メンデルスゾーン『スコットランド』

フェリックス・メンデルスゾーン
交響曲第3番イ短調『スコットランド』

コロナ禍で引きこもりになりがちな日々。政府の自粛要請に従うつもりはないのだが、感染は避けるにこしたことはないので、古いCDを引っ張り出して聴く今日この頃である。今回は、しばらくご無沙汰だったメンデルスゾーンの交響曲第3番『スコットランド』。なぜメンデルスゾーン?

フェリックス・メンデルスゾーンは1809年の生まれだから、シューベルトやベルリオーズより少し後、シューマンとは同世代の人。『ヴァイオリン協奏曲』と『夏の夜の夢』の「結婚行進曲」はあまりにも有名だ。彼は五つの交響曲を作曲しており、第3番『スコットランド』、第4番『イタリア』、第5番『宗教改革』の3曲が良く演奏される。出版順に番号が付けられているが、最後に完成させた交響曲が第3番で、初演は1842年、作曲者自身がカペルマイスター(楽長)を務めるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によっておこなわれた。第4番と第5番は死後の出版である。

20歳の時に風光明媚なスコットランドを旅したメンデルスゾーン。よほど感銘を受けたようで、名所フィンガルの洞窟では、その場で殴り書きした主題が序曲「フィンガルの洞窟」になり、第3交響曲に「スコットランド」の表題が付けられたのも、旅行中に得た霊感によるものだという。耳をすませば、一流の画家が描いたようなスコットランドの風景が浮かび上がってくる。

スコットランド、イタリアといった具象的な表題、建築的で堅固な構成、古典主義とロマン主義を巧みに融合した擬古典的な趣向、まるで額におさまった名画を思わせる作風。それは、ドイツ生まれだがユダヤ人の血を引くメンデルスゾーンが、ヨーロッパ社会で生きていくため、自身を防護するためのバリアー、あるいはカモフラージュだったのではあるまいか。25才の若さで、名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターに任命されながらも、抑圧された異邦人として、疎外感と孤独感にさいなまれていたのではなかろうか。リヒャルト・ワーグナーが批判したのは、彼のユダヤ的なものを嗅ぎ取ったからだったのかもしれない。

晩年のメンデルスゾーンは、神経症と過労に苦しめられ、38才でこの世を去った。この曲には、陽光の下に霧がたなびく爽やかなスコットランドの景色を背景にしながらも、悲しみと怒りが垣間見えるような気がする。

 <CD>

なにしろメンデルスゾーンの交響曲の中では一番人気(たぶん)の曲なので、録音は数多ある。

①クレンペラー盤

組織内の政治に関心がなかったのか、実力がありながらもポストに恵まれることのなかったオットー・クレンペラー。そんな彼を、来たるべきレコードの時代を予見したEMIの名プロデューサー、ウォルター・レッグは、自身が創設したフィルハーモニア管弦楽団の指揮者に抜擢する。『スコットランド』の名演として、必ずあげられる一枚。60年も前の録音だが、骨太でありながら繊細、そんな矛盾した表現しかできない秀演である。

指揮:オットー・クレンペラー
演奏:フィルハーモニア管弦楽団
録音:1960年

  

②マーク盤

スイス出身のペーター・マークは、モーツァルトとメンデルスゾーンのスペシャリストとして有名で、東京都交響楽団との録音があるにもかかわらず、日本における知名度の低さが実に惜しい。大学で哲学と神学を修めたからであろうか、その演奏は理知的で一服の清涼剤のような爽やかさがある。個人的にはイチオシの演奏。これも古い録音だが、明瞭で好バランス。当時のデッカは本当に優れた録音技術を有していたことを感じさせる。

指揮:ペーター・マーク
演奏:ロンドン交響楽団
録音:1960年

    

③アバド盤

ロリン・マゼール、小澤征爾、ズービン・メータと並び、カラヤン&バーンスタインの次代を担う四天王と呼ばれたクラウディオ・アバド。後にウィーン・フィルやベルリン・フィルの音楽監督を歴任する彼だが、この『スコットランド』は若々しいアバドで聴きたい。1984年のも名演だが、ここではあえて1968年の録音を選んでみた。クラシック音楽界を牽引することになる才能が、この頃すでに開花していたことがわかる。

