ジェフスキー 『不屈の民』変奏曲

フレデリック・アンソニー・ジェフスキー

The People United Will Never Be Defeated!

以前、南米チリのフォルクローレのグループ、キラパジュンが歌う『不屈の民』を紹介したことがあった。チリの作曲家、セルヒオ・オルテガ・アルバラド(1938~2003年)の曲である。その主題を使って、1975年、ポーランド系米国人のフレデリック・アンソニー・ジェフスキー(1938年~)がピアノ変奏曲とした。わが国では一般に『「不屈の民」変奏曲』と呼ばれている。

主題そのものは単純なのだが、36にも及ぶ変奏部は、ロマン派からジャズ、現代音楽ありの、とんでもない技巧を必要とする難曲になっている。繊細で美しく、しかし力強いメロディ、そしてこの曲のメッセージへの共感だろう、多くのピアニストが録音している。とりあえず二つの演奏を紹介しておこう。

①オッペンス盤

ウルスラ・オッペンス(1944年~)は、1976年のアメリカ建国200年記念音楽祭のピアノ・リサイタルで演奏するにあたり、ベートーヴェンの『ディアベリ変奏曲』と組み合わせる新作をジェフスキーに委嘱した。すなわち、彼女こそがこの曲の初演者なのである。

②アムラン盤

カナダのピアニスト、マルク=アンドレ・アムラン(1961年~)が、その鋭利に研ぎ澄まされた技巧と繊細な感覚を駆使したみごとな演奏を聴かせる。

紀尾井ホール 演奏年不明

『不屈の民』を知ったのは、イラク戦争反対の中だったように記憶している。集会で、この歌が流れた。歌詞はなく、みな「ラララ…」で歌っている。どこかで聴いたことのあるメロディ…。「それ、誰の曲?」と聞くと、「ジェフスキー」。別の人は「アムラン」と言う。「???」。帰ってからamazonに注文したのが②のアムラン盤だった。キラパジュンの名を知ったのは、その後になる。つまり、私にとって最初に出会った『不屈の民』は、実は『「不屈の民」変奏曲』だったのである。

多くのミュージシャンが『不屈の民』をカバーし、また多くのピアニストが『「不屈の民」変奏曲』を演奏するのは、いまだに世界が抑圧に覆われ、それに抵抗する人たちがいるからだろう。この曲は、そうした民衆に勇気を与える応援ソングなのだ。とても良い歌、素晴らしい曲だと思うが、この歌を歌う必要がなくなる日は来るのだろうか。この曲を、純粋に古典的なピアノ曲として演奏できる社会は来るのだろうか。それはいったい、いつのことか。それまで、多くの血が流れ、人々が苦しみ続けるのだろう。音楽も芸術も文学も映画も、人に生きていく勇気を与えるものであるし、また、そうでなければならない。人はテクノロジーの進歩だけでは生きられないものなのだから。


(しみずたけと)

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あゝ!パリの美しき五月!

Ah! Le joli mois de mai a Paris!

5月になると聴きたくなる歌がある。”Ah! Le joli mois de mai a Paris!”。直訳すると「あゝ!パリの美しき五月よ!」。

1968年5月、パリでは学生を軸にした、労働者、民衆の一斉蜂起によるゼネストが起こり、フランス政府は政策を転換せざるをえなくなった。「五月危機」と呼ぶ人もいるが、危機だと感じたのは権力者の側であって、まっとうな政治、もっと良い世界、オルタナティブを求める市民にとっては「五月革命」の名こそふさわしい。そうした背景をもつ歌である。

作詞作曲はジャン=フレデリック・ブロサール(Jean-Frédéric Brossard)。昨年亡くなったヴァニア・アドリアン=サンス(Vania Adrien-Sens)が歌っていた。日本では、加藤登紀子が「美しき五月のパリ」の題でカバーしているから、このサイトを訪れる人にとって、今さらくどくど説明する必要はなかろう。どちらもYouTubeで聴くことができる。

J’ai vu les hommes matraqués
J’ai vu des femmes bousculées
J’ai vu des grenades claquées
J’ai entendu la foule hurler

Refrain
Ah! le joli mois de mai à Paris!
Ah! le joli mois de mai à Paris!

