中島みゆきの「阿檀の木の下で」


 今から50年前の今日、沖縄の施政権が日本に返還された。私たちは「本土復帰」と呼んでいる。しかし、沖縄<日本<米国という二重の支配構造を考えたとき、日本に復帰したことは、はたして沖縄にとって本当に良いことだったのだろうか。二重支配であるがゆえに、住民の声が為政者に届かない、それが沖縄の現実である。

 もし沖縄が米国を構成するひとつの州であったなら、沖縄だけが他州に比べ、かくも大きな基地負担を強いられることはなかったであろう。そんなことが、あの国で許されるはずがない。この仮定は、米国の一州であることが前提であって、グアムなどと同様の信託統治領とかでは成り立たない。それは、横田基地や嘉手納基地のラプコンに支配される東京や沖縄の空を思えばわかるに違いない。日本という国自体が、主権国家を自称しながら、その実、米国の属国または属領の地位に甘んじているのだから。

 内地の人は沖縄の「本土復帰」を祝い、沖縄の人もまた「祖国復帰」を喜んだ…。本当だろうか。沖縄の人にとって、日本は祖国なのか。心の奥底から日本が祖国だと思い、復帰を願っていたのだろうか。本土防衛のための捨て石作戦だった沖縄戦、沖縄を切り離し、本土だけ主権を回復したサンフランシスコ講和条約、二度にわたって沖縄を見捨てた、それが日本である。そのことを後悔も反省もしていないことが、2013年にサンフランシスコ講和条約の発効日を「主権回復の日」と定めたことからもわかる。米国政府の顔色をうかがうことを優先する日本政府が、悪徳代理人のごとく、沖縄に無理難題を押しつけている、私にはそのようにしか見えないのだ。

 沖縄については、《ジンタで歌う「沖縄を返せ」》のところでも書いた。NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』で、今また沖縄が話題になっている。少し前は、2001年の『ちゅらさん』だった。沖縄出身の俳優の活躍のおかげでもある。しかし、音楽の世界に目を向けると、沖縄のミュージシャンや沖縄を歌った曲は数多いのに、本土の人が手がけた作品は決して多いとはいえない。

 前置きが長くなった。いや、どう考えても長すぎるだろう。【わたしのひとこと】コーナーならともかく、【9j音楽ライブラリー】のために書き始めた文章なのだから。さて、満を持して、中島みゆきに登場してもらう。歌は1996年のアルバム《パラダイス・カフェ》に収録された「阿檀の木の下で」。

 中島みゆき…。日本の歌謡界、ニューミュージック、J-POP、なんと呼ぶべきなのか逡巡するのだが、シンガーソングライターとしても楽曲提供者としても、ビッグ・ネームであることを誰も否定するまい。しかし、このアルバムの題名を聞いて、すぐにピンとくるだろうか。この歌のメロディを、すぐに思い出せるだろうか。「ふられ女の怨み節」とか「女の情念を歌わせたら日本一」というのが通俗的な中島みゆき像だとしたら、これはかなり異質な作品だと受けとる人が多いのではあるまいか。

 前回の《ボブ・ディランの「ハリケーン」》の中で、「日本では、愛を歌った曲は腐るほどあるのに、社会正義を求める歌のなんと少ないことか」、そんなことを書いた。それに対する、自分なりの答えである。そう、愛と社会を等距離で歌う希有なミュージシャン、中島みゆきがいるではないか。この種の歌にこそ、彼女のホンネが表出し、本来の姿が立ち現れる。私にはそう思われてならない。

 歌を聴くなり、歌詞を読むなりすることで見えてくるものがある。ルビにふられた言葉に注意してほしい。寿歌(ほぎうた)とは、単なるお祝いの歌ではない。天皇を祝う歌のことである。戦を「いくさ」と読むのは普通のことだが、軍にもまた「いくさ」という読みがある。

 もともと琉球王国だったのに、いつの間にか天皇をありがたくいただく国に組み込まれた歴史。戦争に敗れ、この島を貢ぎ物として米国に捧げ、それによって支配を免れた本土。その一方で、戦争が終わってなお、軍が優先、言い換えれば軍という仕組みに負けた島。「君が代」か“The Star-Spangled Banner”なのかはわからないが、国歌を「くにうた」と読ませるところなど、詩人・谷川俊太郎をテーマに卒論を書いた中島みゆきならではだ。そして、それは誰も知らないうちに決まった、島の人の意思とは無関係に、遠いところで決められた、およそ民主主義とはかけ離れた事実が淡々と歌われる。一番の終わりには飛行機の爆音が、二番の終わりには砲撃の音が入っている。最後の「見捨てた主(ぬし)」とは、いったい誰?


 ::: CD :::

パラダイス・カフェ(収録曲)

1. 旅人のうた(2nd Version)
2. 伝説
3. 永遠の嘘をついてくれ
4. ALONE, PLEASE
5. それは愛ではない

6. なつかない猫
7. SINGLES BAR
8. 蒼い時代
9. たかが愛
10. 阿檀の木の下で
11. パラダイス・カフェ


(しみずたけと) 2022.5.16

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