このページはカテゴリー別本の解説です
日本・中国・台湾・韓国
軍歌とはなにか(5冊)
《音楽ライブラリー》で山の歌を紹介した。昭和の登山者に人気の「穂高よさらば」が、実は古関裕而が作曲した軍歌の替え歌であることを知って驚いた人もいるだろう。戦時中、軍歌はそれくらいポピュラーだったのだ。戦争が終わった後も、メロディだけは生き残っていたことになる。
私が思うに、軍歌は前線の兵士よりも銃後の臣民に好まれ、歌われたのではあるまいか。みんなが歌った軍歌とは、いったい何だったのだろう。軍歌が生まれ、今日のJ-POPのように流行した理由、社会的背景を知っておくことは、現代と未来の平和を考えるためにも有用なはずだ。
「日本が今戦争に突入すれば、アイドルが軍歌を歌うだろう」というジョークがある。しかしこのジョーク、私は笑うことができない。正鵠を射ているように思えてならないからだ。自衛官募集ポスターに“萌え系”が使われて話題になったことがある。一見すると関連がないように思えるが、実はミリタリーと萌えの親和性は高い。一方のファンがもう一方のファンであることはごく普通に見られる。それを示す例が《ガールズ&パンツァー》であり《艦隊これくしょん》だ。彼ら・彼女らの多くはアイドルのファンでもある。
徴兵制復活にせよ軍拡にせよ、“萌え”と“ソフト軍歌”は戦争する国の両輪となるに違いない。国民を効率よく戦争に誘導するための軍歌はどういうものか、どうやって作ればよいのか。こうした工夫は日々なされている。この流れに抗うためには、かつての軍歌の本質を探ることから始めるよりほかない。

七三一部隊を知っていますか?
七三一部隊とは、医師で陸軍大佐であった石井四郎が率いた大日本帝国陸軍の研究機関である。満洲のハルピンにほど近い平房というところに、若くて優秀な病理学者、解剖学者、細菌やウィルスの研究者らを集め、細菌兵器や毒ガスなどの化学兵器の研究をし、その効果を確かめるために、3000人以上の生きている中国人、朝鮮人、モンゴル人、ロシア人らを「マルタ」と呼んで人体実験をしていた。
なぜ他国の人々を人体実験の材料にしてまで研究をしたのか、どんな目的があったのか、戦後80年もたつのに、どうして当事国である日本の人々がこのことを知らないのか、なぜ学校の歴史の授業で教えられないのか…。教えられなかった、だからそれで終わりにしてよいのか。ではどうするのか。こうした疑問を解くために、資料を調べ、現地に足を運び、関係者の証言に接することで理解していった著者。専門家とは違う視点から書かれたものであるだけに、誰にとってもわかりやすい内容と構成になっている。
最後に「戦争はしてはいけない」という押し付け的な教訓で終わるだけの平和教育、結論から始まる教え方よりも、なぜ「いけない」のかを自分で考えさせることが大切であると説く。中学生、高校生にも読めるように書かれているが、大人の勉強にも十分こたえてくれる本である。

秘密組織だった731部隊の存在を世に知らしめたのは森村誠一の『悪魔の飽食』だろう。しかし、日本軍の野蛮な行為は、平房の研究所でおこなわれていた人体実験だけではなかった。100部隊、甲1855部隊、栄1644部隊、波8604部隊、岡9420部隊も連携して、各地で細菌兵器を実戦使用していたのである。
…731部隊の派遣隊は南京1644部隊と共同して浙贛鉄道沿線(せっかんてつどうえんせん)の金華(きんか)、衢州(くしゅう)、玉山(ぎょくさん)一帯で細菌戦を展開、村に甚大な被害を与えた。村の380戸、380人以上の村人がペストで死亡し、約30戸の家族が死に絶え…
これらの犠牲者は民間人である。生物化学兵器の研究と実験は戦争で使用するためであり、実際に使われたのだった。「日本は謝罪してばかり…」という人がいる。しかし、日本政府はこうした戦争犯罪を一度たりとも謝罪したことはないし、補償もしていない。学校で教えないから日本国民の多くが知らない。それが証拠でもある。
当時まだ生まれていなかった若い人たちには当事者としての責任はない。だが、それを知らないことは無責任であるし、「なかったこと」にするのは不誠実そのものだ。相手が知っていることを自分たちが知らない、それでは良い関係を築くことはできないし、世界の中で生きていくのは難しくなる。当事者の声を丹念に集めたこの本に学ぶところは多いはずだ。
登戸研究所コーナー(15冊)

