沼地の兵士の歌

下で紹介する3人の歌手(ハーネス・ヴァーダー、ピート・シーガー、ポール・ロブスン)と、そのほかにフランス陸軍合唱団、オリビエ・メシアンのCDをこちらのリンク先の記事「沼地の兵士の歌のCD紹介」にてごらんいただけます。


「沼地の兵士の歌」 
Die Moorsoldaten

ハーネス・ヴァーダー Hannes Wader が歌う。

「沼地の兵士の歌」 ドイツ語版 Die Moorsoldaten ドイツのプロテスト・シンガーのハーネス・ヴァ―ダーが歌う。
ここには絶滅収容所の写真が多く示されています。

ドイツ語歌詞と和訳へはここから跳べます。


「沼地の兵士の歌」
Die Moorsoldaten

 ピート・シーガーが歌う(ライブ演奏)。英語歌詞も。

なつかしいピート・シーガーの歌声です。ドイツ語で歌い始め、「2週間前、2万人集まったマジソンスクウェア・ガーデンで、多くの人がドイツ語で一緒に歌うのを聞いて驚きました。でも、英語の歌詞もありますよ。」と言って、英語の歌詞をはさみます。この動画では当時のエムスラントの収容所の空撮と所在がわかる地図を見ることができます。この地図はこのページのもう少し下の方にも同じものを掲載しています。 (サイト編集者)

エムスラントの地図へ跳びます。


「沼地の兵士の歌」
The Peat Bog Soldiers

ポール・ロブスン Paul Robeson が歌う。

「沼地の兵士の歌」 英語版  Peat Bog Soldiers
アメリカ人で、バスバリトンのオペラ歌手、作家、公民権活動家のポール・ロブスンが歌う。

英語の歌詞へはここから跳べます。


「沼地の歌」
Le Chant des Marais

フランス軍パラシュート部隊の合唱

「沼地の歌」 Le Chant des Marais ,  フランス軍パラシュート部隊の合唱

フランス語の歌詞へはここから跳べます。


「追放者たちの歌」
Chant des déportés, pour chœur mixte et grand orchestre
オリヴィエ・メシアン作曲
演奏:ジャカランダ・ミュージック、カリフォルニア
指揮:アンドリュー・デイヴィス  演奏:BBC交響楽団

エムスラント郡にあった収容所のマップ

ドイツ、エムスラント地方

ピート・シーガーの動画へ戻ります。


沼地の兵士の歌:ドイツ語

ハーネス・ヴァーダーの動画へ戻る


沼地の兵士の歌 : 英語

沼地の歌:フランス語

Peat Bog Soldiers
Le Chant des Marais

1.
Far and wide as the eye can wander
Heath and bog are everywhere
Not a bird sings out to cheer us
Oaks are standing, gaunt and bare

Refrain (x2):
We are the peat bog soldiers
We are marching with our spades to the bog

1.
Loin vers l’infini s’étendent
De grands prés marécageux
Et là-bas nul oiseau ne chante
Sur les arbres secs et creux

Refrain (x2):
Oh! terre de détresse
Où nous devons sans cesse
Piocher

2.
Up and down the guards are pacing
No one, no one can go through
Flight would mean a sure death facing
Guns and barbed wire block our view

Refrain:

2.
Dans ce camp morne et sauvage
Entouré de murs de fer
Il nous semble vivre en cage
Au milieu d’un grand désert

Refrain:

3.
But for us there is no complaining
Winter will in time be past
One day we shall cry rejoicing
Homeland, dear, you’re mine at last

3.
Bruit des pas et bruit des armes
Sentinelles jour et nuit
Et du sang, des cris, des larmes
La mort pour celui qui fuit

Refrain:

4.
No more the peat bog soldiers
Will march with our spades to the bog
No more the peat bog soldiers
will march with our spades to the bog
//
Then will the peat bog soldiers
march no more with spades to the bog

