別所憲法9条の会HP 《9j音楽ライブラリー》へリンク
アントン・ブルックナー(1824~96年)。彼は信仰心篤いカトリック教徒だったにもかかわらず、俗物の権化とも言えるリヒャルト・ワーグナー(1813~83年)を尊敬し、大きな影響を受けた。影響を受けたのはブルックナーだけではない。当時多くの人がワーグナーの影響を受け、今日もなお多くの人が影響を受け続けている。はたしてワーグナーとは何者だったのか、彼の音楽は何であるのか。
ワーグナーの伝記、彼の音楽に関する著述は数多あるので、興味ある方にはそちらを紐解いていただくとして、私の感ずるところを記しておこうと思う。
ワーグナーといえば楽劇である。オペラ(歌劇)の一様式ではあるが、歌や付随音楽だけでなく、登場人物の言葉、身振りなどの所作、ストーリー展開、舞台装置など、演劇の要素を総合し、物語的な性格を最大化、しかも長大な作品としたところが特徴であろうか。神話や伝説を題材にしたりローマ帝国を舞台にするなど、古典的なギリシャ悲劇のスタイルを思わせたりもする。ロマン派の時代にあっても、この重厚長大さは他に類例を見ない。有名な作品を作曲年順に書き出してみる。
歌劇『リエンツィ』 1837~38年
歌劇『タンホイザー』 1843~45年
歌劇『ローエングリン』 1846~48年
楽劇『ラインの黄金』 1853~54年
楽劇『ヴァルキューレ』 1854~56年
楽劇『ジークフリート』 1856~71年
楽劇『神々の黄昏』 1869~74年
楽劇『トリスタンとイゾルデ』 1857~59年
楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』 1862~67年
舞台神聖祝典劇『パルジファル』 1877~82年
1840年の『リエンツィ』は全5幕で3時間半を越す作品だったが、『さまよえるオランダ人』は2時間半ほどに収められた。1845年の『タンホイザー』になると3時間を少し超え、1848年の『ローエングリン』は3時間半と、再び長時間を要するもになる。このあたりまでは楽劇ではなく歌劇と称していた。
楽劇という呼び名が使われるようになるのは、1853年に着手し1874年に完成した『ニーベルングの指環』からである。これは、序夜『ラインの黄金』、第一夜『ヴァルキューレ』、第二夜『ジークフリート』、第三夜『神々の黄昏』の四部となっており、それぞれ2時間半、4時間、4時間、4時間半と、全編で約15時間にもならんとす大作である。同時期に作られた1859年の『トリスタンとイゾルデ』は4時間、1867年の『ニュルンベルクのマイスタージンガー』も4時間半と、楽劇が様々な芸術的要素を詰め込んだ性格のものであることを表していると言えよう。
ワーグナーは自身の作品を上演するための専用の劇場を、パトロンのバイエルン国王ルートヴィヒⅡ世の援助によって建設した。人を魅了するといえば聞こえが良いが、要は“人たらし”の才能である。彼の楽劇に惹かれる人が多いのは、様々な人の嗜好を見越した上で、「これでもか!」というくらい“引き”を取り込んでいるからであろう。登場人物、物語とそのテーマ、台詞、音楽、誰にとっても必ずお気に入りの箇所、要素が見つかるような仕掛けがなされている。人は自分にとって都合の良いところに神経が行きがちだからだ。そうした大衆の求めを計算し尽くしたところも、まさに“人たらし”の真骨頂と言えよう。
ヒトラーの一番のお気に入りは『ニュルンベルクのマイスタージンガー』だったという。ハッピーエンドで終わるからであろうか。『ローエングリン』の結末は、決してハッピーエンドではなかった。ただ、国王ハインリヒによる「ドイツの国のために、ドイツの剣をとれ!」の台詞が、第三帝国とゲルマン民族の国威発揚のために、あらゆるところで、あらゆる機会に利用されたのは確かである。これを皮肉まじりに描いたのがチャールズ・チャップリン(1889~1977年)の映画『独裁者』だった。
無償の愛だけが救済をもたらすという『さまよえるオランダ人』や『タンホイザー』のテーマは、ヒトラーの信条とは食い違っていたであろうし、神々の世界が崩壊して終わる『ニーベルングの指環』も、彼の目指す世界観とは相容れるものではなかったと思う。ヒトラーもナチスも、つまみ食い的に利用しただけで、丸ごとワーグナーが好きだったわけではなさそうである。
