ストラヴィンスキー『兵士の物語』

イーゴリ・ストラヴィンスキー

秋も深まってきた今日この頃、ふと聴きたくなったのが『兵士の物語』。スイスの小説家シャルル=フェルディナン・ラミュ(1878~1947年)の台本に、バレエ音楽『火の鳥』や『ペトルーシュカ』、『春の祭典』で知られるイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971年)が曲をつけ、演劇とバレエ、それに朗読を加えた総合舞台作品である。発表されたのは第一次大戦終結の翌年(1918年)。主人公が兵士であるのも、この戦争と無関係ではなさそうだ。

ロシアの民話を下敷きに、オリジナルはフランス語の台詞だが、現在は英語やドイツ語、日本語でも上演されている。この作品を上演するために必要な人員は、兵士役と悪魔役の二人の踊り手、進行を務める語り手、そして小さなオーケストラ。オーケストラといっても、ヴァイオリン、コントラバス、ファゴット、クラリネット、コルネット、トロンボーン、打楽器(トライアングル、タンバリン、小・中・大の太鼓、シンバル)の七人の演奏者だけだから、ミニマムの編成だ。とはいえ、踊りと演奏には高度な技術が必要だから、お金のかからないお芝居をお手軽に…と言うわけではない。

<あらすじ>

休暇をもらった兵士が故郷を目指している。なにやらグリゴーリ・チュフライの映画『誓いの休暇』の一場面がよみがえる。そこに悪魔があらわれ、金儲け指南書をちらつかせながら、兵士の手にするヴァイオリンとの交換を提案する。取り引きを受け入れた兵士。悪魔の館で三日間、指南書の読み解き方を伝授され、故郷に帰り着くが、村人に怪訝な顔をされる。婚約していた女は結婚し、夫と子どもと暮らしていた。あの三日間は、実は三年間だったのだ。

自暴自棄になりかけながらも、指南書を読み、商売に成功。しかし心は虚ろなままだ。貧しくはあったが、昔の方が良かった…。金と幸福度は正比例しないということか。兵士は悪魔の言い値でヴァイオリンを買い戻す。だが、もはやそのヴァイオリンは鳴らない。

あてのない旅に出た兵士。悪魔の力で得た金を返してしまえば、そのヴァイオリンは昔のように鳴る…、そんなささやきが聞こえる。悪魔との賭博で負け続けると、はたしてその通りになった。病に伏せっていた王女をヴァイオリンの音色で治し、二人して逃げ出す。目指すは故郷だ。国境を越えようとしたその時、悪魔に連れ去られてしまう。

教訓めいた言葉が語られる。「二つの幸せを求めれば、幸せは逃げてしまう…」と。個人であれ、集団であれ、国家であれ、人は足ることを知らねばならない。ヴァイオリンは己の魂だったのである。

人はみな幸せを求めるが、富や名声、権力といった「目に見える」モノを幸せだと勘違いしやすい。だが、真の幸せは自分の中にこそある。それをわかりやすく言い換えた言葉が魂なのだろう。自分自身を売り渡したら、そこに幸せはない。世界を見渡すと、魂を売り渡してしまって、そのことに気付いていない人のなんと多いことか。

CD

さて、どの演奏で聴こうか。組曲版の方に優れた演奏が多いのは確かだが、台詞のある方がわかりやすいし、その方が「物語り」として、より整っているように思われる。

①マルケヴィチ盤

イーゴリ・マルケヴィチ(1912~83年)の指揮のもと、詩人のジャン・コクトー(1889~1963年)が語りを務めている。1962年の旧い録音にもかかわらず音が良く、今なお名盤の呼び声が高い。ラミュの台本では、語り手が登場人物を代弁する箇所が多いのだが、コクトーはそれらを各役者に割り振ることでわかりやすくしている。

指揮:イーゴリ・マルケヴィチ
演奏:アンサンブル・ド・ソリスト
語り:ジャン・コクトー
録音:1962年

②ミンツ盤

語りは映画『欲望のあいまいな対象』で知られるキャロル・ブーケ、名優ジェラール・ドパルデューが悪魔役を怪演、その息子ギヨーム・ドパルデューが兵士役という豪華な顔ぶれ。シュロモ・ミンツとパリ音楽院の名手たちが凄い演奏を聴かせる。手に入るなら絶対にオススメの1枚。

キャロル・ブーケ(語り)
ジェラール・ドパルデュー(悪魔)
ギヨーム・ドパルデュー(兵士)
シュロモ・ミンツ(指揮とヴァイオリン)
パスカル・モラゲス(クラリネット)
セルジオ・アッツォリーニ(ファゴット)
マルク・バウアー(コルネット)
ダニエル・ブレシンスキ(トロンボーン)
ヴァンサン・パスキエ(コントラバス)
ミシェル・セルッティ(打楽器)
録音:1996年

他にも名演奏はあるのだが、ボクらにはフランス語よりも日本語の方がわかりやすいのは当たり前。そこで日本語版を探してみると…。

③ストラヴィンスキー盤

演奏は、作曲者であるストラヴィンスキー自身が指揮した1961年の組曲盤に、朗読版用として1967年に新たに追加録音された音源で構成された全曲盤である。これに石丸幹二が語りをかぶせている。作曲者の自作自演という点から、資料的価値が高い。

指揮:イーゴリ・ストラヴィンスキー
演奏:コロンビア室内楽団
語り:石丸幹二
録音:1961年、1967年

④斎藤ネコ盤

ラミュ版を元にした加藤直の台本と、チェスター1987年改訂版の楽譜を使用した、日本人のための日本語の演奏。斎藤ネコカルテットのリーダー斎藤ネコ、ヒカシューのリーダー巻上公一、聖飢魔Ⅱのデーモン小暮閣下、そして戸川純と、ジャンルを超えたミュージシャンたちの競演による、ちょっとばかりポップな『兵士の物語』。面白くて、おかしくて、それでいてウンウンと納得させられてしまう。やっぱり音楽は楽しくなけりゃね。

斎藤ネコ(指揮と効果音ヴァイオリン)
巻上公一(兵士)
デーモン小暮閣下(悪魔)
戸川純(王女と語り)
梅津和時(クラリネット)
小山清(ファゴット)
大倉滋夫(コルネット)
村田陽一(トロンボーン)
高田みどり(パーカッション)
桑野聖(ヴァイオリン)
吉野弘志(コントラバス)
石井AQ(シンセサイザー)
録音:1992年

というわけで、今宵は④の斎藤ネコ盤を聴くことに…。

  

December 15, 2019 on Parlance Chamber Concerts at West Side Presbyterian Church in Ridgewood, NJ, US. The English translation of C.F Ramuz’s original libretto is by Michael Flanders and Kitty Black

  

May 1st, 2017 at NEC’s Jordan Hall, Boston, US

(しみずたけと) 2020.11.15

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