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この映画、もう何回見たことだろう。「喜劇王」と謳われたチャールズ・チャップリン(1889~1977年)の最高傑作のひとつである。ドタバタあり、ユーモアの中に皮肉、風刺、そして強烈な批判が盛り込まれ、誰もが楽しめるとともに、多角的な思考を求められるところが、ただの喜劇ではない。いや、これは本当に喜劇なのだろうか。
チャップリンの作品は、深読みすればするほど、彼の思想が伝わってくる。喜劇王というのは、実に表面的な印象に過ぎない。チャップリンについては、評伝や作品の解釈などがごまんと書かれているので、それらに譲るとして、ここでは映画の中の音楽、それも二曲だけに絞って紹介することにする。
映画の原題は“The Great Dictator”、忠実に訳すと「偉大なる独裁者」だ。この独裁者、どれくらい偉大かというと、全世界の支配を企むほど偉大な人物なのである。彼はまず隣国への侵攻を画策しているが、別の国の独裁者も同じ狙いを持っている。盟友ではあるものの、二人はライバルでもあり、いずれは衝突せざるをえない者同士。なぜなら、全世界の支配を成し遂げるには、自分以外はすべてが敵と考えるよりほかないからだ。
彼は風船の地球儀と戯れる。世界支配の野望を表す場面である。ひとり密かにおこなうということは、それが彼だけの秘密であること、誰にも知らせていない、知られてはならない、心の内面の描写と捉えてよいだろう。背景に流れるのは、リヒャルト・ワーグナー(1813~83年)の歌劇『ローエングリン』から、第一幕への前奏曲。派手で勇壮さを思い浮かべがちなワーグナーの音楽の中にあって、繊細かつ夢幻の境地に誘い込むような音作りが、世界の支配という野心の、ある意味では純粋さを表しているかのようだ。
主人公の独裁者、名をアデノイド・ヒンケルという。アドルフ・ヒトラーを描いていることは、つづりの先頭の文字からも見てとれる。ヒトラーはワーグナーの作品を愛してやまなかったようだが、ワーグナーがユダヤ人を敵視し、大ドイツ主義者であったことに加え、その音楽がドイツ民族の精神を鼓舞するのに役立つと見抜いていたからだろう。実際、ワーグナーの音楽は人を陶酔させる。
ヒトラーが最も好んだワーグナー作品は『ニュルンベルクのマイスタージンガー』だったという。ハッピーエンドの大団円で終わるからに違いない。『さまよえるオランダ人』や『タンホイザー』は、無償の愛だけが魂を救済するというものなので、見返りを求めない無償の愛などとは無縁のヒトラーが気に入るテーマではなかったはずだ。大作『ニーベルングの指環』は、神々、小人族、巨人族、人間が世界支配を可能にする指輪をめぐって争うというストーリーで、最後は神々の世界が崩壊して終わる。ヒトラーが自身を投影する対象が、ここには存在しない。『ローエングリン』も、ハッピーエンドにはならないが、劇中で国王の「ドイツの国のために、ドイツの剣をとれ!」という台詞に利用価値を見出したのであろう。実際、第三帝国とゲルマン民族の国威発揚のために、この言葉は、あらゆるところで、あらゆる機会に利用された。芸術作品を換骨奪胎して政治利用する典型的な例である。
それにしても、ヒトラー自身が酔い、大衆を酔わせたワーグナー作品を『独裁者』のこの場面に持ってくるとは。実に大胆であり、そして的確ではないか。ところがヒンケルが戯れていた風船の地球儀は突如として破裂してしまう。彼の野望が儚く潰えることを予告しているのだ。あたかも禁断の言葉を口にしたために悲しみの中で幕を閉じる『ローエングリン』のごとく。
もう一曲はヨハネス・ブラームス(1833~97年)の『ハンガリー舞曲』第5番である。使われるのは、ユダヤ人の床屋が客の髭を剃る場面。リズミカルに革砥(剃刀を研ぐための革でできた道具)でカミソリを研ぎ、それで髭を剃っていく。音楽と実によく合っていて、見ていてドキドキ、ハラハラ、そして笑いがこぼれてしまう。
この曲は、ジプシーとかツィゴイナーと呼ばれることの多いハンガリーのロマ、シンティの人々の音楽を元にしている。管弦楽で演奏されることが多く、ここでもそうなのだが、もともとはピアノ連弾曲として書かれたものだ。第一集(1~5番)、第二集(6~10番)、第三集(11~16番)、第四集(17~21番)の全部で21曲からなり、ブラームス自身が管弦楽用に編曲したのは1、3、10番のみで、残りは他の人の手による。第5番の編曲者は幾人かいるが、主にマルティン・シュメリング(1864~1943年)のものが演奏されているようだ。
音楽と映像が合っているというだけではない。ブラームスとワーグナーは、敵対関係というほどではないものの、水と油だった。同じ時代に生きたアントン・ブルックナー(1824~96年)とは、彼がワーグナーの影響を強く受けたこともあり、しばしば衝突したという。音楽界にブラームス派とブルックナー派が形成されることになったのは、音楽そのものよりも、実はワーグナーという人物を巡っての立ち位置に起因したのではなかろうか。ヒンケルと対照されるユダヤ人の床屋の音楽に、ワーグナーに対するブラームスを持ってくるなど、実に芸が細かいといえよう。
ご存じの通り、チャップリンがヒンケルとユダヤ人の床屋の一人二役を演じている。瓜二つの二人は、独裁者と一般市民、支配者と被支配者、アーリア人とユダヤ人、迫害する側とされる側、戦争を画策する者と平和を望む者、あらゆる点で対照をなす。そこに大ドイツ主義のワーグナーと、周辺の存在であるロマの音楽を使ったブラームスをはめ込んでいるわけだ。音楽は単なるバック・グラウンド・ミュージックなどではなく、それ自体が意味を持ち、主張している。チャップリンは、喜劇王の仮面をかぶった思想家だったといえないだろうか。
『独裁者』の音楽を担当したのはメレディス・ウィルソン(1902~84年)。あのアルトゥーロ・トスカニーニ(1867~1957年)が指揮するNBC交響楽団のフルート奏者だったこともある。一口にクラシック音楽と言っても、大編成のオーケストラによる交響曲や管弦楽曲から独奏曲、声楽曲と、種類も数も多い。そうした中から、この場面にはこの音楽を、そんな閃きがあるとしたら、映画人はやはりアーティストなのだなと思わされてしまう。頭の中に音楽ライブラリーがあるのに違いない。
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ワーグナーの音楽については前に紹介ずみだが、あえてもういちど『ローエングリン』をとりあげることにする。全曲盤としては、ルドルフ・ケンペ(1910~76年)とウィーン・フィル、ラファエル・クーベリック(1914~96年)とバイエルン放送交響楽団の二種類を推したいところだが、三時間半にもなる全曲を聴くにはそれなりの気合いが必要だ。映画中で使われるのが第一幕への前奏曲ということなので、これを収録したものにしておこう。全曲を楽しみたい人は、《映画コレクション》にあるDVDをご覧いただきたい。やはり歌劇は視覚あってこそのものだから。
ケンペとクーベリックに共通するのは、堅実で無駄のない造詣だが、繊細でやわらかなウィーン・フィルと強靱で重厚なベルリン・フィル、オーケストラの違いを超えたところにある「何か」を感じ取ってほしい。
『ハンガリー舞曲』の方は、ブラームスを得意としたハンガリー出身の指揮者フリッツ・ライナー(1888~1963年)がウィーン・フィルを振ったもので、同郷人ならではのリズム感の素晴らしさ、これしかないと思わせる鮮やかな表現が聴き手を圧倒する。
もう一枚はクラウディオ・アバド(1933~2014年)が49歳の時の録音。こちらもウィーン・フィルだが、時代がかったデフォルメや極端なアコーギクを排除し、抑揚やメリハリのある緩急の切り替えなど、彼の現代的な感性で洗練された新鮮さに満ちた演奏である。
1)ワーグナー:管弦楽曲集(1958年)