4.
Mais un jour dans notre vie
Le printemps refleurira
Liberté, liberté chérie
Je dirai tu es à moi
Oh! terre d’allégresse
Où nous pourrons sans cesse aimer

ポール・ロブスンの動画へ戻る


「沼地の兵士の歌」のCD紹介へ跳ぶ


(しみずたけと)  2020.5.18

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リンク先は別所憲法9条の会ホームページ

名もなきひとりひとり 

コンパニエ ジョリ・モーム Compagnie Jolie Mome、パリで活動するミュージカル・グループです。すてきな人たちです。すてきなパフォーマンスを披露しています。例えば、パリのカルチェ・ラタンのムフタール通りの街角で。

下のビデオは ベル・ルージュ フェスティバル 2018 でのパフォーマンス。仮設劇場です。演奏曲目はSans La Nommer「名もなきひとりひとり」(題名は私訳)。下に掲げた歌詞の後半、太字にした部分は演者がこれらすべての権力に抗った人々を讃えて一気に口上を述べるところです。圧倒されます! ぜひ聴いてみてください!

Sans La Nommerはジョルジュ・ムスタキが作曲し歌ったものです。ムスタキは昔、日本でもたいそう人気があり、来日していたのを覚えています。この曲も歌っていたのでしょうか。ジョリ・モームの歌のレパートリーはこれまで広く歌われてきたものと、彼らのオリジナル曲の両方です。

ベル・ルージュ フェスティバル 2018 より ”Sans la nommer” 約7分

名もなきひとりひとり
Sans La Nommer

名前を明かさず、あの娘について話そう
片思いの恋人を語るように
目覚めようとする、生き生きとした娘
太陽の下、輝く未来に

打ちのめされ、 追跡され、追い詰められ
そして彼女は立ち上がり
苦しみ、ストを決行
鎖につながれ し
裏切られ、見捨てられ
それでも生きる勇気を授けてくれる
彼女にならついて行きたい
どこまでも

名前は明かさずに、彼女にオマージュを捧げよう
五月の美しい花、野生の果実
両足でしっかりと大地にたつ娘
そして気の赴くままに生きる娘

名前は明かさず、彼女について話そう
愛され、憎まれ、でも忠実な彼女
あなたにも紹介したい
人は彼女を永久革命と呼ぶ

【 敬意を表し、以下を連呼します。】

戦艦ポチョムキンの水平たちのために
弾圧された評議会の平和主義者

クラオン(塹壕戦の)謀反兵
サッコとバンゼッティ
ローザ・ルクセンブルグとK.リープクネヒト
1936年のスト参加者
オビエドの炭鉱扶
スペイン内戦の義勇兵
アナーキストの兄弟たちの勇気を讃えて
レジスタンスの兵士
マヌシアンとその二十二人の仲間たち
レジスタンスの外国人たち闘士たち
シャロンヌ駅で踏み倒されたデモ参加者
1961年10月17日、セーヌに投げ込まれたアルジェリア人
ビクトル・ハラ
1968年の900万人のスト参加者
チェ・ゲバラとそのゲリラ仲間
リバプールの港湾労働者
ソウルの労働者
アメリカの経済政策に苦しむキューバ人民のために
チュニジア人民

モロッコ人民
クルド人
トルコの囚人
アルジェリア人民とカビールの仲間たちのために

アルゼンチン人民
旧ユーゴ人民
チェチェン人民
南北のコリア人民
ルワンダとスーダンの人民
シエラ・レオネ人民

サラウィの民
ブラジルの土地なし農民
ジンバブエの農民
チアパスのインディオ
ムミア・アブ・ジャマル
レオナール・ペルチエ
合衆国の牢獄で処刑されたすべての無実の囚人のために
ナタリー・メニゴとその仲間の政治犯
「オーバーステイ」の人たち
路上生活者、失業者の闘いのために
ロム
セザレ・バッティスティ
コート・ジボワールの人民のために
コンゴ、そしてハイチの人民
イラク人民
パレスチナ人民
そしてイスラエルの平和主義者
その数はまだあまりにも足りないけれども

ジョリモームのホームページ https://cie-joliemome.org/

   

< DVD >

2004年にビデオプレスから発売された20分のDVDがあります。
タイトル「歌は何のために

DVDでは歌に日本語の歌詞が付けられています。全8曲の歌詞はこちら歌は何のために」でごらんいただけます。

日本語歌詞は http://vpress.la.coocan.jp/jorikasi.html より引用しました。


(Ak.)  2020.5.16

誰れが誰れの「心を踏みにじる」の?

