沼地の兵士の歌

前に L’hymne des femmes という歌を紹介しました。日本では歌われないのか、邦題が見つかりません。直訳すると「女性の賛歌」となりますが、ぜんぜん詩的な響きがしないので、誰か素敵なタイトルを考えてくれませんかね。

1971年3月、女性解放運動(MLF)の中で作られた歌であることは、既に記したとおりです。パリの Les Petites Marguerites ―小さなヒナギク―という活動グループのメンバーたちによる作詞ですが、実はこの歌には元歌があって、そちらの方はより深刻で暗い内容でした。ナチスの労働キャンプで生まれた Die Moorsoldaten ―「ムーア兵の歌」というドイツ語の歌です。

ジョリー・モーム L’hymne des femmes 「女たちよ、たちあがれ。鎖を解き放て」

ユダヤ人絶滅を目的とした、アウシュヴィッツに代表される絶滅収容所とは別に、社会主義者や共産主義者、労働組合員、ジャーナリスト、教師、芸術家など、ナチスの思想や政策に反対する人たちもまた、強制労働キャンプに送られました。この歌は、そのひとつである、オランダとの国境にほど近いエムズ川の流域、ニーダーザクセン州エムズラントのボーガームーア収容所の囚人によって作られたのです。

ムーア(ドイツ語での発音はモーアに近い)は湿地や沼を指す言葉ですが、パペンブルクの町の中心から南東へ10km足らず、地図を見ると収容所のあったあたりには沼や湿地が多いことがわかります。そうした場所での労働を目的とした収容所でした。私たちには「ムーア兵の歌」よりも「沼地の兵士の歌」の方が理解しやすいかもしれません。現在、ここは自動車のテストコースになっています。ちなみに、エムズ川を下っていくと、そこはエムデン。昔は造船の町として栄えましたが、今は大きなコンテナターミナルを有する貿易港と風力発電機の製造に産業をシフトしています。

収容所では、既存の政治的な歌は禁止されていたので、囚人らは自分たちで歌を作っていました。この歌は、ルールの鉱山労働者でプロレタリア詩人だったヨハン・エッサー(1896-1971)の詩に、ルドルフ・ゴゲル(1908-76)が曲をつけたもの。1933年8月27日、元ゾーリンゲン労働者合唱協会のメンバーを中心にした16人により、収容所内で初演されました。後に俳優で監督のヴォルフガンク・ランホフ(1901-66)が劇的な効果をねらって、いくつかの節を書き直しています。


「沼地の兵士の歌」 
Die Moorsoldaten

ハーネス・ヴァーダー Hannes Wader が歌う。

「沼地の兵士の歌」 ドイツ語版 Die Moorsoldaten ドイツのプロテスト・シンガーのハーネス・ヴァ―ダーが歌う。
ここには絶滅収容所の写真が多く示されています。

ドイツ語歌詞と和訳へはここから跳べます。


スペイン内戦では、反ファシズムの歌として、人民戦線の賛歌になりました。ファシズムに反対する人たちが世界中から集まって組織した国際旅団があったことから、この歌は各国の言葉になって広がっていきます。フランス語の Le Chant des marais ―「沼地の歌」は、第二次大戦ではフランス軍の歌となり、英語の Peat Bog Soldiers ―直訳すると「泥炭湿原の兵士」なども作られました。

「沼地の兵士の歌」
Die Moorsoldaten

 ピート・シーガーが歌う(ライブ演奏)。英語歌詞も。

なつかしいピート・シーガーの歌声です。ドイツ語で歌い始め、「2週間前、2万人集まったマジソンスクウェア・ガーデンで、多くの人がドイツ語で一緒に歌うのを聞いて驚きました。でも、英語の歌詞もありますよ。」と言って、英語の歌詞をはさみます。この動画では当時のエムスラントの収容所の空撮と所在がわかる地図を見ることができます。この地図はこのページのもう少し下の方にも同じものを掲載しています。 (サイト編集者)

エムスラントの地図へ跳びます。


「沼地の兵士の歌」
The Peat Bog Soldiers

ポール・ロブスン Paul Robeson が歌う。

「沼地の兵士の歌」 英語版  Peat Bog Soldiers
アメリカ人で、バスバリトンのオペラ歌手、作家、公民権活動家のポール・ロブスンが歌う。

英語の歌詞へはここから跳べます。


「沼地の歌」
Le Chant des Marais

フランス軍パラシュート部隊の合唱

「沼地の歌」 Le Chant des Marais ,  フランス軍パラシュート部隊の合唱

フランス語の歌詞へはここから跳べます。


追放者たちの歌

20世紀を代表する作曲家、オリヴィエ・メシアン(1908-1992)が1945年、管弦楽と合唱による Chant des déportés, pour chœur mixte et grand orchestre ―「追放者たちの歌」を作曲。長らく失われたものと思われていましたが、1991年になって楽譜が発見され、再び演奏されるようになっています。

「追放者たちの歌」 Chant des déportés, pour chœur mixte et grand orchestre
オリヴィエ・メシアン作曲

エムスラント郡にあった収容所のマップ

ドイツ、エムスラント地方

ドイツ、エムス川の下流域に位置する、Börgermoor ベルガ―モーアはナチスの強制収容所のひとつでした。この地図の左側の赤みがかった太い線はオランダとドイツの国境で、この図の地域はエムスラント郡と呼ばれます。縦に貫く紫色の曲がりくねった線はエムス川です。