騒然とする中、負傷者が次々に運ばれてくる。さらには遺体も…。棺の間隔をせばめて場所をつくる。冒頭で描かれる光景である。1980年、韓国の光州市。民主化を求める活動家や学生、彼らに呼応する市民が戒厳軍によって武力鎮圧され、夥しい数の犠牲者が出た。
国民を守るはずの軍隊が自国民に銃を向け、発砲したのである。別に驚くようなことではない。それが軍隊というものの本質だからだ。軍隊が守るのは国(軍隊に命令を下す政治体制)であって国民ではない。
あれから35年の時を経て本書が書かれた。あのとき、命を落とした人たちに何が起きたのか、生き残った人たちはどのような人生を歩んだのか。未来を奪われた人々、子どもを亡くした母親、家族や友人を失った者たちはどんな思いで、どんな苦しさの中で生きてきたのか。そして自由と民主主義を取り戻すために何をしたのか。
著者は1970年の光州生まれ。あの日の出来事をリアルタイムで目撃したに違いない。延世大学に入学したのは89年だろうか。その2年前、ソウル大学の学生パク・ジョンチョルが南営洞対共分室で拷問によって殺害されたことに対する大規模な抗議活動が起こり、延世大学経営学部の学生イ・ハニョルは戦闘警察が発射した催涙弾を後頭部に受けて亡くなった。大学構内でのことである。著者もそのことを知っていよう。本書を書くに当たり、丹念な取材を重ねたからというよりも、同時代を生きた人間として。
読んだときの衝撃や感動をそこないたくないので、内容についてはこれ以上触れない。ただ、無念の死を遂げた者への鎮魂、生き残った者たちの苦悩を丁寧に汲み取り、決して癒えることのない傷痕を繊細な筆致で描きながら、私たちに訴えを投げかける作品であることだけは記しておきたい。著者は問いかけているのだ。これは光州市の、韓国だけの出来事ですかと。南京で、中国大陸でも起きたことではなかったですかと。それは、今またウクライナで、パレスチナで、ミャンマーで起きていることではないですかという問いに通ずる。そして、この残忍性はどこから来るのですかと。読者は、私たちはその問いかけに向き合い、答えなければならないだろう。悲劇を繰り返したくなければ。知恵ある生き物であるなら。そして責任を放棄しない人間という存在であるなら。私たちの誠実さと勇気、人間性が試されている。
2016年、著者は国際的に最も権威ある文学賞のひとつ、マン・ブッカー賞国際賞を受賞した。そして本年(2024年)、アジアの女性として初めてノーベル文学賞の受賞者となった。2024年12月3日のクーデターが成功しなかったのは、国民がいち早く、しかし命がけで国会に集まり、戒厳令解除を議決させたからだが、この行動の根底には「光州」の苦い記憶があったからにほかならない。その記憶を呼び覚ます原動力となったのが、ベストセラー小説『少年が来る』であり、大ヒット映画『ソウルの春』であったといわれている。