登場人物や事象を示すライト・モティーフの導入は、ベルリオーズの『幻想交響曲』で使われた固定観念の進化形であろうが、今日の映画でもお馴染みだ。『スター・ウォーズ』や『インディ・ジョーンズ』の映画音楽を担当したジョン・ウィリアムズ(1932年~)も、しっかりこの手法を踏襲している。ジョージ・ルーカス(1944年~)の『スター・ウォーズ』という作品自体もそうだが、レイア姫のテーマとかフォースを表す音楽など、ジョン・ウィリアムズがワーグナーの音楽スタイルを受け継ぐ者と目される所以だ。
なにしろ〈ワグネリアン〉などという呼び名もあるくらいだから、現代人もみごとに“たらし込まれている”と言えよう。バルザックを「偉大な俗物」と呼ぶ人がいたが、ワーグナーもまさに音楽界のそれである。
何を隠そう、私もまさにそのひとりだったのだ。私がワーグナー作品に惹かれたのは、ゲルマン伝説的なものより、エッダやアイスランド・サガなどの北欧神話、アーサー王と円卓の騎士の物語を彩るコーンウォールとブルターニュ半島の関係に興味があったからである。バイロイト音楽祭のライブを含め、何種類ものレコード、総譜を買い求めたりもした。高尚なワグネリアンなどではなく、ただの“ワーグナーおたく”でしかなかったのだが。
ワーグナーの楽劇にワクワクし、あれほどまで繰り返し聴いた音楽ではあったが、いつしか思いが薄れていくのを感じるようになった。元ネタの神話や伝説をそのまま演劇化するわけにはいかない。芸術に換骨奪胎はつきものである。部分の抽出、継ぎ接ぎはやむをえないことである。しかし、視聴覚を伴わない文学では、想像力が制限されない分だけ、読み手の力によって無限に深遠化が可能である。文字で読んだエッダやサガの方がはるかにスケールが大きく、また深いものに感じられたのである。どのような作品にも作者の主張はあるのだが、ワーグナーのそれはやや片面的であり、押しつけがましさもある。
「ワーグナーの音楽は人を酔わせる」。そのような言い方をされたりするが、それは余計な詮索をまじえず、あるがまま受け止め、あるいは気に入った箇所だけに熱中できる場合に限られるのではなかろうか。様々な解釈を試み、思考を醸成させたりすると、むしろ「人を惑わす」ものとなっていく。理性や論理ではなく情緒への直接的な訴求、ワーグナーの音楽にはそういう指向性があるように思う。
作り手と受け手のせめぎ合いであるが、ナチスはこの「人を酔わせる」面を最大限に利用したと言えよう。もちろん、そこにはプロパガンダ、教育やメディアへの介入との連携があってこそのものだったのだが…。芸術は人に力を与えるものであるが、気をつけないと誘導され利用されてしまう危険が常に伴う。ワーグナーの音楽に触れるときは心したいものだ。
::: C D :::
ワーグナーの楽劇を通しで聴くのは大変だし、そもそも舞台あっての音楽というか、総合芸術としての作品だから、劇場に足を運ぶのが正統というものである。ワーグナーの音楽がどんなものかを知るためであれば、よく知られた序曲とか前奏曲を聴けば十分なのではあるまいか。それで物足りなさを感じるようなら、その時あらためて全曲に当たるなり、観劇に行くなりしたら良いだろう。
1)カラヤン盤 ①

1.歌劇『タンホイザー』序曲(パリ版)
2.歌劇『タンホイザー』ヴェーヌスベルクの音楽(パリ版)
3.歌劇『ローエングリン』第1幕への前奏曲
4.楽劇『トリスタンとイゾルデ』第1幕への前奏曲と愛の死
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1974年
2)カラヤン盤 ②

1.楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲
2.歌劇『さまよえるオランダ人』序曲
3.歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲
4.舞台神聖劇『パルジファル』第1幕への前奏曲
5.舞台神聖劇『パルジファル』第3幕への前奏曲
