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一年前、友が天に召された。友と呼ばせてもらえるほど親しい交わりがあったわけではない。長いつきあいがあったともいえない。もっとふさわしい呼称があればそうしたいところだが、それも思いつかない。だが、記憶が薄れ忘却の彼方に流されてしまわないよう、あえて言葉を与えることで心に刻みつけておきたい。
心のあたたかい、未来への希望をもっていた。そんな人だった。それだけに、あの穏やかな微笑みのかげに、現状に対する怒りと悲しみを胸いっぱいに抱えていたのではあるまいか。それを感じさせないやさしさ人だった。今でも目に浮かぶあの笑みを、私は忘れないだろう。
あの面影とともに思い浮かぶ音楽…。ひとつはフォーレの『パヴァーヌ』。始まりは微かな調べだが、輪郭が徐々に鮮明になり、心にしみ入る。しっとりとしていながら重々しくはない。もうひとつはドリーブの『コッペリア』。快活なリズム、賑やかだが騒々しくはない。あのやわらかな微笑みには、ドイツ的な重厚で真面目一辺倒の音楽より、軽快なフランス音楽の方がふさわしいだろう。虹の橋を渡った先で、私たちを待っていてくれるだろうか。
フォーレ:『パヴァーヌ 』
三大レクイエムで知られるガブリエル・フォーレ(1845~1924年)は、教会オルガニストや合唱指揮者を務め、音楽家としての名声が高まってからは、パリ・マドレーヌ寺院のオルガニストやパリ音楽院の学長という重職にも就いた人である。多忙の合間をぬって作曲をつづけ、数多のピアノ曲、歌曲、室内楽曲などを残した。とりわけ合唱曲や宗教曲である『レクイエム』が知られるのは、教会との関係が密接だったからに違いない。楽器の改良、作曲技法の発達した19世紀後半、多くの作曲家が管弦楽の可能性を追い求める中、彼が管弦楽曲を七曲しか残さなかったのは、これもまた教会音楽とのつながりゆえではなかろうか。
この『パヴァーヌ』は、1886年に管弦楽曲として作曲され、翌年に合唱部分が付け加えられた。合唱曲ともいえるし、管弦楽曲に分類しても間違いではないが、実際に演奏されるときは合唱を伴うことが多いようだ。管弦楽だけでも十分に美しいが、個人的には合唱のある方に心ひかれる。声楽が入ると重々しくなりがちだが、フォーレの音楽にはそうしたことがない。むしろ管弦楽の軽やかさが引き立てられるように感じる。教会の音楽は神への祈り、すなわち言葉だから、オルガン独奏を除けば、歌詞のある方が自然だ。やはりフォーレは教会の人だったのであろう。甘美だが崇高ささえ感じさせる清楚な旋律は“癒やしの作曲家”の名にふさわしい。
この曲はフォーレがパトロンであるエリザベート・グレフュール伯爵夫人(1860~1952年)に献呈し、彼女がブローニュの森で開いた園遊会で初演された。パヴァーヌは王侯貴族たちの舞踏の一様式であるから、踊りを伴っていたはずである。「悩ましい色香を放つ女性と溜息まじりの男性、一組の踊り手が云々」と、作曲した本人がそのようなことを書き残しているが、曲調からは、あまりそれが感じられない。合唱の歌詞はなおさらである。象徴派詩人ロベール・ド・モンテスキュー(1855~1921年)によるものだが、彼の詩は解釈できないものが多いらしく、『パヴァーヌ』につけられたこれも難解だ。表面的な解釈をすると、人間の無力さを歌っているように思えるのだが、誰かフランス語の詩に精通した人が教えてくれないだろうか。管弦楽の編成が小さいのは、会場や伴奏的な性格と無関係ではあるまい。合唱団は姿を見せず、背後から聴かせるといった案配。
< 歌詞 >
S: C’est Lindor ! c’est Tircis ! et c’est tous nos vainqueurs !
Bs: C’est Myrtil, c’est Lydé ! Les reines de nos cœurs !
A: Comme ils sont provocants, comme ils sont fiers toujours !
cho: Comme on ose régner sur nos sorts et nos jours !
T: Faites attention !
Bs: Observez la mesure !
S: Ô la mortelle injure !
T: La cadence est moins lente !
T: Et la chute plus sûre !
A: Nous rabattrons bien leurs caquets !
Bs: Nous serons bientôt leurs laquais !
S+A: Qu’ils sont laids !
T: Chers minois !
S: Qu’ils sont fols !
Bs: Airs coquets !
T: Et c’est toujours de même !
Bs: Et c’est ainsi toujours !
S+A: On s’adore ! On se hait ! On maudit ses amours !
T+Bs: On s’adore !
cho: On se hait !
S: On maudit ses amours !
T: Adieu, Myrtil ! Églé ! Chloé ! Démons moqueurs !
A: Adieu donc et bons jours aux tyrans de nos cœurs !
cho: Et bons jours !
(S=ソプラノ、A=アルト、T=テノール、Bs=バス、cho=合唱)
S: それはランドール!それはティルシス!みな我らが勝ち組!
Bs: それはミルティル!それはリデ!我が心の女王!
A: なんと常ならん反抗、そして高慢!
cho: 我ら自らの運命と日々を司る勇気あり!
T: 気をつけよ!
Bs: 己をわきまえよ!
S: おゝ、なんたる侮辱!
T: 遅々たる進み具合!
T: 滅びはますます確かなり!
T: 滅びはますます確かなり!
A: 奴らの笑いを黙らせてくれよう!
Bs: じきに奴らの軍門に下らん!
S+A: なんたる醜悪!
T: 親愛なる者たちよ!
S: いかれた奴らよ!
Bs: 軽薄な姿
T: そしていつも同じ!
Bs: そしていつもこう!
S+A: 互いに愛し合い!憎み合い!己が愛を呪う!
T+Bs: たたえ合う!
Cho: 憎み合う!
S: 己が愛を呪う!
T: ミルティル、エグレ、クロエ、ふざけた悪魔どもよ、さらばだ!
A: いざさらば、暴君たちによい一日を!
cho: それではごきげんよう!
ドリーブ:バレエ音楽『コッペリア 』
“フランス・バレエ音楽の父”と称されるレオ・ドリーブ(1836~91年)は、迫力よりも優美さを、壮大ではなく繊細な舞台芸術を生み出した。バレエ音楽の『コッペリア』や『シルヴィア』、歌劇『ラクメ』はその代表作である。すばらしい声の持ち主だったらしく、少年の頃からマドレーヌ寺院の聖歌隊に所属していた。オルガン奏者を務めた経歴もあり、多才な人であったといえるだろう。
作品に特徴的な民族舞踊を多用したドリーブだが、『コッペリア』もその例外ではなく、マズルカ、チャールダーシュ、ボレロ、ジーグなどが効果的にちりばめられている。ポーランドの田舎が舞台だから、まったく違和感がない。ポーランドといっても、ここはガリツィア地方。今のウクライナ西部であるのだが…。
主人公の少女は村の人気者スワニルダ。ところが、彼女の婚約者フランツは、窓辺で本を読む謎の少女コッペリアが気になって仕方ない。実は老玩具職人コッペリウス博士が作ったからくり人形なのだが、村人はだれ一人そのことを知らない。二人と人形をまじえた三角関係を軸にした喜劇である。1812年に発表されたドイツの作家エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン(1776~1822年)の小説『砂男』をもとにしているが、原作にコッペリウスなる不気味な人物が登場するものの、内容はかなり違っている。
C D
『パヴァーヌ』は、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズと小澤征爾指揮ボストン交響楽団、どちらにするか迷ったあげく、けっきょく一つに絞りきれず、両方ともとりあげることにした。双方ともメイン・タイトルは有名な『ペレアスとメリザンド』である。マリナー盤のアカデミーは、いつもながらの小編成で澄んだ音。この曲はフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットが各2本、金管もホルンが2本だけなので、小澤盤のボストン響も控えめで繊細な音作りに徹している。こちらには『ペレアスとメリザンド』にソプラノ独唱の「メリザンドの歌」が入っており、2006年に52歳の若さで他界したロレーン・ハントの歌唱を聴くことができる貴重な録音のひとつである。
『コッペリア』といえば、エルネスト・アンセルメが指揮するスイス・ロマンド管弦楽団であろう。バレエ音楽を得意とした彼のタクトからは、舞台上の踊り手の一挙手一投足が目に浮かぶ。緻密で計算され尽くされているのは、数学者でもあったアンセルメらしいところ。観客が求める豪華絢爛さに応えながらも、躍動感にあふれ、踊り手の頭のてっぺん、いや伸ばした指先から爪先までに添わせるかのように神経が行き届いた細やかさで舞台芸術の華を堪能させてくれる。
収 録 曲
1)マリナー盤