今日、サンドラ・ヘフェリン(コラムニストかな?)が去年8月に書いた ”終戦記念日に「少女像」について考える” という記事を読んでいて、去年の怒りが再びふつふつと湧き上がって来た。

もちろん、「あいちトリエンナーレ2019」開催中にわずか3日間で展示中止となった「表現の不自由展・その後」のこと。市長はこの展示を見て、「日本人の心を踏みにじるもの」と発言し撤去を求めた。

「日本人」て誰? わたし? あなた? 誰が誰の「心を踏みにじる」の?
少女がわたしやあなたの心を踏みにじるの? 造形者がわたしやあなたの心を踏みにじるの? 最大限のイミフ!

少女像のとなりの椅子に座って、その手に触れて、彼女の心持ちを感じ取ろうとは思わないの?
(あきみ)

Ak., 2020.5.15

2020.5.9 COVID-19

大型連休が終わった。例年と違い、満員の新幹線、高速道路の渋滞、混雑する空港が報じられない、静かな連休だった。これはこれで、悪いことではないのだろうが、人々が選択した結果ではなく、強いられた静けさでしかなかったし、コロナ禍が過ぎたわけでもない。

新型コロナ・ウィルスは世界中で猛威を振るい、多くの人々が苦しんでいるのだが、日本には他の先進諸国とは違った様相が見られるように思う。移動や外出の制限を、罰則のない「自粛」の要請にとどめたこと。積極的な検査態勢を敷かなかったこと。休業補償はしない、あっても極めて低レベルであること等々。

強制力を伴わない、単なる協力依頼でしかない自粛。協力するかしないかは個人の判断に委ねられた。たとえば、店を開けるかどうかは店の経営者が決めろというわけである。パチンコ店に限らず、飲食店や宿泊施設、映画館など、商業施設は営業しなければ収入がない。当たり前の話である。強制を伴わない自粛は、ある意味、補償しないための方便なのだろう。しかし、営業を続けるパチンコ店の名前を公表するとか、開いている飲食店に対する嫌がらせなど、行政や大衆の私刑にも似た攻撃など、いやおうなく休業に追い込まれる状況がある。これはもう強制と変わるところがない。

感染拡大を防止しなければならないことは十分に理解できるのだが、収入の道が閉ざされることになる事業者はどうしたらよいのだろう。霞を食って生きてゆけというのか。それとも、泥棒にでもなって糊口をしのげということなのか。そうであるなら、生活のための窃盗は緊急避難として違法性阻却の事由になると、得意の閣議決定でもしたら良いだろう。

店員や社員は休業中は労働を提供していないのだから、店や会社が賃金を払わなくて良いことにするか。国家の要請なのだから、テナント料も払わなくて良いか。それでは、労働者は生きていけないし、賃貸オーナーや大家さんも困ってしまう。いっそ、税金も払わなくて良いことにしたらどうだ。そんなことは無理に決まっている。だから補償が必要なのだ。

その補償がないから、不完全な形での自粛しかなされず、結果として感染拡大の予防がうまくいかなかったのである。政権が自ら責任を負うことなく、他者を罰する快楽に溺れた「自粛警察」による監視と密告にまかせるという、実に不健康な対策に依存している。要するに、自粛とは「日本国民よ、忖度せよ」というかけ声なのだ。