J’ai vu des rêves s’eveiller
J’ai vu la révolte gronder
J’ai vu les codes piétinés
Les drapeaux de la liberté

Refrain

J’ai vu le printemps nouveau-né
Se répandre dans les quartiers
J’ai vu partout le vent tourner
J’ai senti l’espoir se lever

Refrain

私は見た、警棒で殴られる男たちを
私は見た、突き飛ばされる女たちを
私は見た、弾ける催涙弾を
私は聞いた、群集の叫びを

くりかえし
あゝ!パリの美しき五月よ!
あゝ!パリの美しき五月よ!

私は見た、理想の目覚めを
私は見た、反乱の拡大を
私は見た、法が、
自由の旗が踏みにじられるのを

くりかえし

私は見た、春が芽吹き、
街中に広がるのを
私は見た、いたるところで巻き起こる風を
私は感じた、高まる希望を

くりかえし

J’ai vu que la vie allait changer
J’ai vu la vérité bafouillée
La honte est là pour refluer
La sénilité s’en est allée

Refrain

Et ientôt le jour va se lever
Sur les chantiers et ateliers
La révolte ressuscitée
Enterre le vieux monde décedé

Refrain

Nous batirons une societé
Ou chacun libre et entire
Responsable de sa destinée
Et du sort de l’humanité

Ah! le prochain mois de mai à Paris!
Ah! le prochain mois de mai à Paris!
Ah! le prochain mois de mai à Paris!
Ah! le prochain mois de mai à Paris!

私は見た、変わろうとする人生を
私は見た、口ごもる真理、
逆行する恥、
旧き因習が消え去るのを

くりかえし

今や日は昇らん
作業場や仕事場で
生き返った反乱が
死んだ旧き世を葬り去る

くりかえし

われらは築く、
誰もが自由で
自分と人類の運命に責任を持つ
そんな社会を

あゝ!パリの来たるべき五月よ!
あゝ!パリの来たるべき五月よ!
あゝ!パリの来たるべき五月よ!
あゝ!パリの来たるべき五月よ!

(しみずたけと)

リム・バンナ パレスチナを歌う

A Time To Cry,
Recorded in 2010 in Sheikh Jarrah, East Jerusalem, where was under a constant threat to be evicted

Rim Banna
A Time To Cry:A Lament Over Jerusalem
エルサレムの嘆き

エルサレムは人々の目の前で閉ざされた
それ以来、誰の眼にも見えることはなかった
家々は焼かれ、破壊され、占領された
力づくで人々を根こそぎにした
瓦礫しか残らなかった、壁に蔓延るジャスミンの藪と。

エルサレム
家々、街路、街なみは知っている、何が起きたのかを
兵士と検問所にはばまれ
壁に囲まれ、破壊され
夢は殺された
街の様相は変えられ、もはや面影はない

人々には何も残らなかった
残ったのは、わずかな写真、物語、思い出だけ
世界は黙って見ている
聖なる地は汚された

(ノルウェーのレーベルKirkelig KulturverkstedのYouTubeチャンネルによる英語歌詞より)

リム・バンナはナザレ出身のシンガーソングライター。パレスチナの悲哀と抵抗を歌に託し、ヨルダン川西岸地区でコンサートを開いた。2018年にガンにより51歳で亡くなった。彼女はパレスチナの人々に力を与え続け、大きな影響を及ぼしたパレスチナ女性のひとりとして讃えられている。

上記の歌は、東エルサレムのシャイフ・ジャッラ地区にて三人のパレスチナ歌手とともに2010年にレコーディングされた。シャイフ・ジャッラ地区は家屋の強制立ち退きと家の取り壊しに脅かされていた。

The Absent One by Rim Banna,  from her album “Revelation of Ecstasy and Rebellion”, 2013

Ya tali’een el jabel, 「山を登る」 チュニジア民放局 Nessma TV にて
オスマン帝国時代から伝えられるパレスチナの民謡
女たちは監獄に囚われている夫に会いに山を登る。看守にさとられないように女たちは抵抗のメッセージを歌にひそませて歌ったという。

Ak. 2020.1.3

ストラヴィンスキー『兵士の物語』

イーゴリ・ストラヴィンスキー

秋も深まってきた今日この頃、ふと聴きたくなったのが『兵士の物語』。スイスの小説家シャルル=フェルディナン・ラミュ(1878~1947年)の台本に、バレエ音楽『火の鳥』や『ペトルーシュカ』、『春の祭典』で知られるイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971年)が曲をつけ、演劇とバレエ、それに朗読を加えた総合舞台作品である。発表されたのは第一次大戦終結の翌年(1918年)。主人公が兵士であるのも、この戦争と無関係ではなさそうだ。