1.組曲『ペレアスとメリザンド』作品80
前奏曲
糸を紡ぐ女
シシリエンヌ
メリザンドの死
2.パヴァーヌ 作品50
3.幻想曲 作品79
4.組曲『マスクとベルガマスク』作品112
序曲
メヌエット
ガヴォット
パストラール
指揮:ネヴィル・マリナー
演奏と合唱:アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
独奏:ウィリアム・ベネット(フルート)
録音:1981年
2)小澤征爾盤

1.劇音楽『ペレアスとメリザンド』作品80
前奏曲
糸を紡ぐ女
メリザンドの歌
シシリエンヌ
メリザンドの死
2.夢のあとに 作品7の1
3.パヴァーヌ 作品50
4.チェロ独奏のためのエレジー 作品24
5.組曲『ドリー』作品56
子守歌
ミ・ア・ウ
ドリーのお庭
キティー・ワルツ
愛撫
スペイン舞曲
指揮:小澤征爾
独唱:ロレーン・ハント(ソプラノ)
独奏:ジュールズ・エスキン(チェロ)
合唱:タングルウッド音楽祭合唱団
演奏:ボストン交響楽団
録音:1986年
3)アンセルメ盤

1.バレエ音楽『コッペリア』
〔第1幕〕前奏曲とマズルカ
アンダンテ~ワルツ
チャールダーシュ
〔第2幕〕情景と人形のワルツ
情景~ボレロ
ジーグ
時の踊り
祭りの踊り
ギャロップ~フィナーレ
2.バレエ組曲『シルヴィア』
前奏曲・狩りの女神
間奏曲とゆるやかなワルツ
ピッツィカート
バッカスの行列
指揮:エルネスト・アンセルメ
演奏:スイス・ロマンド管弦楽団
録音:1960年
(しみずたけと) 2024.12.3
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