クリスマスが過ぎ、まもなく2022年の幕がおりる。様々なことに満ち満ちた一年であった。嬉しい知らせよりも辛く悲しい出来事の方が多かったように思う。今年の漢字は「戦」らしいが、2022年を象徴するという意味なら「怒」とか「呆」の方がより相応しいと思うのだが…。
さて、除夜の鐘はどのような音を響かせるのだろうか。前回は英国の教会の鐘をとりあげた。そのつながりで、鐘の表題を持つセルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943年)の合唱交響曲『鐘』を、今年度最後の曲としてとりあげることにしよう。
1912年の夏、差出人名を伏せた一通の手紙がラフマニノフのもとへ…。詩が添えられていた。推理小説で有名なアメリカの作家エドガー・アラン・ポー(1809~49年)が死の年に書いた詩“The Bells”のロシア語訳である。訳したのはロシアの象徴主義詩人コンスタンチン・バリモント(1867~1942年)。これに深く感銘した彼は、声楽をまじえた交響曲の構想を抱き、翌年、これを完成させた。
ラフマニノフは、指揮者ベルンハルト・リーゼマン(1880~1934年)に、「私は同封の詩を読み、これを四楽章の交響曲に利用することにしました」という手紙を送っているのだが、その一方で、スコアには「独唱、合唱、管弦楽のための詩」の副題が添えられている。実際、交響曲と言うよりは、声楽をまじえた四つの連作交響詩あるいは交響組曲のように思える。この曲を含め、ラフマニノフは管弦楽と声楽を組み合わせた三つの作品を残しているが、レコード店ではどれも声楽曲の棚に置かれていることが多い。
第1楽章は、疾走する橇(そり)の姿を銀の鈴で象徴的に描く。「ほら、橇が列をなして走っていくよ。鈴が鳴っているよ」と、テノール独唱が明るい青春の憧れと輝く希望を歌いあげる。
第2楽章では、遅めのテンポのソプラノ独唱による「ほら、聖なる黄金の鐘が婚礼へと呼んでいる」が、幸福な結婚の華麗な儀式を叙情的に歌う。
第3楽章は銅の鐘である。独唱はなく、おどろおどろしい弦楽のスケルツォをバックに、時代のうねり、変動に対する怖れと不安をかき立てるような、ざわざわとした合唱。火災、それとも戦(いくさ)の警鐘のようにも聴こえる。
第4楽章は、弔いの悲しみと永遠の別れを告げる鉄の鐘。弦楽とホルンによる単調な和音、イングリッシュホルンの悲しげな旋律のあと、バリトン独唱がつぶやくように「葬儀の鐘が聞こえる」と歌う。合唱が、同じフレーズを唱えるようにくり返す。荘重な響きの中、寂寥感とともに、永遠の眠りによってもたらされる心の平安が表され、ラフマニノフらしくメランコリーに満ちた響きの中で全曲を閉じる。
※日本語では、猫の首輪についているような小さいものを鈴と呼ぶが、英語では鈴も鐘も“bell”である。
::: CD :::
1)アシュケナージ盤
演奏の充実度もさることながら、この曲がウィレム・メンゲルベルクとアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団に捧げられたものであるということからも、真っ先にあげたくなるディスクである。
収録曲
1.合唱交響曲『鐘』作品35
2.3つのロシアの歌 作品41
独唱:ナタリア・トロイツカヤ(ソプラノ)
リザード・カルツィコフスキー(テノール)
トム・クラウゼ(バリトン)
合唱:アムステルダム・コンセルトヘボウ合唱団
指揮:ウラディーミル・アシュケナージ
演奏:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1984年
2)オーマンディ盤
こちらは英語で歌われているところがミソ。ポーの詩はもともと英語なのだから、不自然さは感じられない。カップリングの交響曲第2番、アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915年)の二つの交響曲も素晴らしい。
収録曲
1.セルゲイ・ラフマニノフ
交響曲第2番ホ短調 作品27
2.アレクサンドル・スクリャービン
交響曲第4番『法悦の詩』作品54
3.合唱交響曲『鐘』作品35[英語歌唱]
4.3つのロシアの歌 作品41[英語歌唱]
5.アレクサンドル・スクリャービン
交響曲第5番『プロメテ ― 火の詩』作品60
独唱:ジョージ・シャーリー(テノール)
フィリス・カーティン(ソプラノ)
マイケル・デヴリン(バリトン)
合唱:テンプル大学合唱団
指揮:ユージン・オーマンディ
演奏:フィラデルフィア管弦楽団
録音:1973年
(しみずたけと) 2022.12.28
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