夜空を見あげて《惑星》



ホルスト 組曲『惑星』作品32(1916年)

第1曲 火星、戦争をもたらすもの
第2曲 金星、平和をもたらすもの
第3曲 水星、翼のある使者
第4曲 木星、よろこびをもたらすもの
第5曲 土星、老いをもたらすもの
第6曲 天王星、魔術師
第7曲 海王星、神秘主義者

 さて、あまり小難しいことなど考えずに、音楽そのもを楽しむことにしよう。


::: C D :::

 組曲『惑星』は世界的に人気があり、少し前までは演奏会でも頻繁にとりあげられていた。録音の数も多い。この曲の演奏には、大きく分けて三つの様式があるように思う。ひとつはイギリスの伝統的な民謡を彷彿とさせる、やや地味ではあるが、ゆったりとした中に壮大なスケール感を醸し出すもの。英国出身の指揮者にはこのスタイルが多く、同郷のオーケストラとのコンビでそれは最大限に発揮されるようだ。次に、濃厚なロマンチシズムと優雅さを併せもったヨーロッパ的な演奏。そして最後は、大スペクタクル映画のような煌めきと迫力に満ちた、華麗と言うよりはド派手なアメリカン・スタイル。それぞれに良さがあり、好みもあるだろうから、それら三つに合いそうなものを紹介したいと思う。

 

1)ボールト盤

 まずは正統派イギリス的演奏として、エードリアン・ボールト(1889~1983年)をあげたい。作曲したホルストの信頼篤く、この曲の初演を任された人である。ライブを除き、『惑星』を全部で五回も録音している。1978年にロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を振った最後のものが高い評価を得ているようだが、私はニュー・フィルハーモニア管弦楽団との1966年の演奏をとりたい。あらゆる意味でスタンダード、後のレコーディングの指標になった演奏だろう。「木星」の中に、“ため”とでも言えば良いだろうか、一呼吸おく箇所がある。ボールトの他のレコーディングにはないのだが、これが実にイギリスを思わせるのだ。

 『惑星』を複数回レコーディングしている指揮者はあまりいない。いるとすれば、それはレコード会社の要請であろう。なにしろ人気の曲だから、一定数売れるに決まっている。しかし、ボールトだけは別格だ。作曲者本人を知り、信頼し合い、初演者なのである。曲の解釈、そして曲への思い入れ、この人の右に出るものはいないと言って良いだろう。

指揮:サー・エードリアン・ボールト
演奏:ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

合唱:アンブロジアン・シンガーズ女性グループ

録音:1966年


2)カラヤン盤

 英国ローカルだった『惑星』が世界的に知られるきっかけになったのは、おそらくこのレコードによるものだろう。広大なレパートリーを誇るヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~89年)だが、英国ものの録音は決して多くはなかった。彼がなぜこの曲をとりあげたのかはわからないが、クラシック音楽をビジネスとして見る目、録音技術への関心を思うと、『惑星』はレコード化にうってつけの題材だったのだろう。

 「火星」では、ユーフォニアムの代わりにワグナー・チューバが使われている。この頃、ウィーン・フィルはデッカのプロデューサーを務めていたジョン・カルショー(1924~80年)のもと、ゲオルク・ショルティ(1912~97年)の指揮でワーグナーの『ニーベルンクの指輪』全曲録音を進めていたが、それが関係しているのだろうか。ユーフォニアムの澄んだ音にくらべ、やや割れ気味の音が迫力を加えている。

 慣れない曲ということもあって、「木星」ではオーケストラがついて行けずにアンサンブルが乱れるところがある。ウィンナ・ホルンは、ダブルピストン・バルブを使用した、基本的にはFシングル管の一種古楽器であるし、ピストンではなくロータリー・バルブのウィンナ・トランペットともども、速いパッセージは得意ではない。楽器が良くなり、演奏技術も進歩した今日であれば、おそらくこのようなことにはならないだろうが、なにしろ60年も前の演奏なのだ。それにしても当時のデッカの録音技術は凄い。半世紀以上前とは思えない音質に驚かされてしまう。

 カラヤンは20年後に手兵のベルリン・フィルと再録音している。演奏はさらに洗練され、デジタル録音と相まって、より華麗さを増しているのだが、私はこのウィーン・フィルとの録音の方が好きだ。エポック・メイキングという事実もさることながら、華麗さではなく“華”とでも言えば良いだろうか、チャーミングな優美さに惹かれてしまう。

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団


録音:19
61


3)メータ盤

 インドはムンバイの裕福なパルシーの一族として生まれたズービン・メータ(1936年~)。マゼール、アバド、小澤征爾とともに、カラヤンとバーンスタインの次代を担う四天王として、若いときから将来を嘱望された俊英である。カラヤン&ウィーン・フィルによって、一般に知られるようになった『惑星』であるが、クラシックのファン以外にも広く認知され、その後の大ブレークのきっかけになったのは、おそらくこのレコードだったろう。このとき、メータはまだ35歳。

 しなやかな弦セクション、咆哮する金管楽器群。いかにもアメリカ的だ。同じ年に、バーンスタインもニューヨーク・フィルハーモニックとのコンビで録音しているが、ロサンゼルス・フィルの方が明るくて躍動感にまさっている。26歳で音楽監督に就任し、地方オーケストラに過ぎなかった同楽団を全米トップクラスに育て上げた手腕には恐れ入ってしまう。

 ニューヨーク・フィルハーモニックに転出したメータは、89年に同曲を再録しているのだが、老成というか巨匠風に過ぎると言うべきか、かつての若さあふれるエネルギッシュな指揮ぶりが好きだったがゆえに、なにかが足りなく思えてしまうのだ。

指揮:ズービン・メータ
演奏:ロサンゼルス・フィルハーモニック
合唱:ロサンルス・マスターコラール女声合唱

   (合唱指揮:ロジェ・ワーグナー)

録音:1971年


三つの盤の演奏時間を比較すると・・・

ボールトカラヤンメータ
火 星 7:217:007:10
金 星 8:518:188:05
水 星 4:053:553:49
木 星 8:027:357:50
土 星 9:138:309:52
天王星 6:285:445:38
海王星 7:097:367:03

(しみずたけと) 2023.8.28

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