戦後の世界は、米を中心とする資本主義諸国の西側陣営とソ連を盟主とする共産主義陣営が対立する東西冷戦の時代だった。当時の(その後もだが)ソ連が本当に共産主義だったのかはさておき、占領下であった時代はもちろん、その後も米の影響下に置かれ続けた日本は西側に組み込まれ、東アジアにおける反共の防波堤と位置づけられる。そこから生まれたのが日米安保であり、地位協定であり、さらには国際勝共連合や統一教会なるカルトとの癒着もそこに根ざしたものといえよう。
反共の防波堤とされた日本ではあったが、けっして東西対立の最前線ではなかった。直接対峙し真の防波堤となっていたのは、日本ではなく韓国と台湾だったのである。一旦ことがあれば国を挙げて対抗しなければならない、そうした役目を米から負わされていた。それが同胞同士が殺し合うことになった朝鮮戦争である。
そのようなところに民主主義など無用だ。むしろ民意など邪魔な存在でしかない。それゆえ、両国とも軍事独裁政権が存続し得たのであった。戦後の日本が、まがりなりにも民主主義(なんちゃって民主主義だが)を謳歌することができたのは、防波堤の背後にあったからでしかない。
長期独裁を布いた朴正煕大統領が暗殺され、「ソウルの春」と呼ばれる束の間の自由な時期が訪れたものの、全斗煥のクーデターで再び軍部による独裁政治に逆戻りしてしまった。野党は力を失い、労働組合は弾圧され、国の情報機関が国民を監視。学校教育は子どもたちに北朝鮮の脅威を刷り込む反共教育の場と化し、メディアは政府の広報機関に成り下がってしまった。アジア大会や五輪開催も、国民の目をそらすためのイベントとして招致されたのである。
しかし、すべての人々が黙したわけではなかった。学生を中心にした抗議行動。対話に応じない国家権力に対して火焔瓶を投げることさえ辞さなかった若者たちの合い言葉は「光州」であり「5月」だった。
全羅南道の中心、光州市。1980年5月、軍のクーデターに抗議する一般市民に対し、軍が無差別に発砲、数百人の命が奪われた。国民を守るはずの軍が国民に銃を向けたのである。「国を守るための軍隊」が幻想でしかないことの証左だ。百歩譲って「国を守る」に首肯するとしても、それは「国民を守る」ではなく「国家権力を守る」という意味である。権力にたてつく人間は守るべき対象ではなく敵なのである。
光州事件は「北の工作員の煽動による暴動」として報じられたのみで、多くの国民がそれを信じていた。それでも真実が徐々に明るみに出ると、再び学生たちが動き出した。文化人、宗教者たちもこれに呼応し、様々な団体へと民主化運動が広がっていく。これは今日の韓国を築いた「人々の物語」である。苦悩を打破するため、自らの命を賭して抗った人々は強い。市民社会としての成熟度は、わが国よりもずっと上である。