ロシアの民話を下敷きに、オリジナルはフランス語の台詞だが、現在は英語やドイツ語、日本語でも上演されている。この作品を上演するために必要な人員は、兵士役と悪魔役の二人の踊り手、進行を務める語り手、そして小さなオーケストラ。オーケストラといっても、ヴァイオリン、コントラバス、ファゴット、クラリネット、コルネット、トロンボーン、打楽器(トライアングル、タンバリン、小・中・大の太鼓、シンバル)の七人の演奏者だけだから、ミニマムの編成だ。とはいえ、踊りと演奏には高度な技術が必要だから、お金のかからないお芝居をお手軽に…と言うわけではない。

<あらすじ>

休暇をもらった兵士が故郷を目指している。なにやらグリゴーリ・チュフライの映画『誓いの休暇』の一場面がよみがえる。そこに悪魔があらわれ、金儲け指南書をちらつかせながら、兵士の手にするヴァイオリンとの交換を提案する。取り引きを受け入れた兵士。悪魔の館で三日間、指南書の読み解き方を伝授され、故郷に帰り着くが、村人に怪訝な顔をされる。婚約していた女は結婚し、夫と子どもと暮らしていた。あの三日間は、実は三年間だったのだ。

自暴自棄になりかけながらも、指南書を読み、商売に成功。しかし心は虚ろなままだ。貧しくはあったが、昔の方が良かった…。金と幸福度は正比例しないということか。兵士は悪魔の言い値でヴァイオリンを買い戻す。だが、もはやそのヴァイオリンは鳴らない。

あてのない旅に出た兵士。悪魔の力で得た金を返してしまえば、そのヴァイオリンは昔のように鳴る…、そんなささやきが聞こえる。悪魔との賭博で負け続けると、はたしてその通りになった。病に伏せっていた王女をヴァイオリンの音色で治し、二人して逃げ出す。目指すは故郷だ。国境を越えようとしたその時、悪魔に連れ去られてしまう。

教訓めいた言葉が語られる。「二つの幸せを求めれば、幸せは逃げてしまう…」と。個人であれ、集団であれ、国家であれ、人は足ることを知らねばならない。ヴァイオリンは己の魂だったのである。

人はみな幸せを求めるが、富や名声、権力といった「目に見える」モノを幸せだと勘違いしやすい。だが、真の幸せは自分の中にこそある。それをわかりやすく言い換えた言葉が魂なのだろう。自分自身を売り渡したら、そこに幸せはない。世界を見渡すと、魂を売り渡してしまって、そのことに気付いていない人のなんと多いことか。

CD

さて、どの演奏で聴こうか。組曲版の方に優れた演奏が多いのは確かだが、台詞のある方がわかりやすいし、その方が「物語り」として、より整っているように思われる。

①マルケヴィチ盤

イーゴリ・マルケヴィチ(1912~83年)の指揮のもと、詩人のジャン・コクトー(1889~1963年)が語りを務めている。1962年の旧い録音にもかかわらず音が良く、今なお名盤の呼び声が高い。ラミュの台本では、語り手が登場人物を代弁する箇所が多いのだが、コクトーはそれらを各役者に割り振ることでわかりやすくしている。

指揮:イーゴリ・マルケヴィチ
演奏:アンサンブル・ド・ソリスト
語り:ジャン・コクトー
録音:1962年

②ミンツ盤

語りは映画『欲望のあいまいな対象』で知られるキャロル・ブーケ、名優ジェラール・ドパルデューが悪魔役を怪演、その息子ギヨーム・ドパルデューが兵士役という豪華な顔ぶれ。シュロモ・ミンツとパリ音楽院の名手たちが凄い演奏を聴かせる。手に入るなら絶対にオススメの1枚。

キャロル・ブーケ(語り)
ジェラール・ドパルデュー(悪魔)
ギヨーム・ドパルデュー(兵士)
シュロモ・ミンツ(指揮とヴァイオリン)
パスカル・モラゲス(クラリネット)
セルジオ・アッツォリーニ(ファゴット)
マルク・バウアー(コルネット)
ダニエル・ブレシンスキ(トロンボーン)
ヴァンサン・パスキエ(コントラバス)
ミシェル・セルッティ(打楽器)
録音:1996年

