隊の通信内容がわかりづらいものになっている。字幕や吹き替えの手直しすることで、より良いものになると思う。

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茶番が暴かれるとき…
真実を求める遺族たちの 9/11 Press for Truth
監督:レイ・ノヴォズィエルスキ  2005年・米 84分

あの日から5年。胸が引き裂かれるような悲しみを乗り越え、どこまでも、どこまでも「真実」を追い求める遺族たちがいる。そんな遺族たちが綴るドキュメンタリー映画。

9.11犠牲者の遺族である未亡人女性ら4人は、「ジャージー・ガールズ」と呼ばれ真相究明運動の象徴となっていく。彼女たちのねばり強い活動によってブッシュ大統領は渋々9.11調査委員会設置に署名するが、調査委員会は、大統領府に完全にコントロールされていた。

ドキュメントは、遺族たちの素朴な疑問を解き明かしていく姿を通して、政府首脳がテロを事前に知っており、オサマ・ビンラディンも意図的に泳がされていたという証拠を提示する。(商品説明から)

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911事件の公式説明は真実ではありえない
ZERO:9/11の虚構
監督:フランコ・フラカッシ、フランチェスコ・トレント   2007年・伊 105分

本作品は、イギリスのMercury Mediaが翻訳製作した“ZERO: An Investigation Int

o 9/11”(原作;イタリア語、製作:Telemaco 2007年)に日本語版。2001年に起きた911事件。

『ZERO:9/11の虚構』のテーマは、「911事件の公式説明は真実ではありえない」の一言につきる。米国の作家でオピニオン・リーダーのゴア・ヴィダル、イタリアの作家でノーベル文学賞受賞のダリオ・フォーの解説を軸に、事件目撃者や犠牲者遺族、米国と欧州の学者や知識人、各分野の専門家、軍や警察の関係者等々による数多くの証言で構成されている。

あれから10年たった2011年、事件の首謀者とされたオサマ・ビンラディンが米軍特殊部隊によって殺害され、いかにも事件は一件落着したかのようだ。しかし事件捜査に最高の責任を負うFBIは、現在に至るまで911事件におけるオサマの関与を認めていない。ニューヨーク世界貿易センタービル群の崩壊やペンタゴン襲撃についての公式の説明は、証言され記録された事実とは食い違う。物証が破戒され、記憶が隠され、データは捏造された。

セスナ機すら飛ばせない者たちがアクロバット飛行を行ったことにされた。世界貿易センターの地下にいた清掃員は飛行機激突の前に階下で爆発音を聞き、やけどした人々を助けたが、公式リポートは彼の重要証言に触れていない。米国政府首脳はテロが全く「予測できなかった」と繰り返し強調しているが、実際は、米軍やFBIやCIAは予測どころか、ほぼ同じ筋書きのテロを想定した演習まで行っていた。

世界中の市民がこの米国国家による大嘘を信じ込まされ、「対テロ戦争」や「テロ対策」を押し付けられた。それは、戦場にされた国々を破壊しただけでなく、日本や欧州各国の政治・経済・社会にも深刻な悪影響を延々ともたらし続けている。世界の市民がこの嘘に気付いて911事件の再検証を求め、戦争を終わらせるときまで、911事件と「対テロ戦争」の犠牲者の魂が鎮まることはないだろう。(商品説明から)

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あの出来事の謎を解き明かす設計図
9/11:真実への青写真
監督:ケン・ジェンキンス  2008年・米 58分

このDVDには、AIA(全米建築家協会)所属でサンフランシスコ・ベイ・エリアの建築家リチャード・ゲイジによる2時間用DVD(9/11:BLUEPRINT FOR TRUTH)から、最重要点だけを取り出して日本語版として編集した1時間の短縮版(日本語吹き替え、字幕)が収められています。

多くの視覚的な手段を用いた彼の驚くべきプレゼンテーションは、9.11事件で3つの世界貿易センタービルの全てが爆破解体されたという、犯罪科学上の紛れもない証拠を提示します。

フル・バージョンは英語版で視聴できます。

「911の真実を求める建築家とエンジニア:ARCHITECTS & ENGINEERS for 9/11 Truth」のサイトでは写真や動画を含む数多くの資料がアップされています。

https://www.ae911truth.org/languages/japanese

これまで「世界貿易センターは飛行機激突の衝撃と火災で崩壊した」という公式説明以外の話は、“陰謀論”と呼ばれてきました。本作品をご覧になれば、公式説明こそが事実に基づかない“陰謀論”にすぎないこと、そして911事件は独立した再調査が必要であることに気づくでしょう。(きくちゆみ・日本語版プロデューサー)

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専門家はだまされない
9/11:真実への青写真(英語版)
監督:ケン・ジェンキンス   2008年・米 120分

政府とメディアが名付けた「米国中枢同時多発テロ」という事件。公式発表によれば、ニューヨークの世界貿易センタービル南棟・北棟の崩壊は、アメリカン航空11便およびユナイテッド航空175便の激突によって引き起こされた火災によるものだという。これに疑問を持った建築家とエンジニアたちが集まって検討した結果、第7ビルを含め、ビルの崩壊は爆薬による制御解体であると結論づけられた。映像と採取したサンプルなどを使い、論理的かつ科学的に説明する。

ビルの構造を綿密に調べあげ、警戒厳重な正確な場所に爆薬を設置し、導線を張り巡らせ、飛行機の衝突と呼応するかのように爆破したのがアルカイダということなのか。これらの作業には十分な時間と人間が必要だが、アルカイダはそれほどまでに大きな組織なのか。

真犯人はアルカイダなのか、それとも別の誰かなのか。いずれにせよ、公式発表が欺瞞である以上、再調査すべきだというのが「911の真実を求める建築家とエンジニアである。彼らのサイトでは写真や動画を含む数多くの資料がアップされている。

https://www.ae911truth.org/languages/japanese

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WTC 9/11

これはYouTubeのサイトにあった動画である。この存在に気づいたのは2006年か、それより少し前であった。ということは、YouTubeにアップされたのは、それよりも前ということになる。オリジナル動画は米国で作られたものであろうが、日本語字幕も付けられている。現在、この動画はどうなったのか、残念ながらYouTubeからはなくなってしまったようだ。

この約12分の動画は、2001年9月11日の「米国中枢同時多発テロ」で崩壊した世界貿易センタービルの、崩壊理由について疑問を投げかけている。アメリカン航空とユナイテッド航空のボーイング767型旅客機がビルに突入し、その搭載燃料が燃え、その熱によってビルを支える鉄骨が溶け、パンケーキのように順次下の階を破壊しながら崩壊したという公式発表を、物理、建築の説明によって否定するものだ。つまり、二つのタワーの崩壊は、爆破解体によるものであったと結論づける。それでは、いったい誰が…。その答えは、視聴者自身がえてほしい。

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