《ツァラトゥストラかく語りき》



リヒャルト・シュトラウス

 この曲は、ニーチェの同名の著作にインスピレーションを得たリヒャルト・シュトラウス(1864~1949年)が1896年に作ったものである。原作の思想を表現したというよりは、原作のいくつかの部分を音楽的に描写したものである。全体は九つの部に分けられるが、連続して演奏される。

1.Einleitung(導入部)
2.Von den Hinterweltlern(世界の背後を説く者について)
3.Von der gro?en Sehnsucht(大いなる憧れについて)
4.Von den Freuden und Leidenschaften(喜びと情熱について)
5.Das Grablied(墓場の歌)
6.Von der Wissenschaft(学問について)
7.Der Genesende(病より癒え行く者)
8.Das Tanzlied(舞踏の歌)
9.Nachtwandlerlied(夜の流離い人の歌)

 この曲が有名になったのは、鬼才スタンリー・キューブリック(1928~99年)が監督した映画『2001年宇宙の旅』に使われたからなのは間違いない。メインタイトルが表示される月・地球・太陽が直列するシーンと、人類の祖先が骨を武器にすることに目覚める場面である。冒頭部分のインパクトはもちろんだが、あのオルガンの重低音をどこまで録音できるか、そして再生できるか。当時のオーディオ・ブームもあって、レコードは優秀録音を競い、再生装置の評価にも使われた。日食をモチーフにしたレコード・ジャケットなど、もとの音楽とは無関係の天体現象が組み合わされるところには、なんとなく違和感を抱いたものである。

 使用された演奏は、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~89年)が指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるデッカ盤だった。当時すでにベルリン・フィルのポストを得ていたカラヤンだったが、デッカの優秀な録音技術に惚れ込んでいたこと、名プロデューサーとして鳴らしたジョン・カルショウ(1924~80年)がいたことで、ウィーン・フィルとの共演を望んだという。当時、指揮者やオーケストラ、演奏者、歌手などはレーベル(レコード会社)と専属契約を結んでいた。ベルリン・フィルを抱えていたのがEMIで、ウィーン・フィルはデッカ専属だったのである。


CD 1 : カラヤン盤

 1960年代、カラヤンとウィーン・フィルのコンビはデッカのレーベルに数多くの名盤を残した。それらは今なお超一級の録音の良さを誇るとともに、演奏も当時のウィーン・フィルらしい香りの高さ、豊かな麗しさをたたえるものばかりだが、カラヤンが生涯で最も得意とした作曲家の一人であるリヒャルト・シュトラウスともなれば、もう何もいうことはあるまい。響きの柔らかさと温かさ、音色の艶やかさ、内的な高揚感など、作品の特質を一つも取りこぼすことなく表現しきった名演であろう。

 『2001年宇宙の旅』に使われた音源は、実はこのカラヤン盤だったわけだが、映画製作側からの使用申請に対し、デッカ側が指揮者および演奏団体をクレジット表記しないことを条件にしたという。そのため、映画が大成功するや、他のレーベルが競うように“2001年宇宙の旅 テーマ曲”を大書した《ツァラトゥストラかく語りき》を販売、デッカは地団駄踏んで悔しがることになったそうである。なお、映画で使用された冒頭部最後のパイプオルガンの和音は、録音会場となったウィーンのゾフィエンザールにオルガンが無かったため、郊外の小さな教会で収録しミキシングされたものだという。

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1959年


CD 2 : メータ盤

 ズービン・メータ(1936年~)をとりあげたのは、なにも彼がパーシー(ゾロアスター教徒)だからではない。もちろん、そういった興味もないわけではないが、この演奏があまりにも素晴らしい、素晴らしすぎるからである。ロサンゼルス・フィルハーモニック時代の彼は本当に凄かった。緩急や強弱の幅を大きくとり、たっぷりと、ややケレン味を感じさせるくらい旋律を朗々と歌わせ、それでいながら少しも泥臭くなく、颯爽とした演奏で聴く者を魅了した。これもその最良の一つといってよいだろう。

 一地方オーケストラだったロサンゼルス・フィルハーモニックを全米屈指の存在に育て上げ、名門ニューヨーク・フィルハーモニックに“栄転”したメータだったが、ニューヨーク時代の彼からは、あの魔法のような音楽は影を潜めてしまった。巨匠が作り出す成熟しきった演奏ではあったものの、やけに物分りの良い、なんとなくジジくさい音楽になった気がする。《ツァラトゥストラかく語りき》も再録されたが、生き生きした輝くような金管楽器群など、こちらの方が新鮮かつストレートで、スケールの大きさも優っていると思う。

指揮:ズービン・メータ
演奏:ロサンゼルス・フィルハーモニック

録音:
1968年


(しみずたけと) 2024.5.7

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