猛暑である。窓を開けたらアスファルトの上を渡ってくる熱風が入ってきた。日本はいよいよ熱帯になったのか。せめて気持ちだけでも涼しくなりたいものだ。カーテンを閉め、日差しを遮ったら、少しマシになった。冷房を弱くかけ、薄暗くなった部屋に音楽でも流すとするか。そうだ、アイリッシュ・ミュージックだ!
ケルト色の濃いアイルランドの人々は音楽好きだ。彼ら・彼女らの音楽は、アイルランド独自の音楽に加え、スコットランドやイングランドの音楽の影響を受け、アメリカのフォークやカントリー・ミュージックに影響を与えながら、また逆に影響を受けるなどして今日に至っている。アイルランド伝統のハープ、そう、ギネス・ビールのロゴにもなっているあれだ、それにブズーキ、フィドル(ヴァイオリン)やギターに加え、バンジョーが使われたりするところなど、まさにそれだろう。独自性を保ちながら、多様性を受け入れる。マルチカルチュアリズム(多文化主義)の典型かもしれない。いま世界が必要としている精神を感じないか?そう思うと、なにやら熱いものがこみ上げてくる。
伝承の詩や物語を題材にしたり、踊りの伴奏だったりと、「聴いて覚えて伝える」ことで受け継がれてきたせいか、同じ歌や曲であるのに微妙に違っていたりして実に面白い。
1988年、ドニゴールの音楽一家に生まれたエンヤの「オリノコ・フロウ」が世界的に大ヒットした。ケルトをはじめとした民族音楽、教会音楽、クラシックの要素を取り入れ、多重録音を駆使した斬新でやわらかな音作りがマッチしたのか、ヒーリング系のテレビ番組でもしばしば使われた。どこのレコード店でも流れていたので、多くの人が記憶しているに違いない。
ゲール語で「入り江の一家」を意味するクラナドは、エンヤがソロ活動を始める前に参加していた家族によるケルト音楽のグループである。リード・ボーカルのモイア・ブレナンはエンヤの実の姉。1985年、U2のボノと共演した「イン・ア・ライフタイム」が話題になり、アイリッシュ・ミュージックが世界的にブレイクするきっかけとなった。
フランキー・ケネディはベルファスト出身なのだが、ドニゴールを旅した折り、そこで優れた歌唱と巧みなフィドル演奏を聴かせるマレード・ニ・ウィニーと出会う。音楽活動を開始した二人は、ブズーキ奏者のキーラン・クランとギター奏者のマーク・ケリーを加え、アルタンのグループ名でスタート。やがて全米ビルボードのヒットチャートに顔を出すなど、アイリッシュ・ミュージックの雄として知られるようになった。
おっと、ザ・チーフタンズを忘れてはいけない。1962年の結成だから、アイリッシュ・ミュージックがわが国で知られるようになるずっと前から活動しているグループである。アイルランドの伝統音楽を軸に、ロック、ポップス、クラシック、世界各地の民族音楽から映画音楽まで、現代的アレンジによってあらゆるジャンルとの融合を図った音作りが特徴だ。しかし、耳を澄ませば、そこにはやはりアイルランドのささやきが聞こえてくる。
ゴールウェイ生まれのドロレス・ケーン。1975年にデ・ダナンというバンドを創設したが、80年代の終わりにはソロ活動へと移行する。やや低くて暗めのトーン、深くメロディアスな歌唱がことのほかアイルランドの歌に良く合う。世界で活躍するようになってからは様々なスタイルを歌い分けるようになったが、98年のアルバム《ナイト・オウル》では伝統的なアイルランド音楽に立ち返っている。ケン・ローチの映画の題名にもなった「麦の穂をゆらす風」が収録されているのもうれしい。
ダブリン出身のメアリー・ブラックもまた音楽一家の生まれである。ソロ活動に移行する前はブラック・ファミリーの一員として歌っていた。家族のつながりが強いのか、音楽が家族を結びつけているのか、なにか沖縄を思い出さずにはいられない。その歌唱力とピュアな声の質から、アイルランドを代表する女性歌手の一人と目されている。
ふと思った。はたしてアイルランドの音楽は涼やかだろうか。現代的なアレンジを施しても、ロックやポップスの要素を取り入れても、彼ら・彼女らの音楽には伝統的なサウンドやリズム、物語が地下水脈のように流れている。
オリヴァー・クロムウェルがアイルランドを併合したのが1649年。大英帝国が成立するより前、世界支配に乗り出す最初の一歩がアイルランドの植民地化であった。それから300年、アイルランドの言葉や宗教、伝統文化は踏みつけにされてきたのである。アイリッシュ・ミュージックの継承は、ゲール語復活の試みと併せ、喪われた時を取り戻す闘いであり、イングランドに対する抵抗という側面を感じさせるものだ。アイルランドの音楽は、涼しいどころか熱い、実に熱い!こみ上げてきた熱いものの正体がわかった気がする。
そこで思い出すのが沖縄だ。薩摩藩による侵略、琉球処分から沖縄県の設置、ヤマトとアメリカによる支配。アイルランドとぴたり重なるではないか。歴史だけではない。音楽を含む独自の伝統文化、歌って踊るのが好きという民族性も似ている。アイルランドがますます身近に感じられてくる。もう涼んでなどいられない!
CD 1 : エンヤ《ウォーターマーク》