上 ISBN 978-4-00-603289-0
下 ISBN 978-4-00-603290-6
著者は満洲事変の年に生まれ、敗戦を迎えたとき14歳。戦争とともに育った「戦争の申し子」と著者自身がいう。まえがきから引用させてもらう。
記憶の中の自分は、人一倍激しい典型的な体制的軍国少国民であったと思う。8月15日に降伏を知ったときは、手ひどいショックを受けた。自分たちの銃後の努力が足りなかったために、こうした事態に立ち至ったのであるから、自決して天皇陛下にお詫び申し上げるべきではないかと、本気で思った。
子どもの視点は純粋である。そこには「大人の事情」などという醜い言い訳もなければ、怪しげな損得勘定もない。社会の世相を直視することができたのではなかろうか。だからこそ、昨日まで鬼畜米英を叫んでいた者が、手のひらを返したようにアメリカ礼賛者に変節し、本音はともかく、建前だけは平和国家の建設を推進していくさまを見届けながら、かつての日本の姿を誰よりも中立に評価しているように思う。
なぜ著者は軍国少国民であったのか。生まれたばかりの赤ん坊が軍国少国民であろうはずがない。それでは、何が彼を軍国少国民に仕立て上げたのか。家庭環境か、学校教育か、それとも社会か。戦時初等教育の実態を浮き彫りにしようと、著者は『ボクラ少国民』シリーズを手がけた。その中では「大東亜戦争」の名称を用いている。「大東亜戦争」の名こそが、あの戦争の理念を明らかにしているというのだ。再び前書きから引用しよう。
当時の日本人は、国体原理主義に基づく「八紘一宇の顕現」としての大東亜共栄圏を建設するために戦争をし、戦争に協力したのである。戦争中の日本人の頭の中には「太平洋戦争」という戦争はなかった。敗戦後は、アメリカ占領軍が公文書などに「大東亜戦争」という呼称を使用することを禁止し、代わりに「太平洋戦争」と呼称するように命じた。
私としては当時のことを同時代感覚で書くとすれば、やっぱり「太平洋戦争」ではぴんとこない。しかし現時点で「大東亜戦争」の呼称に固執しているのは、あの戦争を侵略戦争ではないと擁護する側の人たちが多い。今、冷静にあの戦争を考えるとすれば、やはり「アジア・太平洋戦争」の呼称が妥当と考えて、本書の表題もそのようにした。
たとえば、一般的に戦争を起こしたのは軍部といわれている。悪いのは「軍国主義」や「天皇制ファシズム」だという概念で戦争を断罪して、それで事足れりとしてしまっている。そうなると、「日本のように資源の乏しい小国が、資源豊富な経済大国アメリカやイギリスに戦争をしかけたこと自体が、無謀、無知であった。これは夜郎自大な軍部ファシズムが独断専行して勝ち目のない戦争を引き起こし、日本を破滅の道に追いこんだのだ。悪いのは独走した一部の軍部ファシストであり、A級戦争犯罪人とされた被告たちで、国民は犠牲者であり、被害者であった」という図式が一般化され定着してしまった。
たしかに軍人たちが勝手にやった戦争という視点に立つと、一部の軍人が加害者で、なにも知らされていなかった国民は犠牲者、被害者ということになる。そのために、敗戦後、国民が戦争を語るということは、すなわち戦争体験の被害や犠牲を語るという形が主流になった。そして戦争を語る人たちはそれと並行する形で、国民に多大な被害や犠牲を与えた軍部の作戦の杜撰さや無謀さだけを批判した。
戦争体験を語り継ぎ。軍部の専横や無謀を批判することは、むろん意義あることではある。それが多くの戦後生まれの日本人の心に「戦争がいかに愚かしいものであるか」を強く印象づけた。平和を希求する心や心情的反戦意識の涵養に役立ったことは否めない。
しかし、日本人の被害意識を根底とした戦争体験だけでは、あの戦争の全体像はとらえることはできないし、被害者意識だけでは、戦争の有機的な構造や発生原因をさぐることは難しい。戦争を地震や台風のような自然災害と同じようにとらえてしまうと、歴史的、国際的、経済的な側面には目が向かない。日本軍がアジア諸国の人々をいかに非人道的に扱ったも視野に入ってこない。
さて戦後の多くの書物は、「第一次世界大戦中に日本が中国に〈二一カ条条約〉を押しつけた結果、中国側のナショナリズムを昂揚させ、抗日運動を激化させた。その中国を支援する米英に対する日本側の政策の失敗は、日米関係を悪化させ、最終的に石油の禁輸を招いた。そのため日本はやむにやまれず真珠湾を攻撃した」と語っている。中学や高校の歴史教科書もほぼこのように説明している。
私は、それさえ疑っている。「やらされた戦争」という言い方で、あの戦争を免罪するつもりなのか。重要なのは、なぜ中国が抗日、排日運動をやめなかったのか、なぜアメリカが石油を禁輸したか、その理由を理解することである。
今、私たちに必要なことは、アジア・太平洋戦争に敗戦した大日本帝国の誤算、失敗、誤りの歴史を学ぶことで、同じ過ちを繰り返さないと決心することである。
いかがであろうか。これこそが右でも左でもない、中立的な視点というものである。そもそも右とか左というのは相対的な位置関係でしかない。真ん中にいる者は、右に立つ者からは左側に見える。同じ者が、左に立つ者には右にいるように感じられる。そろそろ右とか左というようなレッテル貼りはやめにして、事実とそうでないことを分け、わかっていることとわからないことを見きわめ、冷静な議論をもとにして判断する時期であろう。ベストであるかを決めることはできなくとも、ベターを選ぶことは可能なはずだ。日本の直近の100年史を知るのに、まことにわかりやすく書かれた本である。

ISBN 978-4-480-83211-5
この本は2016年に韓国で出版され、フェミニズムの本として発売直後から注目されていました。2018年10月には日本で翻訳本が発売され、日本でジェンダー問題が発生していた時期とも重なり、やはり好調な売れ行きでした。2023年2月には日本の版元・筑摩書房が文庫版を出版し、約1か月で3刷りとなる売れ行きです。
内容をごく簡単にまとめてみますと、キム・ジョンという女性が1982年に生まれ、 2016年に達するまでの幼少期、学童期、進学や就職の過程、さらに職場内や結婚と出産などで、様々なジェンダー問題に出会い、それに対応するために精神障害が発症してしまう。そして、彼女を診察した精神科の医師が、診断で得た知見をまとめたものが本書という形をとっています。
このように本書はフィクションとして書かれていますが、私は韓国におけるこの時期のジェンダー問題のドキュメンタリーと見てよいのではないかと思います。このようなリアリティーがあるためと思いますが、2022年11月時点で日本だけでなくイギリス、フランス、イタリアなど西欧諸国を始め、世界の32か国・地域で翻訳・出版されており、韓国では136万部、日本でも23万部を売上げ、世界的なベストセラーとなる勢いです。
日本では夫婦の選択的別姓がいまだに実現しない状態ですが、韓国では逆に夫婦別姓が男尊女卑の象徴のように存続しています。しかし、興味深いことは、今後、韓国女性の社会進出がますます増加すると、この 夫婦別姓が既婚女性にプラスになる可能性があり、夫婦別姓の持つ意味がマイナスからプラスに転化する可能性が生じつつあることです。
韓国では2013年に女性大統領が実現しているのに、日本ではまだ女性の首相が実現していません。また近年、例えば2023年の世界ジェンダーギャップ指数(注*)の順位では韓国104位に対して日本は125位(146国 家中)と韓国に先行されているのが実態です。今後この順位はもっと差が開くことになる可能性が大きいように思われます。以上がこの本をお勧めしたい理由です。
筑摩書房のホームページに、この本を読んだ人々の短い感想文が多数公表されています。これも参考になると思います。
注*:経済・教育・政治などの分野での男女間の参加の不均衡(ギャップ)を示す指標。2006年から非営利財団「世界経済フォーラム」が報告書で公表している。(Wikipediaより)
櫻井浩

