さくらんぼの実る頃

学生の歌声に…思い出しました。
「君が死んだ後で」、第一次羽田闘争、音楽は「あまちゃん」の大友良英、見たい。でも3時間20分もの長さ…マスクをして、閉じた空間で私にはきついです。「三島由紀夫と全共闘」の記録映画もマスクを思い、コロナがおさまってからと諦めました。

「美しき5月のパリ」というと、「さくらんぼの実る頃」の歌もなつかしく思い出されます。

J.B.Clement 作曲のシャンソンですが、パリ・コミューンの時のテーマソングでもあるとか。メロディはすなおだけれど日本語ではあちこち字余り…

加藤登紀子のでは

さくらんぼ実る頃は うぐいすが楽しそうに野に歌うよ
乙女たちの心みだれて 戀に身をこがすよ
さくらんぼ実る頃は 愛のよろこびをみな歌うよ

けれどもさくらんぼの実りは短く 心あせる
愛する人にじっと抱かれて しあわせにふるえても
実り終わり うぐいす去ると 赤いしずくが胸を染める

さくらんぼの実る頃は 年老いた今もなお なつかしいものさ
あの日のことを心に秘めて 過ごしたしあわせを
さくらんぼ実る頃は いつもしのんで歌うよ

メロディとか載せられなくてごめんなさい。
このさくらんぼは日本のではなくて、真っ赤で多汁なあれですね。

H. S.

加藤登紀子、歌手生活55周年を記念して、55曲のLIVE映像を公開。
第2弾は「さくらんぼの実る頃」
〜1995年30thコンサート〜




 「さくらんぼの実る頃」は、ジャン・バティスト・クレマン(1836~1903年)による、さくらんぼの季節に味わった過去の失恋、それを今なお引きずる心の痛みを訴える詩に、テノール歌手のアントワーヌ・ルナール(1825~72年)が曲を付けたものである。クレマンは、後にパリ・コミューンに加わり、1871年、「血の一週間」と呼ばれた虐殺を同名の詩に残した。さくらんぼの赤い色が血を想起させ、実際に「血の滴り」とか、真紅の暗喩である「珊瑚」、開いた傷口という言葉も使われていることから、これもパリ・コミューンの悲劇と関連づけられることがある。しかし、詩が書かれたのが1866年、その二年後に曲が付けられたことから、「血の一週間」を扱ったものでないことは明らかだろう。

 コミューンのバリケードに、衛生隊員のルイーズ・ミシェルが糧食のさくらんぼが入った籠をかかえてやって来る。彼女は危険をかえりみずに負傷者の看護にあたったが、戦闘の中で亡くなってしまう。コミューンの崩壊後、「血の一週間」を悼むパリ市民が歌い始め、この歌はパリ・コミューンのテーマ・ソングのひとつとなった。後にクレマンは、この詩をルイーズに捧げるべく、一部を書き換え、現在に至っている。

1955 コラ・ヴォケール Cora Vaucaire (1918-2011)

::: 歌詞 :::

Quand nous chanterons le temps des cerises
Et gai rossignol et merle moqueur
Seront tous en fête
Les belles auront la folie en tête
Et les amoureux du soleil au cœur
Quand nous chanterons le temps des cerises
Sifflera bien mieux le merle moqueur

さくらんぼの実る頃は
サヨナキドリも、マネツグミも
みんな浮かれ出す
美女たちはのぼせ上がり
恋人たちの心も朗らか
さくらんぼの実る頃
マネツグミも上手にさえずる

Mais il est bien court le temps des cerises
Où l’on s’en va deux cueillir en rêvant
Des pendants d’oreille…
Cerises d’amour aux robes pareilles
Tombant sous la feuille en gouttes de sang…
Mais il est bien court le temps des cerises
Pendants de corail qu’on cueille en rêvant !

けれど、さくらんぼの季節は短い
二人連れは夢見心地で
耳飾りを摘みにいく季節は
おそろいを着た恋のさくらんぼが
血の滴りのように落ちる季節は…
けれど、さくらんぼの季節は短い
夢の中で珊瑚を摘むこの季節は!

Quand vous en serez au temps des cerises
Si vous avez peur des chagrins d’amour
Évitez les belles!
Moi qui ne crains pas les peines cruelles
Je ne vivrai pas sans souffrir un jour…
Quand vous en serez au temps des cerises
Vous aurez aussi des chagrins d’amour !

さくらんぼの実る頃
恋の悩みがこわいなら
美女は避けるべし!
むごい苦しみを恐れぬ僕は
苦しみのない生き方はしない…
さくらんぼの実る頃
キミだって恋に悩むだろう!

J’aimerai toujours le temps des cerises
C’est de ce temps-là que je garde au cœur
Une plaie ouverte !
Et Dame Fortune, en m’étant offerte
Ne pourra jamais calmer ma douleur…
J’aimerai toujours le temps des cerises
Et le souvenir que je garde au cœur !

さくらんぼの実る頃が僕は好きだ
この季節、今なお疼くのは
心の中に開いた傷口!
運命の女神が微笑もうと
この傷は癒されまい…
さくらんぼの実る頃が僕は好きだ
心の中に疼く思い出とともに!