感染者と死者の数の推移から、感染増大のピークは過ぎたと判断している国が多い。それが正しいかどうかはわからないが、感染と死者の推移が、日本と欧米では異なっているという。感染者数推移の対数グラフによると、日本では収束へ向かう横ばい化への転換が、未だあらわれていないというのだ。

5月7日、東京都の新型コロナの感染者数は23人であった。2桁に落ち着いているということなのだが、そもそも検査数が111人しかない。割合で言えば、21%になるが、これをどう評価すべきか。1000人の検査を実施したら200人という数字になるのかもしれない。45人しか検査しなければ1桁に押さえることだってできよう。こういうのを数学的詐術と呼ぶ。分母を公表しなければ意味がないのだ。

こうしてみると、いかに日本のコロナ対策が不適切かつ不十分かがわかるであろう。作為的か否かはわからぬが、この国の為政者たちは国民の生命とか財産には興味がないのだろう。こんな現状の中でも、沖縄の新基地建設や自衛隊の宇宙作戦隊には熱心である。どこかの国が攻めてくることよりも、今直面しているコロナ危機を乗り切る方が大事だと思うのは私だけであろうか。前者はリスクかもしれないが、後者は現実に起きているデンジャーだ。何者かによって滅ばされる心配よりも、今は自滅しないことが肝腎だ。無能なせいか悪意のなせるわざかはわからぬが、まともな政府を手にするためには、国民がまともになるしかない。

(しみずたけと)

2020 憲法記念日に寄す


コロナ拡散渦中に憲法記念日を迎えた今年、私は日本国憲法の重みを身体に、直に感じています。(坂田美子)


憲法9条の唄を作ってみました。

タイトル:9条の灯をいつまでも
永い歴史の 旅をしながら
 数えきれない 戦(いくさ)があった
 人間(ひと)は戦を 止められぬのか
 憲法9条の灯を いつまでも

永い歴史の 旅をしながら
 数えきれない 戦(いくさ)があった
 人間(ひと)は戦を 止められぬのか
 憲法9条の灯を いつまでも

作詞:隠れ里山会員(H.S.)
「東京の灯よいつまでも」で歌ってみて下さい。9番までありますが長いので1番のみとします。

曲: http://duarbo.air-nifty.com/songs/2011/02/post-9f3a.html


【コロナ禍の民主主義】
新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの自由を奪ってはいますが、まだ、国民ひとりひとりの考えや行動が奪われているわけではありません。それは、現憲法のおかげだと思っています。

コロナ対策が後手にまわる安倍政権が医療・検査の体制を今だ整えず、逼迫するなかで、緊急事態条項などの独裁を憲法になどもっての他です。

こんな政治家を選んでいるのは我々の責任でもあるんだなあと思います。
民主主義社会、憲法九条を守っていく大切さを痛感します。 (A.I.)


持病のため、毎年「憲法集会」はネットで。でも人の波に元気づけられ。

NHK日曜討論、またまた緊急事態条項を含めた論議を、と言い出す自民党。この無能な政権にこれを持たせたら 恐ろしい !

このところ、2度 ETV特集で放映されたイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリさん「嵐はいずれ終わる。結末を選ぶのは私たち。自国優先の孤立主義や独裁を選ばず、情報を共有し連帯して危機に立ち向かえば、人類が真実を信頼して強く団結した種になれた時代と位置づけられるはずだ・・」

今日、あらためて「日本国憲法」を読んでみる。
前文・・・ われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。・・・・」

まことに崇高な文言、安倍首相以下、しかと「日本国憲法」を読んだことはないのだろう。 いまこそ生かしたい ! (M.N.)


