日韓両国のメディア労働者共同宣言

事実に基づいた報道で、国境を越えて平和と人権が尊重される社会を目指そう

歴史問題に端を発した日韓両国の政治対立が、さまざまな分野での交流を引き裂き、両国の距離を遠ざけている。

歴史の事実に目を背ける者に、未来は語れない。

過去の反省なしには、未来を論じることはできない。

排外的な言説や偏狭なナショナリズムが幅をきかせ、市民のかけがえのない人権や、平和、友好関係が踏みにじられることがあってはならない。いまこそ、こつこつと積み上げた事実を正しく、自由に報道していくという私たちメディア労働者の本分が問われている。

今日、日本の「マスコミ文化情報労組会議」と韓国の「全国言論労働組合」に集うメディア労働者たちは、平和と人権を守り、民主主義を支えるメディアの本来の責務をもう一度自覚して、次のように宣言する。

一、我々は今後、あらゆる報道で事実を追求するジャーナリズムの本分を守り、平和と 人権が尊重される社会を目指す。

一、平和や人権が踏みにじられた過去の過ちを繰り返すことがないよう、ナショナリズムを助長する報道には加担しない。

2019年9月28日

日本マスコミ文化情報労組会議 韓國全国言論労働組合

お隣の国 植民地時代の朝鮮

今回、お隣の国の植民地時代の朝鮮について、60年以上前に使った学校の教科書からはじめて、改めて勉強しました。その中で、感じたことは以下のことでした。

清が「アヘン戦争」に敗れ、日本が鎖国している時代で、外国留学を決意しペリーの黒船に小舟を使って近づき外国について学ぼうとしたが果たせなかった、吉田松陰の考え、 「神后(神功皇后)の三韓を征し、時宗(北条時宗)の蒙古を殺し、秀吉の朝鮮を伐つ如き、豪傑というべし」「朝鮮を責めて質を納れ貢を奉ること古の盛時の如くならしめ、北は満州の地を割き、南は台湾・ルソンの諸島を収め、しだいに進取の勢いを示すべし」(吉田松陰) 日本と韓国・朝鮮の歴史  中塚 明 著

そして、江華島事件(1875年)から日本敗戦(1945年)の70年の朝鮮の植民地化の歴史から、安倍政権は何を学んだのだろうか。Y.K.

「檻の中のライオン」講演会 と例会に参加して

「檻の中のライオン」の講演では基本をしっかり認識することの大切さが話されました。今回の日韓の事でも「人を大切にする」と言う極めて当たり前の「簡単」なことがとてつもなく「簡単ではない」。例会で学習する事や、知ることが出来ると言うことは、そんな“簡単で当たり前”のことに少しでも近づける一歩の気がします。私は学習をしあえることの心地良さ!!がとても大切で大事なことと確信しました。 N

2019年8月 懇親会開きました

残暑の続く31日の夕方から駅近くの会場で納涼懇親会でした。

会場一杯の参加者で飲んで食べてしゃべって交流しました。

日頃の例会ではなかなか聞けないお話も出ていたようです。新宿あたりの飲み屋街の事も、・・・・楽しい時間を過ごし、英気を養っていただけたでしょうか?次回はいつ? などの声も。

この会が有るから繋がり、気軽に話せる私たちですね。

徴用工問題に端を発する日韓関係の悪化?

政府間でくり広げられている今回の不毛な罵り合いは、戦時中の徴用工使役に端を発するものだ。2018年10月30日、韓国大法院(日本の最高裁にあたる)は戦争中に朝鮮人を徴用した新日鐵住金に対して賠償の支払いを命じた。ここでは日本政府の反応を検証してみたい。

大法院判決に対する河野太郎外務大臣の談話(詳細は外務省HP )の要旨は次の四点。

1) 1965年締結の日韓基本条約及び関連協定により、両国とその国民の財産、権利及び利益ならびに請求権に関する問題は「完全かつ最終的に解決」されており、いかなる主張もできない。

2) 大法院は新日鐵住金に対する損害賠償支払いを認めたが、これは日韓請求権協定第2条に違反する。

3) 韓国には国際法違反の状態の是正を含め、適切な措置を講ずることを求める。

4) 直ちに適切な措置が講じられない場合、国際裁判も含め、あらゆる選択肢を視野に入れ、毅然とした対応を講ずる。

何が問題なのかを考えてみよう。まず、韓国大法院という司法機関が日本企業に対して下した判決について強く非難している。次に、韓国政府に対して「適切な措置」を講ずるよう求め、講じない場合はあらゆる選択肢を行使すると表明している。「適切な措置」とは、日本企業が不利益を負わずにすむ、たとえば新日鐵住金が損害賠償支払いを免れることを意味しているのは明らかであろう。単刀直入にいえば、大法院判決は日韓請求権協定第2条に違反し、日本企業に不利益をもたらすものだから、韓国政府は何とかしろ、そうでなければこちらにも考えがあるぞと、ヤクザまがいの脅しをかけたわけだ。

日韓基本条約が締結された1965年、世界は米ソ冷戦体制下であり、日韓両国は複雑な国際関係の支配下にあった。それゆえ、本条約の成立過程を再検討し、内容についても一定の留保をすべきだと思うが、ここではそのこと自体には触れないでおく。ただ、日韓請求権協定においてさえ、個人の請求権まで否定されているわけではないことを頭にとどめておくべきであろう。韓国の司法機関たる大法院は、徴用工であった個人が、自分を使役していた日本企業を訴えた民事訴訟に対し、韓国国内法に基づいて判断を下したのである。日本政府とはまったく関係がないことは明白であろう。

訴訟の当事者でない政府が、自国の企業に不利だからという理由で、他国の司法機関が下した判決を受け入れられないなどと言えるものなのか。新日鐵住金は当時の国策のもとで徴用工を使役していたのだから、日本政府は本質的に当事者であり、賠償義務を負う立場にあるが、そうとは言い出せないジレンマに陥っていることもわかる。このように、日本政府が韓国大法院判決にケチをつけることは露骨な内政干渉でしかない。

韓国政府に対して「適切な措置」を求めたというのは、行政府の力で司法府の決定を覆せということなのだろう。三権分立を理解していないからこそ、こうした物言いができるのだ。そもそも日本には三権分立など存在していないのだから、大臣が知らないのも無理ないのかもしれない。言うことを聞かなければあらゆる手段をとるぞという恫喝が、ホワイト国除外という経済報復の形ですでに実行に移されたのはご存じの通りである。

日韓基本条約をもとにした日本政府の主張は、条約を締結した1965年当時は通用していたかもしれないが、国連憲章の人権関連条項や世界人権宣言、国際人権規約などの国際人道法が世界的に受け入れられるようになった現在、もはや法的正当性を失っている。徴用工の問題は、慰安婦問題と同様、国家間の約束事ではなく、時効のない人権問題になったのである。先進国、民主主義国と呼ばれる国々はみな、過去に遡及して過ちを認め、補償し、繰りかえさないという誓いを、教育や記念碑の建立という形で表してきた。それに気づかない日本政府にこそ問題がある。 この外務大臣談話の致命的欠陥は、国際法のみならず、三権分立の概念とか外交の基本スタンス、人道主義という、近代国家が有すべき最低限の要素を理解していないところにある。私たち日本国民は、このような政府しか持つことができていない我が身を問い直すことから始めなければならないように思う。

(しみずたけと)