台湾は、戦後、大陸から蒋介石らが大挙して逃れて来て台湾を牛耳ったり、1949年から1987年まで38年間も国民党軍の戒厳令下にあって台湾人が弾圧されたり、日本が中国と国交を結んだ結果、台湾を国として扱わなくなったり、なかなかに大変だな〜とかよく理解せずにボヤ〜ッとした印象だけを抱いていた。
だから、1980年代後半から始まった民主化の動きがここまで成果を上げていることなど、何も知らなかった。(もう一度同じことば使うけど)だから、オードリー・タンのインタビュー本『自由への手紙』を読んで、政治と行政がこんなに進歩していることに驚いた。
この本の各章は「〇〇から自由になる」というタイトルでまとめられている。その中で特に気に留まったことが三つある。
ひとつ目。章のタイトルは「ヒエラルキーから自由になる」。行政組織のひとつとして、省庁などの縦割り行政組織を横断するデジタル・プラットフォーム “PDIS“ が作られたこと。(PDISはパブリック・デジタル・イノベーション スペースの略称である。)オードリー・タンは閣僚としてこの組織を統率する。各省庁が、マスメディアに向けて発信する従来の広報担当とは別にPDISに広報の担当者を出して、自分の省が行なっていることを国民に説明し、反対方向に世論を吸い上げる役割も果たすという。わたしが想像するに、PDISが執務する専用の建物などはなく、オードリー・タンら幹部が居る場所だけが設られているのじゃないかな〜と。
「オープンな政府」ということが大原則で、行政のすべての行動が公開される。会見も文書や動画で公開されるので、秘密の会談などはなくなるという。このオードリー・タンのインタビューも公開される。
ふたつ目に目を引いたことも「ヒエラルキーから自由になる」の続き。立法機関と行政組織、会社などの民間セクターにNGOやNPOなどの第三セクターを加えて議論する場としてのg0v(ガブゼロ)が設けられたこと。この中から生まれたのがvTaiwanと名づけられた、立法議案について議論する場があること。こんな先進的なことが実際に行われているんだ〜と驚嘆した。
行政に新風を吹き込み、それを実現して行く過程では膨大な抵抗があった/あることと思う。想像を絶するほどの反対勢力もあったかもしれない。それをひとつずつ克服していったとは信じられないほどの忍耐だ。オードリー・タンを閣僚に任命した人がいたこと、また、インターネットのオープンコミュニティから大勢の人が彼女を支持したことが施策を実現に持って行ったのだと思う。
三つ目に目をひいたことは上二つとは方向が違う話しだけれど、オードリー・タンは、人は「スキルセットから自由になる」ことも大事だと話していること。
何かひとつ他の人から抜きん出る能力を身につけることは自分への自信になるとはしばしば耳にすることで、それはそれで間違ってはいないと思うけれど、じゃあ、そのスキルがなかったら、どうなの? ということになってしまう。「何かができるから、自分が成り立っている」と考えるのはスキルセットから自由であるとは言えない。
本を読み終えて、「ふーッ」と言うしかない。「公開する政府」、「議論のためのデジタル・プラットフォーム」とか、これらが必要だと考える日本の国会議員や閣僚、行政マンがいるとは思えない。(少数にはいるだろうけれども。)ことばの意味すら理解できないかもしれない。
と、以上、読後感を書いてみたけれど、理解が及ばなくて間違っていることがあると思う。教えていただければ幸甚です。
インタビュー本だから平易な文章からなっていてサラッと読める本です。 Ak., 2021.9.4