1. Watermark
2. Cursum Perficio
3. On Your Shore
4. Storms in Africa
5. Exile
6. Miss Clare Remembers
7. Orinoco Flow
8. Evening Falls
9. River
10. The Longships
11. Na Laetha Geal M’óige
CD2: クラナド《パースト・プレゼント》

1. Theme from Harry’s Game
2. Closer to Your Heart
3. Almost Seems (Too Late To Turn)
4. The Hunter
5. Lady Marian
6. Sirius
7. Coinleach Ghlas An Fhómhair
8. Second Nature
9. World Of Difference
10. In A Lifetime
11. Robin (The Hooded Man)
12. Something to Believe In
13. Newgrange
14. Buachaill Ón Éirne
15. White Fool
16. Stepping Stone
CD 3 : アルタン《ヴォイス・オブ・アルタン》

1. Bríd Óg Nimháille
2. Dúlamán
3. The Lass of Glenshee
4. Tommy Peaples, The Windmill, Fintan Mcmanus’s
5. Amhrán: Inío a’ Bhaoghailligh
6. Inis Dhún Rámha
7. Pretty Peg, New Ship’s sailing, The Birds Nest, The Man From Bundoran
8. A Nobleman’s Wedding
9. Dobbin’s Flowery Vale
10. Moll Dubh A’ghleanna
11. Mo Choill
12. The Flower Of Magherally
13. Humours of Andytown, Kylebrack Rambler, The Gladstone
14. An Mhaighdean Mhara
15. The Jug of Punch
16. Mallaí Chroch Shlí
CD4: ザ・チーフタンズ《ケルティック・ハープ》

1. Mac Allistum’s March – Máirseail Alasdroim
2. Tribute to Bunting
3. The Party of Friends/Kerry Fling
4. Planxty Burting
5. Madame Cole
6. The Blackbird
7. Táimse ‘im Chodladh
8. Sonny Brogan’s Mazurkas
9. The Wild Geese
10. The Green Fields of America
11. Carolan’s Concerto
12. The Lament for Limerick
CD5: ドロレス・ケーン《ナイト・オウル》

1. Dangerous Dance
2. The Wind That Shakes the Barley
3. New Deal
4. The Banks of the Nile
5. Dunlavin Green
6. Ballyroan
7. Aileen’s Lament
8. Fare Thee Well a Stór
9. The Forger’s Farewell
10. José
11. Make Me Want to Stay
12. The Night Owl (Homeward Turns)
CD6: メアリー・ブラック《ルッキング・バック》

1. Soul Sister
2. No Frontiers
3. Summer Sent You
4. Columbus
5. Adam at The Window
6. Bright Blue Rose
7. Looking Forward
8. Only A Woman’s Heart
9. Vanities
10. The Loving Time
11. Carolina Rua
12. Ellis Island
(しみずたけと) 2024.8.10
9j音楽ライブラリーに跳ぶ
リンク先は別所憲法9条の会ホームページ