N°17, rue de la Fontaine-au-Roiのバリケード跡にある碑

     

ジャン・バティスト・クレマンの墓(ペール・ラシェーズ墓地)

コラ・ヴォケールも同じ墓地に眠る
Cora Vaucaire:1918~2011年

::: CD :::

加藤登紀子の歌う「さくらんぼの実る頃」の収録された2枚組のCDをひとつだけ紹介しておこう。彼女の十八番ゆえ、どれが良いか迷うところだが、比較的新しいベスト・アルバムを選んでみた。「美しき五月のパリ」が含まれているのも好都合。本人が監修し、激動の世界と自らの半生を歌った「TOKIKO’S HISTORY~花はどこへ行った」と題する全国公演の曲目が収録されている。自伝『TOKIKO’S HISTORY ― since1943 運命の歌のジグソーパズル』をあわせて読めば、加藤登紀子の音楽人生が見えてくるはずだ。

DISC 1
1.時には昔の話を
2.ひとり寝の子守唄
3.愛のくらし
4.この空を飛べたら
5.この世に生まれてきたら
6.ANAK(息子)
7.美しい昔
8.鳳仙花
9.広島 愛の川
10.今どこにいますか
11.1968
12.あなたの行く朝
13.Now is the time
14.Revolution
15.Never Give Up Tomorrow
16.知床旅情
17.琵琶湖周航の歌

DISC 2
1.さくらんぼの実る頃
   (フランス語ヴァージョン)
2.百万本のバラ
3.難破船
4.美しき五月のパリ
5.遠い祖国
6.暗い夜
7.枯れた楓
8.波止場の夜
9.悲しき天使(遠い道)
10.今日は帰れない
   ~パルチザンの唄~
11.暗い日曜日
12.リリー・マルレーン
13.名前も知らないあの人へ
14.Pere-Lachaise(ピアフに捧ぐ)
15.3001年へのプレリュード
16.蒼空
17.愛の讃歌
18.終りなき旅


(しみずたけと)

9j音楽ライブラリーに跳ぶ
リンク先は別所憲法9条の会ホームページ

「さくらんぼの実る頃」への7件のフィードバック

  1. 2月11日、八王子いちょうホールで加藤登紀子のコンサートが開かれるようです。

  2. パリには3つの有名な墓地があります。モンマルトル、ペール・ラシェーズ、モンパルナス。

    (3つの中では)一番古いモンマルトル墓地には、ゾラ、ベルリオーズ、スタンダール、ハイネらが、一番新しいモンパルナス墓地には、サルトル、ボーヴォワールらが眠っていますが、私が一番好きなのはペール・ラシェーズ墓地。

    ショパン、オスカー・ワイルド、マルセル・プルースト、アポリネール、マリア・カラスなど、誰もが知る名前のオンパレード。ポール・エリュアール、いつも赤い花が置かれたエディット・ピアフの墓はコミューンの壁のある一角(第97区)です。イヴ・モンタンは、どの区画だろう…。ユーゴーの『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・ヴァルジャンも、ここに埋葬されたという設定になっている。もう四半世紀、足を運んでいません…。

  3. むかし、コラ・ヴォケールの歌で聴いたものです。
    いいですね、歌詞もメロディも。
    宮崎駿のアニメ『紅の豚』の挿入歌として、
    マダム・ジーナ役の加藤登紀子がフランス語で歌っていました。

    そういえば、2011年に亡くなったコラ・ヴォケールは
    パリ・コミューンの最後の戦いの場となった
    ペール・ラシェーズ墓地に葬られたはず。
    コミューン戦士たちは塀の前に並ばされ、銃殺されました。
    AUX MORTS DE LA COMMUNE 21-28 Mai 1871
    (1871年5月21~28日のコミューンの死者に捧げる)のプレート。
    Mur des Fédérés と呼ばれ、献花がたえません。

    T.S.

    1. きのう、「加藤登紀子のでは」と歌詞を記したのですが、あれは彼女が1970年代に歌っていた歌詞で…そのころ買った「加藤登紀子 歌のアルバム」という楽譜集の中のものです。
      しばらく前から、別の歌詞で歌っていますね。
      中山エミという人が前述の歌詞で歌っているのをさっき見つけました。
      出口美保という年配のシャンソン歌手が、菅美沙緒という人の訳詞で歌っているのはなかなか良かったですよ。
      いずれにしても述べている内容は共通しています。

      コラ・ヴォケールもペール・ラシェーズ墓地も知りませんでした、教えてくださってありがとうございます。
      さくらんぼは、高いけれどやはり日本のものが好きだなあ…

      1. H. S.さん、『きみが死んだあとで』は9jコレでご覧になれます。
        前後編に分かれていますから、途中で一息つけばよろしいかと。
        というか、好きなところで休憩できるのが自宅鑑賞のメリット。

        1. しみずたけとさん
          ありがとうございます!
          「君が死んだあとで」9条コレクションに新着、気付きませんでした。
          どのカテゴリーに属するでしょうね。
          休みながら見てみます。
          こじまさん、そのうち貸してください。

          1. 『君が死んだあとで』は【抵抗】の下から二番目です。
            探しやすくするにはどうしたら良いか、小島さんがいろいろ思案中みたいです。
            とりあえずはご覧ください。(疲れそうですが)

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