指揮: クラウディオ・アバド
演奏: ロンドン交響楽団
録音: 1968年

  

指揮: クラウディオ・アバド
演奏: ロンドン交響楽団
録音: 1984年

  

④マズア盤

作曲者もカペルマイスターを務めたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の 演奏は、やはりはずしたくない。クルト・マズアの指揮による録音は、1972年と 1987年があるが、どちらも陰影に満ちた重厚な音色だ。彼のタクトが響かせる音楽は、市民社会を築こうとするミュージシャンたちの魂の叫びなのかもしれな い。その理由?後の部分を読んでほしい。

指揮: クルト・マズア
演奏:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
録音: 1987年

他にも、カラヤンとベルリン・フィル、バーンスタインとニューヨーク・フィルハーモニックなど、聴き応えのある録音は目白押しだ。ブリュッヘンが率いる古楽器による演奏で有名な18世紀オーケストラなどというものもある。ひいきの指揮者や楽団があるなら、そうした好みの演奏を選んで聴いてほしい。

  

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とクルト・マズア

ヨーロッパの音楽界は、もともとは王侯貴族らが自分たちの城や宮殿などで専属の楽団を用いて音楽会を催しているのがあたりまえだった。そうした中で、1743年、市民階級による世界で初めての楽団として発足したのがゲヴァントハウス管弦楽団である。入場料を払えば誰もが音楽を楽しむことができる、まさに市民のためにスタートした楽団なのだ。

1970年から四半世紀にわたって同楽団のカペルマイスターを務めたクルト・マズア。1989年10月9日、民主化を要求する7万人もの市民が参加したライプツィヒの「月曜デモ」に対し、秘密警察と軍が銃口を向けた。マズアは天安門事件の再現を恐れ、市民に対する武力行使を避け、平和的解決のための対話を東ドイツ当局に呼びかけ、東欧の「ビロード革命」、そして「ベルリンの壁崩壊」への起点となったのである。

2009年10月9日、無血に終わった奇跡の「月曜デモ」の20周年を記念する式典がゲヴァントハウスでおこなわれた。ケーラー大統領、メルケル首相、ザクセン州首相、ライプツィヒ市長らが出席する中、マズア指揮でゲヴァントハウス管弦楽団が演奏。ヨーロッパ現代史の中で、このコンビは音楽というジャンルを超えて燦然と輝く存在だといえよう。

(しみずたけと)

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ジェフスキー 『不屈の民』変奏曲

フレデリック・アンソニー・ジェフスキー

The People United Will Never Be Defeated!

以前、南米チリのフォルクローレのグループ、キラパジュンが歌う『不屈の民』を紹介したことがあった。チリの作曲家、セルヒオ・オルテガ・アルバラド(1938~2003年)の曲である。その主題を使って、1975年、ポーランド系米国人のフレデリック・アンソニー・ジェフスキー(1938年~)がピアノ変奏曲とした。わが国では一般に『「不屈の民」変奏曲』と呼ばれている。

主題そのものは単純なのだが、36にも及ぶ変奏部は、ロマン派からジャズ、現代音楽ありの、とんでもない技巧を必要とする難曲になっている。繊細で美しく、しかし力強いメロディ、そしてこの曲のメッセージへの共感だろう、多くのピアニストが録音している。とりあえず二つの演奏を紹介しておこう。

①オッペンス盤

ウルスラ・オッペンス(1944年~)は、1976年のアメリカ建国200年記念音楽祭のピアノ・リサイタルで演奏するにあたり、ベートーヴェンの『ディアベリ変奏曲』と組み合わせる新作をジェフスキーに委嘱した。すなわち、彼女こそがこの曲の初演者なのである。

②アムラン盤

カナダのピアニスト、マルク=アンドレ・アムラン(1961年~)が、その鋭利に研ぎ澄まされた技巧と繊細な感覚を駆使したみごとな演奏を聴かせる。

紀尾井ホール 演奏年不明

『不屈の民』を知ったのは、イラク戦争反対の中だったように記憶している。集会で、この歌が流れた。歌詞はなく、みな「ラララ…」で歌っている。どこかで聴いたことのあるメロディ…。「それ、誰の曲?」と聞くと、「ジェフスキー」。別の人は「アムラン」と言う。「???」。帰ってからamazonに注文したのが②のアムラン盤だった。キラパジュンの名を知ったのは、その後になる。つまり、私にとって最初に出会った『不屈の民』は、実は『「不屈の民」変奏曲』だったのである。

