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ブルックナーの交響曲を「まとめ聴き」した。アントン・ブルックナー(1824~96年)の交響曲は、稿や版が複数ああるせいで、ブルックナー・マニアでないわれわれ一般リスナーにとっては、ただただ複雑怪奇、どれを聴いて良いのやら、何を聴いたら「聴いた」と思えるのか、どうにも困ってしまう。とはいえ、まったく聴かないのもどうかと思うので、定評ある盤を選び出し、第1番から第9番まで聴いてもらったわけである。
なるべく多くの指揮者で、そういう意図であったから、それまでとりあげたセルジュ・チェリビダッケ、ジョージ・セル、エリアフ・インバル、ヘルベルト・ブロムシュテットの四人以外から選んだのだが、あらためて読み直してみると、これまで何回も登場している指揮者が多いことに気づかされる。クラウディオ・アバド、ヘルベルト・フォン・カラヤン、カルロ・マリア・ジュリーニなどは半ば常連みたいなものだし、他の六人もどこかで顔を出している。ブルックナー指揮者はこれだけなのかと問われれば、もちろんそうではない。もっとバラエティーに富んだ人選はできなかったものか、今さらながら思う。
第1番 シモーネ・ヤング(1961年~)
第2番 マレク・ヤノフスキ(1939年~)
第3番 ダニエル・バレンボイム(1942年~)
第4番 カール・ベーム(1894~1981年)
第5番 ギュンター・ヴァント(1912~2002年)
第6番 クリストフ・フォン・ドホナーニ(1929~2025年)
第7番 ロヴロ・フォン・マタチッチ(1899~1985年)
第8番 カール・シューリヒト(1880年~1967年)
第9番 オイゲン・ヨッフム(1902~1987年)
自分の視野の狭さも気になって、新たに九人をあげてみた。驚いたのは、カール・ベームがこれまで一度も登場していなかったこと。私たちの世代にとっては、カラヤン指揮のベルリン・フィルとベーム指揮のウィーン・フィル、どちらが上かなどと大まじめに議論していたくらい大きな存在だったのに…。バレンボイムやヨッフムはブルックナー交響曲全集を一度ならず録音している。ヤノフスキの全集は、スイス・ロマンド管弦楽団という、独墺系とフランス系の両面を併せ持つオーケストラであるのがミソだ。
ヴァントはベートーヴェンやブラームス、ブルックナー等の独墺系音楽を得意とするものの、日本では職人気質の中堅指揮者と見なす人が多く、90年代になるまで注目されずにいたのだが、その後、あれよあれよという間に巨匠の仲間入りに。「人間は死ぬまで成長する生き物である」ことを改めて認識させてくれる好例だ。シューリヒトは正真正銘の巨匠。誰も依存あるまい。マタチッチは何度も日本に来日しているから、生演奏を聴いたことのある人も多いのではなかろうか。
オーストラリア出身のヤングは、おそらく女性で初めてブルックナーの全交響曲を録音した人物だろう。彼女はワーグナーの『ニーベルンクの指輪』も全曲録音している。やはりブルックナーとワーグナーは親和性が高いのだろうか。ドホナーニは、現代におけるブルックナーのスタンダードとも呼べる演奏をしていたが、この9月6日に亡くなった。クリーブランド管弦楽団と録音した『ワルキューレ』を聴いて、ショルティの『ニーベルンクの指輪』を凌駕する全曲録音を期待したのは私だけではあるまい。
これほど多くの指揮者が未登場だったなんて、なんたること!前に選んだ九つの演奏とくらべてみてほしい。
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1)交響曲第1番ハ短調〈リンツ版〉

ドイツは決して大きな国ではないが、それでも南と北ではずいぶん違う。オーケストラも、明るく華やかな雰囲気のミュンヘン・フィルとは対照的に、ハンブルク・フィルの音は厚みとくすみを感じさせる弦楽器の味わいが特徴的だ。ヤングの指揮は、手綱を引きすぎることなく、あたかも馬なりに走らせるかのようにオーケストラを操っている。そのせいなのだろう、音楽の自然な起伏が描き出されているように思う。
指揮:シモーネ・ヤング
演奏:ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2010年
2)交響曲第2番ハ短調〈第2稿キャラガン版〉

スイス・ロマンド管弦楽団は、どちらかといえばフランス的な香りのするオーケストラである。ブルックナーは独墺系の楽団に限るという偏屈なファンのせいで見落とされがちだが、現役の指揮者の中にあって、ヤノフスキはブルックナーを得意とする一人だ。同楽団と交響曲全集を完成させているが、これはその八番目の録音。中庸なテンポと艶やかな音、そのバランスの良さは、まさに熟成が進んだ作品という趣である。
指揮:マレク・ヤノフスキ
演奏:スイス・ロマンド管弦楽団
録音:2012年
3)交響曲第3番ニ短調〈1877年ノヴァーク版〉