第一章 「歴史戦」とは何か
第二章 「自虐史観」の「自」とは何か
第三章 太平洋戦争期に日本政府が内外で展開した「思想戦」
第四章 「思想戦」から「歴史戦」へとつながる一本の道
第五章 時代遅れの武器で戦う「歴史戦」の戦士たち

開かれた歴史認識の共有を目指し、日中間3国の研究者・教師が共同編集した歴史教科書。上巻は、東アジア近・現代の国際関係の歴史を分析、展望を示す。

開かれた歴史認識の共有を目指し、日中間3国の研究者・教師が共同編集した歴史教科書。下巻は、東アジア近・現代の人と交流の歴史を分析、展望を示す。

黒三も高熱隧道も朝鮮人の強制労働によってつくられた!
黒三と聞いてもピンとこない人が多いかもしれない。それなら黒部ダムはどうだ。長野県と富山県を結ぶアルペンルート上にあり、内外から観光客が押し寄せる一大観光スポットとして、今や知らぬ人などいるまい。約10キロ下流の地下にある黒部川第四発電所に水を送る水力発電専用ダム。別名、黒四。
黒部ダムの下流は下廊下(しものろうか)と呼ばれ、かつては荒々しいまでの奔流が多くの人を魅了した見事な峡谷であった。せき止められて勢いを失ったとはいえ、白竜峡、十字峡、S字峡など、今なお日本有数の峡谷美を誇る。その絶景を楽しむことができるのは、岩壁に穿たれた険しい山道を歩くことのできる経験豊富な登山者のみ。阿曽原にある山小屋まで8時間はたっぷりかかるだろう。そこからトロッコ電車で有名な黒部峡谷鉄道の欅平駅まで、さらに5時間の歩きである。しかも通行できるようになるのは、早くて9月下旬。小屋は10月末に閉じられるから、わずか1ヶ月ほどしかない。このあと、黒部は長い冬の眠りにつく。
欅平駅のところに黒部川第三発電所がある。水圧鉄管を落ちてくる水は、阿曽原よりさらに上流、S字峡のすぐ下にある仙人谷ダムで取水され、地中に掘られたトンネル内を延々と運ばれてくる。直線距離で5.5キロ以上だから、それ以上あるのは間違いない。もうおわかりいただけたと思う。仙人谷ダムと第三発電所こそが「黒三」なのである。
建設が始まったのは1936年。発電所建設の工事用資材はトロッコ軌道で運ばれた。現在の黒部峡谷鉄道である。この先は断崖絶壁になるので、資材運搬用のトンネルと水路が掘られた。もちろん人力である。途中には高熱の岩盤があり、少し掘り進んだところで摂氏70度、奥に行けば行くほど温度は上昇し、触れただけで火傷するようなトンネルだった。吉村昭の小説『高熱隧道』を読んで知っている人もいるだろう。
この過酷かつ危険極まりない工事に投入されたのが、当時日本の植民地とされた朝鮮半島から連行されてきた朝鮮人たちだった。そのことを、どれほどの人が知っているだろうか。吉村昭もこのことについては触れていない。自分も今回、堀江節子氏の本を読んで初めて知った。何度も黒部に足を運んでいたにもかかわらず、なぜ気づかなかったのか。黒部川がダムによってせき止められ、去勢されてしまった流れを惜しみ、ダムに堆積したヘドロが放流によって環境悪化を招いていること、そんな程度の認識だった。
気になって書架にある柏書房の『朝鮮人強制連行の記録 中部・東海編』、神戸学生青年センターの『戦時朝鮮人強制労働調査資料集』をめくってみた。なんたること、黒三のことがちゃんと出ているではないか!恥ずかしいというより自分が腹立たしくなってくる。これは日本の加害の歴史の一側面。今日問われているのは、当時の加害責任もさることながら、それを知らないこと、伝えようとしないこと、むしろそちらの方が大きい。隠し、ねじ曲げ、もみ消そうという企みの先にあるのは「いつか来た道」だから、それに与してはならない。本書が黒三の背景、過程、結果、責任の所在を詳述している。平和と人権を語る者、日本の近現代史を学ぶ者、国際関係を論ずる者を自負するのであれば、避けて通ってはならない必読の書である。そして、登山者だろうが観光客だろうが、黒部を愛する者も…。
戦時下にだまされて日本に連れて来られ、給料も支払われずに過酷な労働を強いられた13歳の少女。戦後、韓国に戻ってからも、日本で被った苦痛を忘れることなどできず、無償労働を強いた日本企業を相手に慰謝料の支払いを求めつづけました。そしてそれがようやく裁判で認められました。
この問題は日韓両国の国家間の問題として考えられがちですが、何よりも一番考えるべきことは、過酷な被害を受けた彼女らが、13歳から今日に至るまで救済されずに放置されてきたということではないでしょうか。韓国大法院は彼女らの訴えをどうして認めたのか、判決を読み解き、考えてみませんか。
以下4冊、韓国現代史の本を紹介します。
韓国の現代史を知る意味は、大きく言って二つあると思います。ひとつは、日本による侵略と植民地支配、それに対する抵抗運動。もうひとつは、植民地支配から解放されたものの、米ソ冷戦体制に起因する民族を二分する朝鮮戦争の惨禍、反共の防波堤の役割を与えられ、軍事独裁が外からの力で容認されたこと、それに対する民主化闘争です。外からの不条理、内からの不条理に対する抵抗こそが韓国の民主主義を支えている。朴槿恵大統領を罷免したキャンドル・デモは、まさにそのシンボルでした。T.S.