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1974年
まずはベルベルト・フォン・カラヤン(1908~89年)の二枚の管弦楽曲集。ワーグナーを得意にし、『タンホイザー』以外の主要作品はすべて録音しているだけあって、ベルリン・フィルとの関係が最も良好だったこの時代の演奏には、そのエッセンスが凝縮されている。荒々しいまでの『さまよえるオランダ人』、『タンホイザー』の壮麗さ、陶酔的で美しい『トリスタンとイゾルデ』、カラヤンとベルリン・フィルが残した膨大な録音の中でもとりわけ印象的なものとなっている。
3)ショルティ盤

1.歌劇『リエンツィ』序曲
2.歌劇『さまよえるオランダ人』序曲
3.歌劇『タンホイザー』序曲
4.歌劇『タンホイザー』バッカナール
指揮:ゲオルク・ショルティ
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1961年
ワーグナー演奏でゲオルク・ショルティ(1912~97年)とウィーン・フィルの演奏を外すわけにはいかないだろう。なにしろ史上初めて『ニーベルンクの指輪』四部作全曲のスタジオ録音を完成したコンビなのだから。それとほぼ同じ時期に録音されたのがこのアルバムである。溌剌としたパワーに満ちた『さまよえるオランダ人』と『タンホイザー』の序曲は特に素晴らしい。後にシカゴ交響楽団を起用し、さらにパワフルなワーグナーを聴かせてくれたが、ウィーン・フィルの響きの方が厚みを感じられる。
4)クナッパーツブッシュ盤

1.楽劇『神々の黄昏』
夜明けとジークフリートのラインへの旅
2.楽劇『神々の黄昏』
ジークフリートの葬送行進曲
3.舞台神聖劇『パルジファル』
クンドリの語り「幼な子のあなたが母の胸に」
キルステン・フラグスタート(ソプラノ)
4.楽劇『ワルキューレ』
「さようなら、勇ましいわが子」~魔の炎の音楽
ジョージ・ロンドン(バス)
5.楽劇『トリスタンとイゾルデ』
第1幕への前奏曲
6.楽劇『トリスタンとイゾルデ』
イゾルデの愛の死「優しくかすかなほほえみ」
ビルギット・ニルソン(ソプラノ)
指揮:ハンス・クナッパーツブッシュ
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1956年(1-3)、1958年(4)、1959年(5-6)
ハンス・クナッパーツブッシュ(1888~1965年)のワーグナーは特別である。豪華、繊細、迫力、緻密、渋さ…、たぶんどれも違う。あえて言葉で言い表すとすれば“巨大”であろうか。ワーグナー作品を振らせて、この人ほど大きなスケールの演奏を聴かせてくれる人はいない。それくらい圧倒的な存在感がある。
デッカ・レコードのプロデューサーだったジョン・カルショー(1924~80年)は、当初、クナッパーツブッシュとウィーン・フィルの組み合わせで『ニーベルンクの指輪』の全曲録音を目論んでいた。ところが、『ワルキューレ』の第1幕を収録した時点で頓挫。レコードなるものへの不信感、スタジオ録音につきものの練習が嫌いだった、楽団員や歌手のミスに不寛容…、いろいろ取り沙汰されるが、真相はわからない。やむなくカルショーはショルティに鞍替えしたということなのだろう。
常連だったバイロイト音楽祭では素晴らしい演奏をしており、録音も残されているが、いかんせん当時のライブ収録技術が未熟なため、あまり良い音とは言えない。例外は1962年の『パルジファル』であろうか。その点、このアルバムはデッカの優れた録音技術と相まって、ワーグナー好き、クナッパーツブッシュのファンを満足させてくれるものになっている。また、ワーグナーの女王と謳われたキルステン・フラグスタート(1895~1962年)、圧倒的な声量と煌めくような高音域で最高のワグネリアン・ソプラノと称されたビルギット・ニルソン(1918~2005年)、バイロイト音楽祭のバス・バリトン歌手、ウォータン役で一世を風靡したジョージ・ロンドン(1920~85年)らの歌唱が聴けるのが嬉しい。
(しみずたけと) 2025.7.28
9jブログTOPへ
9j音楽ライブラリーに跳ぶ
リンク先は別所憲法9条の会ホームページ