「武器こそ抑止力」のもたらすもの


先月24日、米国テキサス州の小学校で銃乱射事件が起きた。この事件で犠牲になったのは、児童19人を含む21人。その3日後、同じテキサス州で開かれた全米ライフル協会の年次総会で、トランプ前大統領は、教員に銃を持たせることで学校が安全になると主張した。「武器こそ抑止力」「力には力を」ということらしい。

今月1日、今度はオクラホマ州の病院で銃撃事件が起き、4人が死亡した。トランプ前大統領は、医師と看護師にも銃を所持させろとでもいうのだろうか。「武器こそ抑止力」が正しければ、そういうことになるのかもしれない。全米ライフル協会の名言に「銃を持った悪い人間を止めるには、良い人間が銃を持つしかない」というのがあるらしい。

2003年4月、ハイジャック防止を目的に、米民間航空機パイロットの銃武装が可能になった。銃を手にしたパイロットが操縦室を出て客席へ、ということなのだろうか。それなら、いっそのこと乗客全員が銃を所持したらどうだ。一人くらいはいるに違いない良い乗客が、悪いハイジャック犯を止めてくれるだろうから。

米国における銃犯罪は深刻だ。毎日316人が撃たれ、106人が殺されている勘定だという。それにくらべ、日本は圧倒的に平和だといえるだろう。この違いはどこから来るのか。日本では銃の所持が禁じられている。これが功を奏しているのは間違いあるまい。自分の身を守るためには銃が必要だという思想を、日本国民は持たなかったのである。

暴力団など、日本国内にも銃を持った“ならず者”はいる。それらは正義の銃などではないから恐ろしい。しかし私たちは、銃を持たない方が結果的に安全なのだという、米国民とは異なるメンタリティを持っている。「武器では身を守れない」「武器で平和をつくれない」という日本国憲法の精神を、日本国民は良く理解し、体現しているのではなかろうか。

世界に目を向ければ、銃より大きく、はるかに強力な武器があふれている。“ならず者”のような国家もある。しかし「武器こそ抑止力」は、世界中を米国のようにすることだ。米国とは異なる道を選んだ私たち日本国民が、いつまでも米政府の追従をしていてはいけない。「平和への道はない。平和が道なのだ」というガンジーの言葉を思い返した方が良さそうだ。


(しみずたけと) 2022.6.4

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「「武器こそ抑止力」のもたらすもの」への1件のフィードバック

  1. 「武器こそ抑止力」と言ってる「抑止力」は「脅し」ってことだな。Ak.

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