バレンボイムはシカゴ交響楽団、シュターツカペレ・ベルリンともブルックナー交響曲全集を制作しているが、これは1995年のライブ録音。ここでは1877年のノヴァーク版を使用し、金管楽器群の圧倒的な響きと木管の清々しい美しさに支えられながらも、それに依存することなく、ベルリン・フィルの機能性を最大限生かし、緻密なアンサンブルと透明で広がりのある響きを作り出している。ワーグナーも得意とするバレンボイムだけあって、この緊張感はライブならではのものだろう。
指揮:ダニエル・バレンボイム
演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1995年
4)交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』〈ノヴァーク版〉

ブルックナーを得意にしたベームだが、ライブやSP時代のものを除けば、録音はウィーン・フィルとの第3、4、7、8番しかない。ウィーン・フィルの音色の美しさを活かしつつ、大きなうねりをシンプルに描きながら、抒情的で艷やかに響かせるスタイルで、とりわけ第3、4番はその白眉だろう。この第4番は、その抒情性と曲想がベームの曲づくりと良く調和している。気品高いトゥッティと落ち着いたカンタービレ、なにもかもがバランスを保っていて実に自然だ。ウィンナ・ホルンのの音色が好きな人にはたまらないだろう。
指揮:カール・ベーム
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1973年
5)交響曲第5番変ロ長調〈原典版〉

ヴァントはこの演奏会の一ヶ月後、あのベルリン・フィルとこの曲を演奏しており、そのライブ録音もあるのだが、それとくらべてもまったくひけをとらないものである。それどころか、ベルリン・フィルの強力すぎる金管楽器群が悪目立ちするのに対し、まろやかな音色で包み込むような弦楽器群のおかげで、ミュンヘン・フィルの響きは神経を過度に刺激しないでくれる。ブルックナーの音楽を求める人にとっては、こちらの方が心地よく聴けるのではないだろうか。
指揮:ギュンター・ヴァント
演奏:ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1995年(ライブ)
6)交響曲第6番イ長調

ブルックナーは独墺系クラシックの中核、だから米国のオーケストラでは…。今なおそうした偏見が払拭されていないのだろう、ドホナーニのブルックナーは非常に高水準であるにもかかわらず、発売時にはほとんど注目されなかったように記憶している。演奏するのは、ジョージ・セルの交響曲第3番でお聴きいただいたクリーブランド管弦楽団。精緻に刻まれたリズムの上を明晰なメロディが流れていく。現代音楽をも得意とするドホナーニらしく、ブルックナーの前衛的な側面を垣間見せてくれる。カップリングがウェーベルン編曲のJ.S.バッハ『6声のリチェルカーレ』であるところなど“いかにも”である。
指揮:クリストフ・フォン・ドホナーニ
演奏:クリーブランド管弦楽団
録音:1991年
7)交響曲第7番ホ長調

おそらく第7番は、第4番に次いで人気の交響曲だろう。演奏会でもしばしば取り上げられる。その中にあって、これほど感情移入の濃い演奏は少ないと思われる。情熱的でスケールが大きく、振幅の大きなカンタービレなど、引き締まった古典派のベートーヴェンや、ロマン派に属しながらもベートーヴェンの継承者であるブラームスとは一線を画す、まさにど真ん中のロマン派といった感がある。音楽に躍動性や緊張感を求める人、あっさり好みの現代人だと、少しばかり胃もたれするかもしれないが…。
指揮:ロヴロ・フォン・マタチッチ
演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1967年
8)交響曲第8番ハ短調〈1890年改訂版〉

シューリヒトは正真正銘の巨匠。それなのに知る人は決して多くない。亡くなって既に半世紀以上、現役ではないのだから仕方ないともいえるが、それなら往年の指揮者はみな同じだ。知名度が低いのは録音が少ないからにほかならない。鬼籍にある人の演奏を聴くにはそれしかないのだから。ところが近年、放送用に録音されたものが見つかってCD化され、現代に生きる私たちも聴くことができるようになったのは嬉しいことだ。この第8番は、大手レコード会社によるもので、彼の代表的演奏として以前から高く評価されていたものである。精緻だが恣意的なところは一切なく、すべてが自然。この泰然自若したところがブルックナーらしさだと思えてくる。
指揮:カール・シューリヒト
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1963年
9)交響曲第9番ニ短調〈ノヴァーク版〉

国際ブルックナー協会の会長を務めたヨッフム。交響曲全曲を録音したのは彼が初めてであった。今日のブルックナーの隆盛は、ヨッフムあってこそであろう。彼による第9番の演奏は、二つの全集とそれ以外にもいくつかあるが、統一ドイツになる前のシュターツカペレ・ドレスデンの響きは忘れがたいものだ。華やというよりは素朴、やわらかで重厚。ヨッフムの指揮に衒いはなく、まさに自然体。未完に終わったこの曲には実に相応しい演奏だと思う。
指揮:オイゲン・ヨッフム
演奏:シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1978年
(しみずたけと) 2025.9.30
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