多くのミュージシャンが『不屈の民』をカバーし、また多くのピアニストが『「不屈の民」変奏曲』を演奏するのは、いまだに世界が抑圧に覆われ、それに抵抗する人たちがいるからだろう。この曲は、そうした民衆に勇気を与える応援ソングなのだ。とても良い歌、素晴らしい曲だと思うが、この歌を歌う必要がなくなる日は来るのだろうか。この曲を、純粋に古典的なピアノ曲として演奏できる社会は来るのだろうか。それはいったい、いつのことか。それまで、多くの血が流れ、人々が苦しみ続けるのだろう。音楽も芸術も文学も映画も、人に生きていく勇気を与えるものであるし、また、そうでなければならない。人はテクノロジーの進歩だけでは生きられないものなのだから。


(しみずたけと)

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あゝ!パリの美しき五月!

Ah! Le joli mois de mai a Paris!

J’ai vu les hommes matraqués
J’ai vu des femmes bousculées
J’ai vu des grenades claquées
J’ai entendu la foule hurler

Refrain
Ah! le joli mois de mai à Paris!
Ah! le joli mois de mai à Paris!

J’ai vu des rêves s’eveiller
J’ai vu la révolte gronder
J’ai vu les codes piétinés
Les drapeaux de la liberté


Refrain

J’ai vu le printemps nouveau-né
Se répandre dans les quartiers
J’ai vu partout le vent tourner
J’ai senti l’espoir se lever

Refrain

J’ai vu que la vie allait changer
J’ai vu la vérité bafouillée
La honte est là pour refluer
La sénilité s’en est allée

Refrain

Et ientôt le jour va se lever
Sur les chantiers et ateliers
La révolte ressuscitée
Enterre le vieux monde décedé


Refrain

Nous batirons une societé
Ou chacun libre et entire
Responsable de sa destinée
Et du sort de l’humanité


Ah! le prochain mois de mai à Paris!
Ah! le prochain mois de mai à Paris!
Ah! le prochain mois de mai à Paris!
Ah! le prochain mois de mai à Paris!

(しみずたけと) 2021.5.4

リム・バンナ パレスチナを歌う

A Time To Cry,
Recorded in 2010 in Sheikh Jarrah, East Jerusalem, where was under a constant threat to be evicted

Rim Banna
A Time To Cry:A Lament Over Jerusalem
エルサレムの嘆き

エルサレムは人々の目の前で閉ざされた
それ以来、誰の眼にも見えることはなかった
家々は焼かれ、破壊され、占領された
力づくで人々を根こそぎにした
瓦礫しか残らなかった、壁に蔓延るジャスミンの藪と。

エルサレム
家々、街路、街なみは知っている、何が起きたのかを
兵士と検問所にはばまれ
壁に囲まれ、破壊され
夢は殺された
街の様相は変えられ、もはや面影はない

人々には何も残らなかった
残ったのは、わずかな写真、物語、思い出だけ
世界は黙って見ている
聖なる地は汚された

(ノルウェーのレーベルKirkelig KulturverkstedのYouTubeチャンネルによる英語歌詞より)

リム・バンナはナザレ出身のシンガーソングライター。パレスチナの悲哀と抵抗を歌に託し、ヨルダン川西岸地区でコンサートを開いた。2018年にガンにより51歳で亡くなった。彼女はパレスチナの人々に力を与え続け、大きな影響を及ぼしたパレスチナ女性のひとりとして讃えられている。

上記の歌は、東エルサレムのシャイフ・ジャッラ地区にて三人のパレスチナ歌手とともに2010年にレコーディングされた。シャイフ・ジャッラ地区は家屋の強制立ち退きと家の取り壊しに脅かされていた。

The Absent One by Rim Banna,  from her album “Revelation of Ecstasy and Rebellion”, 2013

Ya tali’een el jabel, 「山を登る」 チュニジア民放局 Nessma TV にて
オスマン帝国時代から伝えられるパレスチナの民謡
女たちは監獄に囚われている夫に会いに山を登る。看守にさとられないように女たちは抵抗のメッセージを歌にひそませて歌ったという。

Ak. 2020.1.3