私たち同時代を生きる「普通の人」の視線による現代史。どの国にも誇れる部分はあるし、また暗黒面もある。前者を肯定的にとらえるのは国家主義的、自己陶酔史観なのか、後者をとりあげるのを反○○的な自虐史観として捨象して良いのか。自分史として捉え直す著者だが、それが容易でないことは、現実社会に漂う空気からもわかる。あらゆる問題の要因は、実はひとりひとりの心の内に収れんするのではないのか。そして解決の糸口も…。YouTubeに著者へのインタビューがあるから、そちらを見てほしい。

戦争と混乱、過酷な強権政治と抵抗、経済成長とその破綻。本書は、幾多の困難と屈折をくぐり抜け民主化を求めてきた韓国に住む人びとの経験を伝える。そして今なお残る過去清算問題とは何か。柔らかな筆致でコンパクトに描く韓国現代史の新たなスタンダード。【出版社による解説】

民主化世代が書いた全く新しい韓国現代史。韓国とはどんな国なのか。韓国社会が抱える課題の歴史的な根源とは何なのか。新鮮な視点とユーモラスな語り口で最新の韓国像を示す。【出版社による解説】

韓国のベトナム参戦、徴兵制度、朴正熙論、金日成論と、好評の第1巻を上回る韓洪九の批判精神がさらに冴え渡る。歴史の見直しが進む韓国ならではの鮮烈な現代史像が展開される。【出版社による解説】

安倍首相にも文大統領にも受け入れ可能な解決策を提示。政府が来春東京に開設する徴用工展示室の成功に向け外交交渉を開始すべきだ。

近隣諸国との真の友好関係を築く第一歩は、日本帝国の朝鮮に対する侵略をどのように進めていったかを知ることです。
現代の日本人の間に深く浸透している「栄光の明治」観──日清・日露戦争に勝利して「一等国」にのぼりつめる物語ですが、国内においてはアイヌや琉球の人々を臣民化し、台湾・朝鮮を植民地として併合する帝国主義国家が誕生する道のりでもありました。本書は、日清・日露戦争の主眼は朝鮮支配にあるとし、その具体的な事実を日本軍による不法行為と戦史の改ざんを示す史料で明らかにしました。

江華島事件を口実に朝鮮の開国に成功した日本は、清国との角逐や欧米列強との利害調整をくり返しつつ、日清・日露戦争をへて、一九一〇年、韓国を「併合」する。それは同時に、朝鮮政府・人民の粘り強い抵抗を排除する過程であり、苛酷な弾圧の歴史でもあった。朝鮮植民地化の全過程を、最新の研究成果にもとづいて叙述する待望の通史。

軍政に抵抗し、日本・中国年の刑期を終えて出所した主人公。乗り込んだタクシーで見たのは、かつて獄中生活を支えてくれた恋人の写真だった。逃亡生活を送っていたときに協力者として紹介され、二人は愛し合う仲に。潜伏場所で現実とは一線を画す幸福な生活を送るが、ソウルで仲間が捕まったとの連絡を受け、彼は彼女を残して立ち去る。