収録曲
1.歌劇『ローエングリン』第1幕への前奏曲
2.歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲
3.舞台神聖祝典劇『パルジファル』前奏曲
4.舞台神聖祝典劇『パルジファル』聖金曜日の音楽
5.楽劇『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と愛の死
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ルドルフ・ケンペ
録音:1958年
2)ワーグナー:管弦楽曲集(1963年)

収録曲
1.楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』前奏曲
2.歌劇『ローエングリン』第1幕への前奏曲
3.ジークフリート牧歌
4.楽劇『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と愛の死
演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ラファエル・クーベリック
録音:1963年
3)ブラームス:ハンガリー舞曲集(1956年&1960年)

収録曲
1.ブラームス:『ハンガリー舞曲』
第5-7, 12-13, 19, 21, 1番
2.ドヴォルザーク:『スラブ舞曲』
第1集 第1, 3, 8番
第2集 第10, 9番
3.リヒャルト・シュトラウス:
交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』
4.リヒャルト・シュトラウス:
交響詩『死と変容』
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:フリッツ・ライナー
録音:1956年(3-4)、1960年(1-2)
4)ブラームス:ハンガリー舞曲集(全21曲)1982年

演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:クラウディオ・アバド
録音:1982年
(しみずたけと) 2026.7.3
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