コロナ途中からでも、日本国憲法前文の特に後半「日本国民」を「全世界の人民」に変えて、世界の指標になればどんなに嬉しいことか…: (斉藤晴美)


憲法集会を視聴しました。韓国でイージス鑑など軍事予算をコロナ対策にまわしたとの話があり、爆買いの兵器は今やなんの役にもたたないことを誰もみんな知っているのですね。知らないのは、”ア”の人たちだけ。衆議院選挙が年内にある?(桜井民子)


ちゃんと受信できるかな?とドキドキしながら待ってます。 初めて統一集会が開かれた横浜の海浜公園にみんなで参加した日、そしてそのあとも毎年誘い合って参加した憲法集会のことを思いながら。

統一集会になったときは本当にうれしくてうれしくて。それまでは何故バラバラに開くの?と悔しい思いでしたから。それから毎年、皆さんと参加。芝生に座ってお弁当食べたこと、はぐれてしまったメンバーをり探し回ったり、集会の中身よりそんな思い出が沢山。

今年はこんな形だけど、人が多すぎて参加も大変な私たちにとってはうれしいチャンスとなり、これも有りと歓迎しています。 さあこれから楽しみです。(Y.S.)


家で過ごす憲法記念日はいつ以来だろう。朝日新聞の世論調査によれば、改憲議論について、72%が「急ぐ必要はない」と答えたという。安倍政権が目指す憲法改定は遠のいたのであろうか。

自民党の改定憲法案は時代に逆行したものである。近代民主主義の到達点である権力拘束規範の立憲主義がないがしろにされ、国民を縛り、あたかも大日本帝国憲法が姿を変えて復活しようとしているかのようだ。私はこれをゾンビ憲法と呼んでいる。そんなものが国民のためにならないことは明らかであろう。

いま、世界中が新型コロナに苦しんでいる。とりわけ、政権のトップにある人物が無能な国ほど深刻な状況だ。わが国はどうであろうか。巨費を投入した2枚のマスク、すったもんだの10万円。こんな発案しかできない人たちには消毒薬を注射した方が良いのかもしれない。

いつ終わるともしれない「自粛」。言葉を正しく読み取れば、自分で考え、自分で判断した上での行動を求めるものでしかないのだが、従わないものの名を行政が公開し、尻馬に乗った大衆がそれを叩く。これはもう強制でしかない。相互監視と密告の暗黒社会が出現しかかっている。

感染拡大に対する政府の無為無策を、自粛で乗り切ろうというのだろうか。国民の半自発的な犠牲的精神の発露と全体主義的結束に依存するのは、「贅沢は敵だ」「欲しがりません、勝つまでは」のかけ声を背景に、竹槍でB29に立ち向かい、せっせとバケツリレーの訓練をしたあの時代と変わるところがない。学ばない国民の末路は悲惨だ。閉店、廃業、倒産、解雇、失業、退学、生活苦…、減少傾向にあった自殺がV字回復しないことを祈りたい。

この国難に際し、緊急事態宣言などという中途半端な対策しかできないのは、現行憲法が足かせになっているからだ。国民の生命と財産を守るために「緊急事態条項」が必要だ。だから憲法改定…。自分たちの無能を棚に上げた物言いではないか。こういうのを火事場泥棒と呼ぶ。「こんな人たち」に緊急事態条項などを渡したら大変だ。「こんな人たち」に憲法を変えさせてはいけない。たとえ家にいても、権力を監視し、声をあげ続けることが大切だ。(しみず たけと)


無能な政権ということはずっと前から分かっていたことだけど、「これほどまでに」何もできないとは恐ろしい。それどころか、「憲法改正」などと言い出し始めた。頭の中はそれでいっぱい。

コロナ禍から国民を守れない。国民のことなど何も考えていない。検査センターを作って感染状況を把握し、感染者を隔離し、感染経路を絶つ。初期症状の感染者に安心感を与える。医療機関を全面的にバックアップする。治療専門病院と病床を増やす。休業補償、給与補償をして、人が集合しなくとも済むようにする。すべてに予算を十分に付ける。

都知事も同じ。「皆さまの自粛をお願いします。」というのみ。わたしたちに要求するばかり。ナントカ密とか、今まで聞いたこともないことばを作り出す。あなたがやるべきことは何?

アレもユリコも、なぜ、できない! なぜ、できない!(あきみ)