図の最上部真ん中に、クリーム色の下地に黒い文字で Papenburg パーペンブルクという町の名が見られます。その幾らか下に 黒地に黄色の文字で Börgermoor (I) と書かれた場所があります。

黒の下地に黄色の文字が書かれている場所にはすべてナチスの収容所がありました。この図では見えにくいのですが、(XV)が最高位の数字のようです。つまり、エムスラントには 15カ所の収容所+司令部があったということでしょう。

これら強制収容所ではスポーツ選手、画家、音楽家、教師、店員、鉄道員など、ナチスに従わなかった人たちが囚人として過酷な労働に従事させられました。

(図の説明はサイト編集者)

ピート・シーガーの動画へ戻ります。


沼地で強制労働に従事させられた収容者たちが禁じられながらも、ひそかに歌った歌です。

沼地の兵士の歌:ドイツ語

Die Moorsoldaten
沼地の兵士の歌

1.
Wohin auch das Auge blicket
Moor und Heide nur ringsum
Vogelsang uns nicht erquickelt
Eichen stehen kahl und krumm
                  
Rerain: (x2)
Wir sind die Moorsoldaten
und ziehen mit dem Spaten
ins Moor

1.
どこを見やろうと
沼地とヒースの野があるばかり
鳥のさえずりを聞いてさえ心は暗く
樫の木々も侘しく立つばかり

(繰り返しフレーズ)
我らは沼の兵士
シャベルを手に進む
沼地へと

2.
Hier in dieser öden Heide
ist das Lager aufgebaut
Wo wir fern von jeder Freude
hinter Stacheldraht verstaut

Rerain: (x2)

2.
この侘しいヒースの野に
収容所はあり
わずかな喜びもなく
有刺鉄線の中に閉じ込められ

(二度繰り返し)

3.
Morgens ziehen die Kolonnen
durch das Moor zur Arbeit hin
Graben bei dem Brand der Sonne
doch zur Heimat steht der Sinn

Rerain: (x2)

3.
朝になれば、我ら、隊列を組んで進む
沼地の労働に
陽が照りつけようとも、ひたすら掘り起こす
ただ、ただ、心はふるさとへ

(二度繰り返し)

4.
Heimwärts, heimwärts jeder sehnet
zu den Eltern, Weib und Kind
Manche Brust ein Seufzer dehnet
weil wir hier gefangen sind 

Rerain:

4.
ふるさとへ、ふるさとへ、誰しも想う
父母の元へ、妻の元へ、子の元へ
ただ、ため息のみ
我ら、囚われの身

(繰り返し)

5.
Auf und nieder geh’n die Posten
keiner, keiner kann hindurch
Flucht wird nur das Leben kosten
Vierfach ist umzäunt die Burg

Rerain: (x2)

5.
監視兵は行きつ戻りつ
かい潜れはしない
逃げれば殺され
幾重にも柵で囲われるこの要塞

(二度繰り返し)

6.
Doch für uns gibt es kein Klagen
ewig kann nicht Winter sein
Einmal werden froh wir sagen
Heimat du bist wieder mein

Rerain II:
Dann ziehn die Moorsoldaten
nicht mehr mit dem Spaten
ins Moor


Rerain II:

6.
嘆きはしない
永遠に冬であるわけはない
喜びの日はきっと来る
ふるさと、今再び

(繰り返しフレーズ II)
その時が来れば、我ら沼地の兵士は
もはや、シャベルを手にはしない
沼地へと

(繰り返し II)

ハーネス・ヴァーダーの動画へ戻る


沼地の兵士の歌 : 英語

沼地の歌:フランス語

Peat Bog Soldiers
Le Chant des Marais

1.
Far and wide as the eye can wander
Heath and bog are everywhere
Not a bird sings out to cheer us
Oaks are standing, gaunt and bare

Refrain (x2):
We are the peat bog soldiers
We are marching with our spades to the bog

1.
Loin vers l’infini s’étendent
De grands prés marécageux
Et là-bas nul oiseau ne chante
Sur les arbres secs et creux

Refrain (x2):
Oh! terre de détresse
Où nous devons sans cesse
Piocher

2.
Up and down the guards are pacing
No one, no one can go through
Flight would mean a sure death facing
Guns and barbed wire block our view

Refrain:

2.
Dans ce camp morne et sauvage
Entouré de murs de fer
Il nous semble vivre en cage
Au milieu d’un grand désert

Refrain:

3.
But for us there is no complaining
Winter will in time be past
One day we shall cry rejoicing
Homeland, dear, you’re mine at last

3.
Bruit des pas et bruit des armes
Sentinelles jour et nuit
Et du sang, des cris, des larmes
La mort pour celui qui fuit

Refrain:

4.
No more the peat bog soldiers
Will march with our spades to the bog
No more the peat bog soldiers
will march with our spades to the bog
//
Then will the peat bog soldiers
march no more with spades to the bog

4.
Mais un jour dans notre vie
Le printemps refleurira
Liberté, liberté chérie
Je dirai tu es à moi
Oh! terre d’allégresse
Où nous pourrons sans cesse aimer

ポール・ロブスンの動画へ戻る


ここで紹介したドイツ語、フランス語、英語の各国語で歌われる「沼地の兵士の歌」が収録されているCDを紹介しておこう。

「沼地の兵士の歌」のCD紹介へ跳ぶ


(しみずたけと)  2020.5.18

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リンク先は別所憲法9条の会ホームページ

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