他にも名演奏はあるのだが、ボクらにはフランス語よりも日本語の方がわかりやすいのは当たり前。そこで日本語版を探してみると…。

③ストラヴィンスキー盤

演奏は、作曲者であるストラヴィンスキー自身が指揮した1961年の組曲盤に、朗読版用として1967年に新たに追加録音された音源で構成された全曲盤である。これに石丸幹二が語りをかぶせている。作曲者の自作自演という点から、資料的価値が高い。

指揮:イーゴリ・ストラヴィンスキー
演奏:コロンビア室内楽団
語り:石丸幹二
録音:1961年、1967年

④斎藤ネコ盤

ラミュ版を元にした加藤直の台本と、チェスター1987年改訂版の楽譜を使用した、日本人のための日本語の演奏。斎藤ネコカルテットのリーダー斎藤ネコ、ヒカシューのリーダー巻上公一、聖飢魔Ⅱのデーモン小暮閣下、そして戸川純と、ジャンルを超えたミュージシャンたちの競演による、ちょっとばかりポップな『兵士の物語』。面白くて、おかしくて、それでいてウンウンと納得させられてしまう。やっぱり音楽は楽しくなけりゃね。

斎藤ネコ(指揮と効果音ヴァイオリン)
巻上公一(兵士)
デーモン小暮閣下(悪魔)
戸川純(王女と語り)
梅津和時(クラリネット)
小山清(ファゴット)
大倉滋夫(コルネット)
村田陽一(トロンボーン)
高田みどり(パーカッション)
桑野聖(ヴァイオリン)
吉野弘志(コントラバス)
石井AQ(シンセサイザー)
録音:1992年

というわけで、今宵は④の斎藤ネコ盤を聴くことに…。

  

December 15, 2019 on Parlance Chamber Concerts at West Side Presbyterian Church in Ridgewood, NJ, US. The English translation of C.F Ramuz’s original libretto is by Michael Flanders and Kitty Black

  

May 1st, 2017 at NEC’s Jordan Hall, Boston, US

(しみずたけと) 2020.11.15

ガザのラッパーたち

パレスチナは地理的にはもちろん、文化的にも日本から遠いので、わたしたちが知っていることはあまり多くはないと思う。どんな人たちが住んでいて、どんな暮らしをしていて、パレスチナが置かれている理不尽な状況をどんなふうに考えているのだろうかとか。

「自由と壁とヒップホップ」という題名の映画を見た。ラップ グループDAMを中心に、PR(Palestinian Rapperzの略)やアビールを描いた映画です。 彼らはラップで自分たちを表現する。 抑圧、抵抗、差別、貧困について感じていることを訴える。

映像を通して彼らの生活、人生が垣間見える。

音楽の力で分断を乗り越える!
自由と壁とヒップホップ  2008年・パレスチナ/米 94分

下のリンク先は映画「自由と壁とヒップホップ」原題:Slingshot Hip Hop のトレイラー

DAMは1999年に結成されたパレスチナ初のヒップホップグループ。ガザ地区ロド出身の3名からなる。タメール、弟のスヘール、マフムード。

彼らは、イスラエル占領への抵抗、パレスチナ人差別や貧困について歌う。アラビア語だけでなく、時にヘブライ語や英語で訴える。

「薬物を売るのはやめろ」 1998年
「誰がテロリスト?」がネットで大ブレイク。2001年
「俺はここで生まれた」 2004年 は、イスラエルのユダヤ人に歌いかける。

この下の動画の曲は ”Juliano’s Way” 「ジュリアーノの生き方」という題名。
Juliano Mer-Khamis は2006年、パレスチナ自治区の街、ジェニンの難民キャンプに「フリーダム・シアター」という劇場を創り、保守的なイスラム社会の抑圧からの解放を目指して、若者を鼓舞していた人物だったが、2011年に何者かに射殺された。DAMは彼のことを歌っている。

2008年の映画 「自由と壁とヒップホップ」 から12年が過ぎ、彼らも大人になり、最近の歌がYouTubeで聞ける。


下の動画では、映画「自由と壁とヒップホップ」 に登場するアビール Abeer Al Zinati が歌う。


映画にはPR(= Palestinian Rapperz) も登場する。PRについてはまたの機会に書きたいと思う。


2020.10.4, Ak.